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第62話

「では、ヒルダ様の入寮を祝してお茶会を始めましょう」

 部屋の主、レイラの宣言でお茶会が始まった。これまで、アリア、ルサルカ、レイラの三人で度々お茶会を開いていたが、今日はヒルダも一緒だ。レイラも言っていたが、今回はヒルダが学院の女子寮に入寮したことを祝って開かれたお茶会だ。

 ヒルダはパルデモン侯爵からの報復から逃れるために学院に身を寄せていた。学院に通う為に定期的に同じ道を通るというのは、襲う側からしたら、とても襲いやすい状況だ。その分危険と判断されたようだ。

「今日はわたくしの為にありがとうございます。こうして気軽にお茶会ができるだけでも、入寮した甲斐がありましたわ。実は、三人がお茶会を開く度に、寮生活を羨ましく思っていたのです」

 ヒルダの足元に居たリノアが近づいてきた。鼻同士をくっつけたり、顔をこすり合わせて挨拶をする。

「これからよろしくお願いしますね、クロムさん」

 ヒルダの入寮に伴って、リノアもこの寮で生活することになる。お互いの縄張りについては、事前に確認し合ったし、たぶん問題は無いだろう。

「今日は猫ちゃん達にもおやつがありますよ」

 ほう?我らにも食べ物をくれるようだ。

「こちら、魚の油漬けになります。気に入ってくれると良いのですけど」

 レイラから差し出された皿の上には、脂でテカテカ輝く白い塊がある。一見魚には見えないが、魚の切り身なのだろう。

「二人で仲良く食べてくださいね」

「うむ」

「ありがとうございます」

 早速臭いを嗅ぐ。油と魚の良い匂いがする。良い油を使っているな。魚も生臭くない。火が通っているのだろう。油と魚に混じって、香ばしい匂いがする。香草の類だろうか?嫌な臭いじゃない。むしろ良い匂いだ。猫に詳しいレイラが用意した物だ、毒ではないだろう。

 食欲を刺激する匂いに耐えきれず、ペロリと魚に付いた油を舐め取る。うん、美味い。油の滑らかな味に魚の味が混ざり、豊かな風味になっている。少々ピリリと感じる辛さも良いアクセントだ。これだけで何ペロでもいける程の美味だ。

 だが、この美味な油も前座に過ぎない。本命は皿の上にゴロンと横たわる魚の身だ。我は意を決して魚に齧り付く。柔らかい。いつも食べている魚の干物とは比べ物にならない柔らかさだ。魚の身が、牙に掛けるまでもなくホロホロと崩れていく。崩れ去った魚に変わって舌に残るのは、圧倒的な旨味だ。舌の上で、魚と油と香辛料の味が混ざり合い、豊かな旨味へと昇華している。

 久しぶりにこんな美味い魚を食べたな。魚の味に満足し、自然と目尻が下がるのを感じる。横を見ると、リノアも美味そうに魚を食べている。こうしてはおれんな。早く食べないと、リノアに全部食べられてしまうかもしれない。我は急いで魚を食べ始めるのだった。

「うきゅっ、もう食べられません」

 魚を半分ほど食べたところで、リノアはギブアップした。まだこんなに残ってるのに、もったいないことだ。まぁリノアの体は小さいからな。むしろ、良く食べた方かもしれない。

「もういいのか?」

「はい…」

 リノアの目が残念そうに魚を見ている。この魚は美味いからな、名残惜しいのだろう。だが、食べられないと言うのなら仕方ない。我が食べてしまおう。顔を洗い始めるリノアから視線を戻し、我は魚を食べる。うん、美味いなぁ。ピリリと辛い香辛料のおかげで飽きなく食べられる。

「皆さん、この間の進路希望はどうなさいましたか?」

「実はまだ悩んでいるんです。ヒルダ様はハンターですか?」

「ええ、お母様も最終的には賛成してくださいましたし、これで障害は無くなりましたわ。今は、やるなら徹底的に、とハンターに必要な技術を学んでいるところですわ。皆さんもいかがですか?」

「ハンターの技術ですか?」

「うーん…どうしようかしら」

 ふむ、どうもアリア達は悩んでいるようだ。何故悩む必要があるのか、我には分からない。

「アリア、学ぶべきだ」

「え?」

「将来どうなるか分からんからな。選べる道は多いに越したことはなかろう?」

「将来…でも、うーん…」

 パルデモン侯爵の恨みを買っているからな。侯爵の敵意がどの程度あるか分からんが、最悪の場合、国を捨てて身一つで逃げなくてはならないかもしれない。身に付けられる技術があるのなら身に付けるべきだ。

「その…ヒルダ様、どのくらいかかりますか?その、お金とか…」

 何を悩んでいるかと思えば、金の心配か。たしかに、タダで教えてもらえるわけもないか。技術を学ぶというのは金がかかる。この学院もそうだ。授業料という形で金が取られている。アリアは特待生だから、授業料が一部免除されているが、それでもかなり高額らしい。今のアリアに支払い能力は無いので、国に借金と言う形になっている。既に多額の借金を抱えるアリアにとって、これ以上の出費は抑えたいのだろう。

「お金はかかりませんよ」

「ほんと!?」

「その…プロの方に教わっているわけではないのです。家の庭師が、昔ハンターをしていたので、庭師に教わっているのです。それでも良ければ、ですけど」

「やりたいです!」

「タダならあたしもやりたい!」

 タダと聞いてアリアとルサルカが飛びついた。

「レイラはどうする?」

 皆の視線がレイラに集まる。

「私もやります。仲間外れは嫌ですよ」

 こうして、4人がハンターの技術を学ぶことになった。

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