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第66話

 猫達の話を聞くのも一段落し、我は日向で腰を落ち着けた。気温は寒いが、太陽がよく照っている。絶好の日向ぼっこ日和だ。周りでも猫達が思い思いに日向ぼっこして寛いでいる。

 猫達の話は、好意的なものが多かった。我やこの家の人間に感謝する猫、飯が美味いと嬉しそうに話す猫、安全な場所を見つけたと喜ぶ猫、様々だ。それらの意見は、我の判断が間違っていなかったと確かな自信へと繋がった。

 無論、猫達には不満もあった。飯が少ないとか、良い昼寝場所がいつも取られているとか、一部の猫がやんちゃしているとか、様々な不満を聞いた。ほとんどは取るに足らない不満だが…油断は良くないな、場合によっては対策が必要だろう。

「王様」

 ん?

「まだらか、よく来たな」

 この地を統べるボス猫のまだらが居た。そうだな、コイツの話も聞かなければ。

「どうだ?何か問題は起きているか?」

「問題と言う問題は起きいやせん。ただ…一部の猫が‘人間など信じられない’と此処を避けていやす」

「そうか…」

 まあ、そういう猫も居るだろう。最初から全て受け入れてもらえるとは思っていない。

「あと、こいつは問題と言いやすか…」

 まだらはたまに此処の見回りもしてくれているようだ。それで気付いたらしいのだが、此処で子育てする母猫が居るらしい。我は此処の利用を子猫、年寄り猫、怪我や病気をした猫に限定しているのだが、我の言う子猫は、母猫から独り立ちしたばかりで、碌に狩りもできない子どもを想定していた。それが此処には、乳飲み子や、目も開いてない赤ん坊も居るらしい。

「此処が安全だって、此処で出産する母猫も居やすし、此処に子どもを預けて自分は狩りに行くって奴も居やす」

 我の想定外の利用方法をされてるらしい。特に出産のことなんて全然頭になかった。どこかで女の仕事だから自分には関係無いという思いがあったのだろう。失念していた。こんなことではダメだな。反省しよう。

「赤ん坊や親猫の利用も許可するか。ただし!狩りの練習をさせることも忘れるなよ。此処を利用できるのは一時的なものであると周知しろ!」

「へい」

 大きな見落としがあったものだ。まだらの話を聞いて良かった。こうなると他にも見落としがあるかもしれない。猫達だけではなく人間側の意見も聞いてみたいな。後でヒルダに聞いてみるか。今忙しそうだからな…。 そのヒルダ達だが、先程までは豚を殺して捌いたり、鳥を殺して捌いたりしていたが、今は長い棒を振り回している。よく分からないが、アレも何かの役に立つのだろうか?

 日向ぼっこをしながら、なんとなくヒルダ達の動きを見ていると分かることもあった。棒の扱いが上手いのはヒルダとルサルカだ。アリアはまだまだぎこちない。レイラは…ダメだな。へっぴり腰だし、先程から何回も棒を落としている。人間は武器を使う生き物だ。あの棒もきっと武器なのだろう。我ら猫にとっての爪や牙だ。それを落とすって致命的ではないだろうか?

 まあ、今日は初めてのことだし、回数を重ねれば上達するか…。上達すると良いな。何の役に立つかは分からんが。

 ◇

「…でね!パウロさんすっごい強いの!全然歯が立たなかったわ!」

 ヒルダの屋敷から帰って来たアリアは、今日あったことを興奮気味に話していた。パウロって誰だ?

「片足不自由なのにすごいわよねー。流石、元銀級ハンター。色んなこと知ってて物知りだし!」

 あの片足引き摺っていた奴か。今日アリア達を指導していた先生だ。

「最初は、片足引き摺ってるし、太ってるし、見た目冴えないおじさんで大丈夫かなーって思ったんだけど、すごい人だったわ!」

 あの足を引き摺っていた男、かなりの実力者だったらしい。

「実力が見た目と乖離していることは割とあることだ。気を付けるといい」

 我も何度かそんな連中と会ったことがある。最近だと三本足の三毛がそうだ。小柄だし、足が一本無いのにシマのボスまで登り詰めた女傑だ。並みのボスより強かった。

「どうだ?ハンターの技、モノにできそうか?」

「まだ始めたばかりよ、分からないわ。でも、覚えて損は無いと思う!」

 アリアは、特に棒術を身に付けたいようだ。棒を振り回して何になるのかと思っていたが、ちゃんと訳があるらしい。

 アリアは魔導士だ。魔導士や魔術師は、魔術で強力な遠距離攻撃できる分、接近戦が苦手な者が多いらしい。その苦手を補うための棒術だ。棒というリーチの長い武器で、とにかく相手を懐に入れないという、ある種の護身術を習っているようだ。また、武器を持つことで、相手に警戒させ、安易に踏み込ませないという意味もあるそうだ。

「パウロさんも日々の積み重ねが大事だって言っていたし、明日からも毎日練習するつもりよ」

 アリアの習得意欲は高いようだ。良きかな良きかな。

「それでね、クロ。私が棒術の練習している時に、あなたも運動しなさい」

「なんだそれは?何故そうなる?」

 まるで意味が分からない。

「あなた最近太り過ぎよ。ダイエットしないと」

「必要ない」

 むしろ、太ったことで貫禄がでたと思う。割と気に入ってるのだ。

「運動しないならご飯抜きよ!」

 なにっ!?

「それは…卑怯だろう」

 アリアが用意してくれる飯はどれも美味い。アリアと生活を共にすることで、我の舌は肥えてしまった。今更ネズミや虫など食べられたものではない。

「運動するかご飯抜きか、二つに一つよ」

「横暴だ!」

「何とでも言いなさい。あのね、太り過ぎは体に良くないのよ。あなたの為を思って言ってるの」

「ぐぬぬ…」

 アリアの意思は固そうだ。結局、我はアリアの出した条件を飲まされてしまった。毎日運動すること、運動しなかった日はご飯抜きだそうだ。酷い横暴だと思う。少しくらい太っていても良いじゃないか。アリアはこれが我の為になると本気で思っているから質が悪い。運動か…面倒だな。体を動かすことは嫌いではないが、強制されると途端にやる気が削がれる。

「はぁ…」

 我はため息をついて布団にダイブする。そしてそのまま丸くなった。ふて寝だ、ふて寝。

「クロ、あなたに聞きたいことがあるの」

「なんだー?」

 理不尽な約束を強いられて、我はふてくされていた。なんかやる気無くなっちゃったなー。

「ちゃんと聞きなさい。真面目な話よ。」

「聞いてる聞いてる」

「もう。じゃあ聞くけど、猫の王様ってなんなの?」

 アリアを見ると真剣な面持ちだった、ふむ。猫の王様とは何か、か。一言で言うのは難しいな。

「答えなさい」

 アリアが急かしてくる。

「何と言われてもな…その名の通り、猫の王様だ」

「そうじゃなくて。じゃあ、なんで猫達はあなたに従ってるの?」

「それは、我が王だからだ。人間も王の命令には従うだろ?それと同じだ」

「それは…そうかもしれないけど。なんであなたが王様なのよ?」

「それは我が一番強いからだ」

「強い?」

 アリアが疑念を浮かべる。そうだな、このあたりが人間とは少し違うかもしれない。人間は血筋で決まるが、猫の場合は完全な実力主義だ。

「アリア、猫は強い者を尊ぶ。つまり、強い者が偉いのだ。今まで、それはシマのボスだった。だが、我はシマのボスの上位者、シマのボスを束ねる存在、王様という地位を新たに作ったのだ」

 今まで、猫に王様という概念は無かった。せいぜい、シマをいくつか支配した大ボスがいたくらいだ。王都の全てのシマを支配する存在などいなかった。

「我は王都に存在する全てのシマのボスを打ち破り、従え、王になったのだ」

「いつの間にそんなこと…」

「主に夜だ。アリアが寝ている時間帯だな。学院の周りから少しずつ切り従えていった」

 アリアが目を閉じ、腕を組んで考え込んでいる。そして、何か結論が出たのか、目を見開いた。意志の強そうな赤い瞳が我を見つめる。

「あなたが王様なのは…認めるわ。たくさんの猫達が従っていたし、たぶん本当なんでしょう。でも、なんで王様になったの?」

 何故、か。おかしなことを聞く。

「知識と力があったからだ。我に知識を与え、きっかけを作ったのはアリア、お前ではないか」

「私!?」

「何を驚く?我に王という存在がいると教えてくれたのはアリアだろ。貴族という力ある者達を束ねる存在がいると。貴族を猫で言うボスのような存在であるとも言っていた。それを聞いて我は思ったのだ。猫にも、シマのボス猫という力ある者達を束ねる、王という存在が必要なのではないかと。幸い、我には魔法という力もあったからな。ボス猫達を打ち破るのに苦労はしなかった。故に、一気に我の支配は広まってな。一年もしない内に王都全土を支配し、我は王になった」

「支配って…力で押さえつけてるの…?」

「ふむ、そういう側面があるのは否定しない」

「そんな…!私のせいで猫達が…。クロ!そんなのじゃダメよ!」

 アリアが血相を変えて我に食って掛かる。何がダメなのだろう?

「アリア、強者が弱者を支配するのは普通のことだ。我が居なくても、シマのボス猫がシマの猫達を支配していることに変わりはない」

「そうかもしれないけど、でも…」

「アリアが何を感情的になっているのか分からんな。我の支配など、人間のそれに比べれば随分と優しいのだぞ?税も徴収しなければ、徴兵など労役を課すことも無い。むしろ、ヒルダと交渉して猫達に飯を振る舞っているのだ。猫達の為になっているだろう?我は良い王様なのだ」

「そう…かもしれない…」

 アリアが力なく俯いた。納得してくれたか?アリアからの質問攻めは終わった。ふむ、今度はこちらから質問してみるか。ずっと疑問に思っていたことがある。

「むしろ我には人間の方が不思議だ。税を搾り取られ、重労働を強いられ、何故それでも貴族や王族に仕えるのだ?」

「それは………」

 アリアから答えは無かった。

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