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第64話

 朝。

 ぽふぽふと柔らかいものと、チクチクと硬いものに、おでこを叩かれて目が覚めた。起こしてくれることはありがたいけど、朝から乙女の顔を叩くのはいかがなものだろう。クロは一応気を使っているのか、爪を立てないように叩いているみたいだけど、爪の先っちょがおでこにチクチクと刺さるのよ。顔は叩かないように言っているのに、一向に止める気配が無い。朝起きれない私も悪いけど、顔に傷が付いたらどうするのよ、もう!

「起きたか」

 クロは私が目を覚ましたのを確認すると、いそいそと布団の中に潜って行く。もうちょっと何かあっても良いと思わない?朝の挨拶とか、叩いてごめんなさいとか!

「ぅうーん、はぁ…」

 伸びをして、ため息をつく。もうちょっと優しくしてくれても良いと思うんだけど、どこで育て方を間違えたのかしら?いや、最初からあんな感じだったわね。元々の性格なのだろう。たまに擦り寄って来たり、撫でてあげればゴロゴロと喉を鳴らしたり、かわいらしい一面もあるのに、素っ気ない時はすごく素っ気ない。猫って皆こんな感じなのかしら?

「おはよう、クロ」

「ああ」

 声をかけると、布団の中からくぐもった声が聞こえる。コレだ。愛想というものが無い。おはようくらい返しなさいよ。

「はぁ…」

 ため息をついて布団から出ると、朝の冷たい空気が私を包み込む。ため息が白くなる程だ。

「さむっ」

 腕を抱き、摩りながらクローゼットに向かう。これから服を脱がなくちゃいけない。更に寒い思いをすることに気が滅入る。私は覚悟を決めて服を脱いでいく。肌に直接冷たい空気が触れ、鳥肌が立つくらい寒い。今も温かい布団の中でぬくぬくとしているクロに少し腹が立つ。猫は良いわね、着替える必要が無くて。

 今日はヒルダ様のお屋敷に行く。ヒルダ様は動きやすい格好をと言っていたけど、何を着れば良いのかしら?着る服を悩む時は、猫が羨ましくなる。だって服を選ぶ必要が無いんですもの。でも、おしゃれできないのはちょっとかわいそうかな。たしか、猫用の服もあるって聞いたわね。今度レイラに聞いてみよう。

「制服にしよ」

 私は制服を着ることに決めた。お貴族様のお屋敷に着ていける私服なんて持ってない。学院の制服ならお貴族様達も着てるし、たぶん大丈夫だろう。でも、制服は動きやすい服装とは言わないかもしれない。スカートだし。スカートの下に短パンを穿けば大丈夫かしら?

 着る服を決めたら早速身に付けていく。服は朝の冷たい空気に晒されて冷たくなっていた。服を身に着ける度に、体温が奪われていくようだ。制服の上着を着る頃には、服がちょっとずつ温かくなる。でも、まだまだ寒い。温かい布団の中が恋しい。布団に入って暖を取る?ダメね。服がしわしわの毛だらけになっちゃう。

 服を着替えたら、次は髪だ。櫛を通して整えていく。私の髪は長いので、案外時間が掛かる。

「クロー、そろそろ行くわよー!」

 髪を整えながら、クロに声をかける。クロがのっそりと布団から姿を現した。プルリと震えている。寒いみたいだ。猫って暑さには強いけど、寒さには弱いみたい。あんな立派な毛皮を着てるのに不思議よね。

「腹が減った」

「はいはい、行くわよ」

 私はクロを伴って食堂に行く。部屋の外、廊下に出ると一段と冷える。我慢して突き進むとすぐ食堂だ。食堂は厨房で火を使っているからか、少し暖かい気がする。食堂の中を見渡すと、レイラの姿を見つけたので傍に近づいていく。キースがピヨピヨと鳴き、レイラも私に気が付いたみたいだ。

「おはようございます」

「おはよう、レイラ、キース」

『おはようございます、アリア嬢、クロ殿』

「ああ、おはよう」

 挨拶を交わしてレイラの向かいの席に座る。レイラの前には食事は置いていなかった。

「食事はまだ?」

「はい。せっかくなら皆さんと一緒に食べようと思いまして」

 そういうことなら、私も食事は皆が集まってからにしよう。それにしても、レイラの姿は今日もピシッとしていた。髪もしっかり梳かしてあって、髪の毛なんか艶々だ。羨ましい。

「レイラは今日私服なのね」

 レイラは長袖に長ズボンと、男の子みたいな服を着ていた。でもなんでだろう?かわいい。レイラがかわいらしい少女であると強く意識させられる。男の子みたいな服を着てるのに、女らしさが溢れている。普段のお淑やかなレイラにやんちゃな印象が加わって、より魅力的に見える。首元に巻かれたスカーフもかわいい。なにこれすごい!これがおしゃれってこと!?

「はい。アリアは制服ですか。動きやすい服装とのことですのでスカートは…」

 レイラが言いずらそうに指摘する。でも大丈夫。そこはバッチリ対策している。

「ほら、中に短パン穿いてるの。これなら大丈夫でしょ」

 私はレイラにスカートを捲って中を見せた。

「もう、はしたないですよ」

 叱られてしまった。女の子同士だし、ここは女子寮だし、大丈夫だと思ったんだけど、レイラ的にはアウトだったらしい。スカートを直すと、クロが足に体を擦り付けてきた。

「なあアリア。飯はまだか?」

「まだよ。皆来てから食べましょ」

「そうか…」

 クロがしょげてしまった。こういう自分の感情を隠さないところはかわいい。足元からクロを抱き上げる。重い。最近運動させてないから太ったわね。お肉を摘まむとたっぷりと手応えがあった。これはダイエットが必要だわ。

「ほーら、しょげないで。元気出しなさい」

 クロを膝の上に乗せて撫でまわす。

「しょげていない。腹が減っているのだ」

 撫でまわしていると、クロの体からだんだん力が抜けていくのが分かった。顎の下を撫でるとゴロゴロを喉を鳴らして気持ち良さそうにしている。機嫌は直ったみたい。

「クロちゃんご機嫌ですねー」

 レイラがテーブルに身を乗り出して、人差し指でクロの鼻をつついて遊んでいる。私達は二人が起きて来るまでクロをなでなでしていた。

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