我は布団の上で丸くなる。我の体は布団に沈み込み、半ば布団に包まれる。布団はまだ冷たいが、そのうち温かくなるだろう。それまでは我慢だな。
今日もダイエットとやらで走らされて、我は疲れていた。一時期に比べたら、随分と細くなったように思うのだが、アリアは我の腹の肉を摘まんでは「まだまだだ」と言う。いい加減に、もう勘弁して欲しいのだがな…。飯を人質に取られた我は、大人しくアリアの言うことに従う他ない。これも飼い猫の宿命か…難儀なものだな。トホホ。
そのアリアだが、今は机に向かって何かしている。我がダイエットで走っている間、アリアも棒術の訓練をしていたのだから疲れていると思うのだが…。疲れていないのか?休憩すればいいのに。
思えば、アリアに限らず人間は、いつも何かに急かされるように何かしている。少しは休んでも良いと思うのだがな。猫よりも長大な寿命を持っているのに不思議な奴らだ。むしろ、猫よりもゆっくり生きている方がつり合いが取れると思うのだが。
「……とんがりお山に木が二本…まっすぐ道とぐねぐね道…ゴールはひし形……」
アリアが何か呟いている。耳を向けてみるが、意味が分からない言葉の羅列しか聞き取れない。いったい何の意味があるんだ?アリアはおかしくなってしまったのだろうか?たぶん疲れすぎて、まともに頭が働いていないのだろう。可哀想に。休むように言ってやるか。
「アリア、疲れているだろう。もう休め」
「これが終わったらね。えーっと…逆様の木は右半分……」
我が休むように言ってるのに、アリアは聞く耳持たない。またブツブツと意味不明な言葉の羅列を唱え始めた。
「いったい何をしているんだ?」
我にはアリアの頭がおかしくなったようにしか見えない。
「魔術陣を描いてるのよ」
「ほう」
魔術陣と言うと、アリア達人間が魔術を使うのに必要な、よく分からん紋章か。魔術陣は普通の文字ではなく、魔術文字という特殊な文字で書く必要がある。アリアがブツブツと唱えていた意味不明な言葉の羅列は、魔術文字の覚え歌のようなものらしい。アリアの頭がおかしくなったわけではなさそうだ。
「今日はもう遅いぞ。明日でも良いだろう?」
「明日、魔術の模擬戦があるのよ。だから今日中に終わらせないと」
魔術の模擬戦か。使い魔の模擬戦とは違い、人間同士で魔術の腕を競う模擬戦だ。アリアの戦績は悪いらしい。そこで、新たな魔術を用いて勝利を掴もうというのだろう。
アリアは魔術は苦手だからな。我にはよく分からないが、体質的な理由で、人よりも魔術の発動が遅い。いつも相手に先手を取られて負けてしまうようだ。それでアリアは、発動が早くなるように魔術陣を組み直してるところだ。
「威力や射程は最低限で良い。とにかく発動を早くしないと…」
魔術が相手に届かない、届いても無傷では意味がないと思うのだが…。まぁ、アリアの好きにやらせておくか。
「にゃ~、はふ」
欠伸が出た。今日は疲れたからな。一眠りしてしまおう。布団も温かくなってきたしな。暖かい布団に包まれて、急激に眠気が襲ってきた。
「……とんがりお山にトンネル一つ…雲から雨が三本降ってきて…お池に嵌まってさぁ大変…どじょ……」
我はアリアの変な呪文を子守歌に眠るのだった。
ちなみに、アリアは模擬戦に負けたらしい。相手の張った魔術の障壁を突破できず、完敗したようだ。いくら早くても、威力が無くては…。まぁそうなるわな。
◇
最近のアリアは積極的だ。暇さえあれば、いつも棒を扱いている。放課後はもちろんのこと、昼休みのちょっとした時間もだ。今も休憩中なのに棒を振り回している。我はそれを芝生の日向に寝そべりながら見ていた。
「せいっ!せいっ!」
アリアの気合の乗った声が此処まで届く。休憩中なのだから、休憩すれば良いのに。根を詰め過ぎても良い事など無いぞ?
此処はヒルダの家、ユリアンダルス邸。今日は久しぶりにパウロに直接武術を習う日らしく、アリア達はユリアンダルス邸に来ていた。パウロというのは、ユリアンダルス家の庭師で、アリア達の武術の先生だ。
ユリアンダルス邸は、相変わらず猫達がたくさん居る。周囲からは、もうすっかり“猫屋敷”として認識されてしまっているらしい。
「アリアも休憩したらいかがですか?バテてしまいますよ?」
木陰で休んでいるレイラが、アリアに声をかける。今は寒い季節なのだが、体を動かしていたから火照っているらしい。顔をパタパタと手で扇いでいる。
「ううん、もうちょっとだけ。せいっ!」
レイラが言ってもダメか。これは一度痛い目を見んと直らんな。今日は久しぶりに指導を受けられる日だからな、張り切っているのだろう。
「おうたまだー!」
「おうたま!おうたま!」
ボーっとアリアが棒を振るのを眺めていると、子猫達が我を見つけてひょこひょことやって来た。やれやれ、見つかってしまったか。これは騒がしくなるな。
「おうたまー!」
子猫達が、我に体当たりするように飛び掛かってくる。このぐらいの子猫はやんちゃで元気いっぱいだ。我によじ登ったり、我の耳を噛んでみたり、我にぶつかって尻もちをついてる奴もいる。
「おうたまでけー!」
この間来た時は、我を遠巻きに見るだけだったが、このぐらいの子猫は好奇心が強いからな、少しずつ我にちょっかいを出してきた。そして、自分達に危害を加えないと分かると、早速我を玩具にし始めたのだ。
どれ、少し遊んでやるか。我は体を動かして、我によじ登っていた子猫を振るい落とし、尻尾を動かして子猫達と遊んでやった。
「きゃっきゃっ」
うむ、こんなものだろう。おい、そこの子猫よ。我の腹を押しても母乳は出んぞ?
「すぴー」
遊び疲れたのか、子猫達が眠ってしまった。我の上に乗って眠ったり、我を枕に寄り掛かって寝たり様々だ。子猫達の体温は高く、温かい。寒い季節には丁度良い。子猫達の寝顔を見ていたら、我も眠たくなってきた。我も一眠りするか。
気温は寒く、風は凍えるように冷たい。しかし、日の光の、そして子猫達のおかげで体はホカホカと温かい。
「ふぁー」
欠伸を一つして、我は目を閉じた。