「いくわよ」
アリアが目の前の扉を三回、手の甲で叩く。
コンコンコン
何の儀式だ?
「開いている。入りたまえ」
扉の向こうから返事があった。どうやら入って良いらしい。
「失礼します」
アリアが扉を開け中に入る。我も一緒だ。
「ハーシェ君か。どうしたんだい?」
「先生に相談があります。私の使い魔が、魔法を使えないみたいで…」
「ふむ、魔法が…。まぁ掛けてくれ」
先生に椅子に勧められてアリアが椅子に座る。我はどうしよう?椅子の横に座っておくか。
「魔力も感じられないみたいで…それで私、どうしたらいいのか分からなくなってしまって…。」
アリアが深刻な表情で先生に相談している。魔法が使えないというのは、そんなにおかしなことなのだろうか?今まで使えなくてもなんとか生きてこれたし、身近に魔法が使える者など居なかった。無くてもなんとかなるんじゃないか?
「魔法が使えない使い魔というのは、稀だがあることだ。そんなに深刻にならなくてもいいよ。まぁ、君は他の生徒よりも遅れて使い魔を召喚したからね。焦る気持ちがあるのは分かるが、落ち着くことだ」
「はい…」
「原因はいくつか考えられるが…その前に、使い魔君には席を外してもらおう」
「「えっ!?」」
我に関して話をするのだろう?なぜ我が外されるのだ?
「使い魔君には言えないこともあるということだよ」
なんともイラつく言い回しだ。殴るぞコラ。
「分かりました。クロム、そういうことだから」
我はアリアの手により部屋の外に出されてしまった。だが我は慌てない。閉ざされてしまった扉に近づき、ピトリと扉に耳をくっつけた。猫の耳を舐めてもらっては困る。我の耳の前では、こんな扉など無いも同じだ。
「さて、使い魔が魔法を使えない原因だったね」
先生とやらが語り出す。
「原因は大きく分けて二つある。本当は魔法が使える場合と、本当に魔法が使えない場合だ」
「本当は魔法が使える場合。これも二通りある。使い魔に魔法が使える自覚があるかどうかだ。魔法が使えるのに自覚が無い場合、これは魔法という自覚なく魔法を使っている。使い魔をよく観察して魔法を使っているところを見つけ、それを指摘する必要がある。正直、難しい作業だ」
「本当は魔法が使えて自覚がある場合。これは使い魔が自分の魔法を隠している場合だ。野生動物にとって魔法とは切り札になりえるものだ。自分の切り札を、おいそれとは他人に教えたりしないものだ。特に慎重な動物の場合はね。実は使い魔が魔法を隠すことは、よくあることなんだ。使える魔法の内二つ教えて一つは隠すなんてのもある。使い魔に魔法を教えてもらうためには、信頼関係が必要だ。ハーシェ君は昨日召喚したばかりだろう?これからだ。これから信頼関係を築いていくことだ」
「最後に本当に魔法が使えない場合。これはいくつも原因が考えられる。魔力を感じられないと言っていたが、魔力の感知は習得までに時間がかかる。君達だって、初めて魔力を感知するまでに時間がかかったろ?それと同じだ。ハーシェ君の使い魔も魔力を感知できるようになるまでそうだな……一週間は見てあげてもいいんじゃないかな」
「今、ハーシェ君に出来ることは使い魔をよく観察して信頼関係を構築し、魔力を感知するように促すことかな。まぁ、それがダメでも最終手段があるから肩の力を抜くことだ。でも、信頼関係だけはしっかりと結ぶんだよ」
それから少し話してアリアは出て来た。
「ありがとうございました。失礼します」
アリアが一礼してから扉を閉めた。
「クロム、お待たせ。ごめんね」
「別に構わん」
盗み聞きしたからな。アリアと並んで女子寮への道を帰る。なんだか背中に視線を感じる気がする。見上げるとアリアと目が合った。これはあれか?先生が言っていた「よく観察しろ」というやつか?そんなに見られても魔法なぞ使えんぞ。それより前見て歩け。危ないだろ。
いっそのこと、魔法が使えるわけでも隠してるわけでもないと伝えるか?しかし、盗み聞きしていたことを知られるのは面白くないな。さて、どうしたものか……。
そんなことを考えていたら女子寮に着いていた。そのままアリアの部屋に入る。アリアは無言だ。我も黙ってしまう。最初に沈黙を破ったのはアリアだった。
「クロム…さ。なにか私に隠してることとか、ある?」
コイツ…探るの下手か!?もうちょっと言い方というのがあると思うのだが…。
「無いな」
実際、隠さなくてはならないことなど無いからな。
「ふーん」
会話が終わってしまった。
「クロム、ちょっと魔力を感知してみない?」
誘うのも下手かよ!?
「いいだろう」
まぁ乗ってやるがな。我は自分の中に意識を向ける。確か腹の辺りと言っていたか?腹周りを重点的に、アリアの言う熱い物を探す。だが見つからない。腹に意識を向けたせいか、空腹を自覚する。腹減ってきたな……。
「飯はまだか?」
「はぁ、まだよ。今日はお昼と同じでルサルカとレイラと食べるからね」
「あぁ」
まだだったか。仕方ない。魔力感知とやらを続けるか。だが見つからない。どこだよ魔力。先生も一週間どうのって言ってたから時間かかるのか?
「ダメだ。見つからない」
「そう…」
そんな露骨に悲しそうな顔をするな。我がいじめてるみたいだろうが。もう一度よく探してみる。だが、見つからない。もう今日はいいだろう。
そう思って閉じていた目を開けるとアリアと目が合った。何かを期待するような眼差しだ。見つからないとは言い出せず、もう一度目をつむって自分の内側を探してみる。だが見つからないものは見つからない。なんか疲れてきたな。腹も減ったし…。
その後も目を開けるたびアリアと目が合った。これも先生の言っていた、よく観察しろってやつか?まったく、余計なことを言いおって。だが我もそろそろ限界だ。特に腹が。
コンコンコン
部屋の扉を叩く音が響いた。
「アリアー!ご飯食べよー!」
ルサルカの元気な声が扉越しに聞こえてきた。
やった!これでこの苦行から解放される!
我は目を見開き、アリアと見つめあう。アリア、仲間が呼んでいるぞ。早く飯にしようではないか。
「はぁ。そうね、ご飯にしましょう」
アリアも諦めたようだ。立ち上がり扉へと向かう。もちろん我もアリアに続く。飯だ飯。ごっはんーごっはんー♪
赤毛のルサルカ、白毛のレイラと合流し、食堂へと向かう。3人が食堂の奥へ飯を取りに行き、すぐに戻ってきた。我の前にはいつものように二つの器が置かれる。片方は水だ。そしてもう片方は…!。
「はい。約束の品よ。そんなにおいしいの?」
「あぁ、うまいぞ」
アリアは約束を守ってくれたらしい。器の中には昼間の物より大きな肉の塊が入っていた。これだ。これを待っていた。さっそく齧りつく。
程よい弾力で噛み取られた肉は、噛むたびに脂の乗った肉汁を吐き出す。血の味など、雑味を感じない。肉本来の旨味が、口の中いっぱいに広がる。うまい。
夢中で食べる。だが楽しい時間というのはいつだって早く過ぎ去っていく。もう終わってしまったか…。器は空になってしまった。
肉が無くなってしまった寂しさと、確かな満足感を感じつつ顔を洗う。肉に夢中になり過ぎたな、警戒が疎かになっていた。我もまだまだか。周囲に視線を巡らし、耳を動かし音も拾っていく。三人娘は警戒のケの字も無いからな、我がしっかりせねば。
「イノリスはいいの?」
「イノリスには先にあげてきたよ。それより、先生に何の用事だったの?」
「私も気になります。猫ちゃんのことですか?」
「そうなんだけど。うーん、ここではちょっと。二人ともこの後、私の部屋に来ない?」
その発言に我は驚いた。自分の寝床に誘うとは、よほど二人を信頼しているらしい。