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第42話

「はじめぇ!」

 開始の合図と同時に、我は弾かれた様に相手目掛けて走り出す。今回の相手は亀だ。防御力は高いが、動きは鈍い。このまま先手を取ってしまいたい。

 亀の後方から火の玉が飛んできた。やはり邪魔してくるか。我は火の玉を横に跳び回避すると、亀への距離を詰める。亀は最初の場所から動いていない。だが、亀はもう手を打っていた。亀の姿が徐々に茶色く、分厚くなっていく。

 亀に肉薄した我は、渾身の力を込めてパンチを繰り出す。パンチは亀の顔を捕らえ、亀に強打を浴びせる。茶色くなった亀の顔に三本の薄い白い線が走るが、それだけだ。亀に何の痛痒も与えられていない。

 亀の魔法は、己に体に土と石の鎧を纏うものだ。土と石を纏った亀の防御力は高い。先程亀に付いた三本の線も土の鎧を少し削っただけで、我の攻撃は亀本体に届いてすらいない。

 亀の鎧は刻一刻と分厚く、強固になっていく。今や亀の全身を鎧が覆い、亀の全身から棘が生えたような、攻撃的な鎧へと姿を変えていた。こうなると我では手も足も出ない。こうなる前に勝負を決めるために速攻を仕掛けたのだが……妨害に遭ってしまった。

「クロ、影槍、一射!」

 アリアが叫ぶと同時に、真っ黒な影の槍が亀目掛けて飛ぶ。我はその影を実体化し、同時に亀へと走り出す。影の槍が亀へと直撃する。槍は亀の棘をへし折り、鎧を吹き飛ばす。今がチャンスだ!我は亀の鎧が吹き飛んだ箇所に痛打を浴びせようと接近する。しかし、亀の鎧が剥げた向こうから姿を見せたのは、亀が持つ天然の鎧、甲羅だった。甲羅には傷一つ無く、影の槍を無傷で凌いだことが分かる。影槍は我らの最大攻撃力だ。それが無傷。

 絶望に止まりそうになった我に、再度火の玉が飛んでくる。亀の主の援護だろう。我は火の玉を横っ跳びに躱し、亀を見る。亀は鎧の修復を行っていた。むき出しになった甲羅を土の鎧が覆い、棘が再生していく。

「埒が明かんぞ!」

「分かってる!アレ行くわよ!」

 影槍では亀に有効打にならないと判断したのだろう。アリアが手札を一枚切ることを選択した。アレってどれだよ?

 その時、鎧の修復を終えた亀が動き出した。亀から石の礫が飛んでくる。かなりの速度だ。我は礫をギリギリのところで回避する。遂に亀が攻撃に転じてきた。礫が一呼吸毎に飛んでくる。我は的を絞らせないように動き回り、礫を回避していく。最初は余裕をもって回避できていたが、だんだんと余裕がなくなり、掠るものも出てきた。コイツ、我の動きを読んできている…!

「早くしろ!」

 我はアリアを急かす。

「分かってるわよ!いくわよ!クロ、とばり!展開!」

 アリアの魔術が発動するのと同時に、亀の周りが暗くなる。我は亀の周りに出来た影を実体化する。魔力をふんだんに使い、強度に重きを置いて発動した我の魔法は、中に居る亀ごと影を実体化した。実体化した影に包まれた亀は、身動きが取れないのか動かない。亀の主が魔術で実体化した影を攻撃するが、影はビクともしなかった。強度に重きを置いたからな、生半可な攻撃では破れまい。

「それまで!」

 しばらく経った後、審判をしていた先生が模擬戦の終了を宣言する。亀が行動不能になったため、我らの勝ちらしい。久しぶりの白星だ。最近負け続きだったからな、勝利できて嬉しい。我は勝利の余韻に浸りながら、影の実体化の魔法を解除する。亀を包んでいた影が消え、亀が姿を現す。亀は影が消えた途端、崩れ落ちた。

「パゴス!」

 亀の主が亀に駆け寄って、安否を確認している。審判をしていた先生も亀に近づき、様態を確認していた。

「大丈夫かしら?」

「さぁな」

 アリアも心配顔だ。我としては勝利の喜びに水を差されたようで、面白くない思いもある。だが、模擬戦は猫のケンカと一緒で殺しはご法度だ。まさか死んではいないだろうが、無事であれば良いと思う。

 亀の主と話をしていた先生がこちらに近づいてくる。何かあったのだろうか?

「ハーシェ君。レミルトン君と使い魔に話を聞いてきたが、あの影で相手を包む魔法を使うと、影の中で身動きどころか、呼吸することもできないらしい。一歩間違えれば相手の使い魔が死にかねない、危険な魔法だ。これ以降、模擬戦では使用しないように」

「はい…」

 なんと!?せっかく編み出した戦法が使用禁止とは…。我の思った以上に危険な状態だったらしい。身動きを封じるだけの魔法だと思っていたが、呼吸まで封じるとは…たしかに呼吸ができないでは死んでしまうか、使用禁止もやむをえないかもしれない。

 しょんぼりと肩を落とし、アリアと一緒に模擬戦を観戦していた生徒達の輪の中に戻る。アリアも肩を落とし、足取りも重たい。数少ない攻撃手段の一つが禁止されてしまったからな、残念なのだろう。我も残念に思うが、この戦法を考えついたアリアの方が悔しい思いをしているだろう。

「アリアさん、勝利おめでとうございます。ですが、浮かない顔ですね。どうかいたしましたの?」

 生徒達の中に戻ると、近くにいたヒルダが話しかけてきた。野外学習からヒルダとは仲良くなったようで、レイラやルサルカと共によく話しているのを見かけようになった。

「ヒルダ様、ありがとうございます。最後に使った魔法が使用禁止になってしまって…素直に喜べないんです」

「まぁ!そうでしたの…」

 ヒルダが目を伏せ悲し気な表情になる。

「ですが、禁止されたのは模擬戦だけなのでしょう?実戦では使えますわ。禁止されたということは、それだけ強力な魔法だったということ。アリアさん達は強力な手札を手に入れたのですわ。ですから自信を持ってください」

「強力な…そうですね。ありがとうございます、ヒルダ様」

 アリアが元気を取り戻した。落としていた肩も元に戻り、しっかりと前を向く。もう大丈夫だろう。我の出番は無さそうだ。

「クロムさん、おめでとうございます。かっこよかったです」

 ヒルダの後ろに居た白い毛玉、猫のリノアが話しかけてくる。

「まぁな。それにしても、お前の主は口が上手いな。しょげていたアリアがもう元通りだ」

「お口が?ヒルダは嘘をつきませんから、きっと本当のことを言っただけですわ」

 リノアが何故か胸を張って答える。よほど主の事を信頼しているらしい。

「では、次は…ユリアンダルス君とバタリラ君」

 先生が生徒たちを前に来て、次に模擬戦をする生徒を呼び出す。次はヒルダとリノアの番らしい。

「では、行ってきますわ」

 ヒルダが片手で髪をかき上げ払うと、先生の元へと歩き出す。

「行ってきますわ」

 リノアもヒルダに続きポテポテと歩き出した。

「気を付けてな」

「はい!」

 一応声をかけたが、たぶん今回もダメだろうなぁ…。リノアの戦績は、我よりも下の全敗だ。どうやらリノアの魔法は、攻撃向きではないらしい。リノアが魔法を使っているのを、我は見たことが無いから知らないが、たぶん我と同じように魔法で苦労しているのだろう。そう思うとリノアを応援してやりたくなるな。がんばれリノア!

 リノアは結局この日も魔法を使わずに負けてしまった。

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