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第12話

「うー重いー…?」

 どうやらアリアが起きたようだ。相変わらず無防備に深く眠っていた。そんなことでは敵襲に反応できんぞ?

 アリアが腹の上に乗った我ごと左に寝返りを打つ。我は巻き込まれる前に飛び降りた。

「うぐっ…うー…クロー…」

 顔を覗き込むと薄く開かれた赤い瞳と目が合った。

「クロー、あなた…またお腹に…」

「そんなことはどうでもいい。我は腹が減ったぞ」

「もー…」

 アリアの目が閉じられてしまった。こいつ、まだ眠る気か?

 人間というのはどうも睡眠欲が強いらしい。しかも、睡眠中は無防備になる。今だって普段、我が勝てそうにない人間が、とても隙だらけで弱そうに見える。どうやって今まで生き延びてきたのだか。

「寝るな、アリア。我は腹が減った」

 アリアの顔をパンチする。

「ふにゅ、あふ、いだっ、ちょ、止めなさい!」

 アリアが起き上がった。髪が乱れてボサボサだ。みっともない。我を見習ってちゃんと毛繕いするといい。

「あなた今爪立てたでしょ!?」

「立てていない。」

「嘘よっ、なんかチクッとしたもの!」

 本当に爪など立てていないのだが。もしかしたら爪の先が少し触ってしまったかもしれんが、そんなに騒ぐことか?

「血、出てないわよね?」

「出ていない」

「もう。いーい?人間の、特に女の子の顔は繊細なの。もう絶対、叩いたりしちゃダメよ?分かった?」

「分かった、分かった、もうしない。それより腹が減った」

「それよりって…。もう、本当に分かってるのかしら。ちょっと待ってなさい」

 アリアが寝間着として纏っていた簡素なワンピースを脱いで籠の中に入れていく。昨日脱ぎ捨てた服も同様だ。

 裸になったアリアは相変わらず平面的だった。全体的にすらりとした印象を受ける。アリアはクローゼットから服を取り出し纏っていく。この着替えという行為は面倒くさそうだな。我ならゴメンだ。アリアが着た服は昨日と同じ見た目の服だった。また同じか、何かあるんだろうか?

「アリア、その服は昨日と見た目が同じだが、何かあるのか?」

「これが制服だからよ。つまり、これを着なさいって言われているの。ルサルカとレイラも同じ物着てたでしょ?」

 たしかにそうだ。思い出せば先生以外、皆同じものを着ていた気がする。しかし、着る服を強制されているのか。逆らおうとは思わないのだろうか?面倒なルールだと思うのだが。

 ゴーンゴーンゴーンゴーン

 鐘が鳴っている。昨日もこのくらいに鳴っていたな。

「ちょうどいい時間ね。あ、そうだ。明日からもし、この鐘が鳴っても私が寝ていたら起こしてちょうだい」

「ふむ、分かった」

「お願いね」

 アリアが髪を梳かしている。だいぶ整ってきたが、まだ時間がかかりそうだ。アリアの髪は長いからな、黒いツヤツヤなな髪が腰まである。そのツヤはちょっと羨ましい。

「クロ、今日は午後からあなたにも授業に出てもらうから、そのつもりでね」

「出なければいかんのか?気が進まないのだが…」

「今日は使い魔の授業だから出ないとダメよ。他の授業は出なくてもいいから、これだけは出てちょうだい」

「…分かった。その代り、我はあの美味い肉を所望する」

「昨日と同じ物ね。頼んでみるけど、絶対出てくるとは限らないからね」

 確約は貰えんか。まぁいいだろう。あの肉が出てくるかもしれない、我はその希望だけで頑張れる。なんて健気な猫なのだ。我も飼い猫としての自覚が出てきたのではないか?

 アリアが服を入れた籠を持ち、立ち上がった。

「さ、ご飯食べに行きまよ。今日はその前に寄る所があるけどね」

「寄る所?」

「そ、この洗濯物を出すの、服を洗ってもらわないと。昨日は出すの忘れちゃったから、今日こそ出さないとね」

 食堂に向かう前に洗濯物を出す。人間は大変だな。服を着替えたり、服を洗ったり、やはり裸が一番良い気がするのだが、ハゲを見られるのが恥ずかしいのだろう。難儀なものだな。

 食堂に着くと、昨日とは違いかなり混み合っていた。人の多さに酔いそうなほどだ。

「レイラが居たわ。行きましょう」

 そう言って歩いていくアリアの前方、確かに白髪のレイラの姿が見えた。キースも一緒だ。キースはこちらに気が付いていたようだ。流石、食事中も警戒を忘れていないな。見事だ。

「おはようレイラ、キース」

「はい、おはようございますアリア。猫ちゃんもおはよう」

「ピピピピピ」

 キースが何かさえずっている。きっと挨拶の類だろう。

「おはようレイラ、キース」

「食事を取ってくるわ。そこに座って、席を取っておいて」

 我は椅子の上に飛び乗る。少し視界が高くなる。ここからだとテーブルの上がよく見える。テーブルではたくさんの人が食事を摂っていた。その誰もが警戒などせずに食事やおしゃべりに夢中だ。人間というのはかなり警戒心が低い生物のようだ。そんなではいつか狩られてしまうぞ?

「猫ちゃん、待てができてえらいですねー」

レイラが話しかけて来た。ふん、こんなことで褒められてもな。レイラが右の人差し指をこちらに近づけて来た。なんのつもりだろう?人差し指は我の鼻先で止まった。とりあえず匂いを嗅ぎ、ペロリと舐める。パンを食べていたからか、レイラの指からはパンの小麦の香りがした。

「ふふっ」

 何が面白いのか、レイラが控えめに笑う。レイラの人差し指が更に近づき、我の眉間を触るとウリウリとマッサージのように優しく指を動かす。これ、気持ちいいな。

「ふふふっ、アリアの事、よろしくお願いしますね」

 そう言うとレイラの指が離れていく。あぁ、気持ちよかったのに……。惜しいと思ってしまうことが少し悔しい。

「お待たせ。はいこれ、クロの分」

「うむ」

 アリアが戻ってきた。椅子を飛び降り、早速食事に取り掛かる。腹がペコペコだ。アリアの持ってきた食事は、昨日の朝と同じメニューだった。まず、肉に牙を突き立てる。肉を食べる合間に小魚も食べていく。美味い。ガツガツと一気に食べていく。無防備な時間は出来る限り少なくするべきだ。短時間で食べきる。美味かった。水を舐めながらアリアを確認するとまだ食事中のようだ。

「先程までルサルカが居たのですけど、行ってしまいました」

「ルサルカが?」

「イノリスに食事をあげるみたいで、急いで食事を摂っていましたよ。一緒に食堂に来られないと大変ですね」

 イノリスか…。あいつの真意が分からんな。昨日は友好的な態度だったが、あれはルサルカが居たからかもしれないからな。当分はルサルカの居る時以外の接触は控えよう。警戒のしすぎかもしれんが、警戒してしすぎることはない、と言うからな。

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