『むしろ我には人間の方が不思議だ。税を搾り取られ、重労働を強いられ、何故それでも貴族や王族に仕えるのだ?』
私はクロの問いに答えられなかった。それどころか、頭を殴られたような強い衝撃を感じて、ハッと気付かされた。今まで、王様やお貴族様はすごく偉いのだと思っていた。すごく偉いのだから従うのは当たり前だと思っていた。けど、なんでそんなにも偉いのか分からない。なんで王様やお貴族様は偉いのかしら? なんで税を取られたり、労役を課せられたりしなくちゃいけないんだろう? 王様って、お貴族様ってどうしてそんなに偉いの?
分からない。全然分からないわ。
私の家は辺境の小さな寒村にある。畑で麦を育てても、税として半分持っていかれちゃうし、モンスターのうろつく森を切り開くために危険な労役が課せられていた。故郷に居る時はいつもお腹を空かせていたし、お父さんが森でモンスターに襲われて怪我したこともある。
なんでなにもしていないお貴族様が税だといって麦を半分も取るのだろう? なんで危険な思いまでして切り開いた土地がお貴族様のものになるんだろう? これっておかしくない?
その夜。布団に入っても答えの分からない疑問が、次から次へと込み上げてきて良く眠れなかった。クロは寝ていたけど……。私を眠れなくさせておいて、クロだけ寝ているのは、なんだかとても不公平な気がした。
次の日。私は起きてすぐ、着替える間も惜しんでレイラの部屋を訪ねた。私の知り合いの中で、疑問の答えを持っていそうなのがレイラとヒルダ様しかいなかったのだ。でも、流石にお貴族様のヒルダ様に「お貴族様ってなんでそんなに偉いの?」と訊くのはどうかと思って、レイラに尋ねることにした。こんな朝早くに迷惑だろう。だけど、レイラは快く私を部屋にを迎え入れてくれた。
「朝早くにごめんなさい」
「いいえ。それで、どうしたんですか? 随分と急いでいるようですけど……。それに、顔色があまりよろしくないですよ?」
「その、どうしても気になることがあって……」
私は昨日からの悩み続けている疑問をレイラにぶつけた。なぜ王様や貴族は偉いのか? なぜ税を納め、労役を果たさなければいけないのか? なぜ………。
私の話を聞いたレイラが顔を曇らせていく。そして、ストンと表情が抜け落ちたように真顔になった。美人が黙ると怖い。私は怖くなってレイラに呼びかける。
「……レイラ?」
「答える前に一つ教えてください。このお話、私以外の方にしましたか?」
「話してない。レイラが初めて……」
「そうですか」
張り詰めたようなレイラの顔がフッと緩み、安堵の表情を浮かべてみせた。しかし、すぐにまた顔が引き締められ、真顔に戻った。
「いいですか、アリア。今の話は他の誰にもしてはいけませんよ。最悪、捕まって処刑されてしまいます」
「処刑!?」
物騒な言葉に驚いてしまう。そんな!?話すだけで処刑ってどういうこと!?
「アリアの言葉は王族や貴族への批判と取られてしまいかねません」
「そんな!?私そんなつもりじゃ…」
「分かっています。でも、そう取られかねないんです。だから、絶対に他の方に言ってはいけませんよ?」
頷くことで、なんとか了承する。王様やお貴族様を批判するつもりなんて無かった。でも、本当にそうだろうか。言われてみれば、私の心には、王様やお貴族様は狡いという思いがあった。だって、何もしなくても税を取って贅沢な暮らしをしているんだもの。狡いわ。平民は毎日一生懸命働いてるのに。批判になるとは思わなかったけど、私の心には王様やお貴族様を批判する気持ちが確かにあった。
「それからもう一つ教えてください。なぜアリアはそんな考えを持ったのですか?誰かに影響されたり、吹き込まれたりしましたか?」
レイラが真剣な表情で聞いてくる。
「影響というか…きっかけはクロかしら。クロに聞かれたの。なんで王様やお貴族様に従ってるんだって」
「クロちゃんですか?」
レイラが目を瞬かせる。私の答えが予想外だったみたい。レイラは体を傾けてテーブルの下を覗きこむ。クロは私の足元で丸くなっていた。今まで気付かなかったけど、付いて来ていたみたいだ。
「まさかクロちゃんが…。でも、猫ですし、疑問に思っても不思議ではないのかしら?」
レイラが小首を傾げ疑問を口にする。
「ここからはクロちゃんともお話が必要ですね。キース、魔法をお願いします」
『ええ、了解致しましたとも!わたくしキースが、皆さんをつなげる懸け橋になりましょう!おはようございます、アリア嬢、クロ殿。真面目な話だと思い、今まで口を噤んでいました。ああ、ご心配なく。この後も静かに口を噤みますので。皆さんはどうぞおしゃべりを楽しんでください』そう一気にまくし立ててキースが嘴を閉じる。相変わらず賑やかでおしゃべりな小鳥ね。
「ありがとうございます、キース。また後でお話ししましょうね」
『ええ、ええ、楽しみに待っていますよ』