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第10話

「いくわよ」

 アリアが目の前の扉を三回、手の甲で叩く。

 コンコンコン

 何の儀式だ?

「開いている。入りたまえ」

 扉の向こうから返事があった。どうやら入って良いらしい。

「失礼します」

 アリアが扉を開け中に入る。我も一緒だ。

「ハーシェ君か。どうしたんだい?」

「先生に相談があります。私の使い魔が、魔法を使えないみたいで…」

「ふむ、魔法が…。まぁ掛けてくれ」

 先生に椅子に勧められてアリアが椅子に座る。我はどうしよう?椅子の横に座っておくか。

「魔力も感じられないみたいで…それで私、どうしたらいいのか分からなくなってしまって…。」

 アリアが深刻な表情で先生に相談している。魔法が使えないというのは、そんなにおかしなことなのだろうか?今まで使えなくてもなんとか生きてこれたし、身近に魔法が使える者など居なかった。無くてもなんとかなるんじゃないか?

「魔法が使えない使い魔というのは、稀だがあることだ。そんなに深刻にならなくてもいいよ。まぁ、君は他の生徒よりも遅れて使い魔を召喚したからね。焦る気持ちがあるのは分かるが、落ち着くことだ」

「はい…」

「原因はいくつか考えられるが…その前に、使い魔君には席を外してもらおう」

「「えっ!?」」

 我に関して話をするのだろう?なぜ我が外されるのだ?

「使い魔君には言えないこともあるということだよ」

 なんともイラつく言い回しだ。殴るぞコラ。

「分かりました。クロム、そういうことだから」

 我はアリアの手により部屋の外に出されてしまった。だが我は慌てない。閉ざされてしまった扉に近づき、ピトリと扉に耳をくっつけた。猫の耳を舐めてもらっては困る。我の耳の前では、こんな扉など無いも同じだ。

「さて、使い魔が魔法を使えない原因だったね」

 先生とやらが語り出す。

「原因は大きく分けて二つある。本当は魔法が使える場合と、本当に魔法が使えない場合だ」

「本当は魔法が使える場合。これも二通りある。使い魔に魔法が使える自覚があるかどうかだ。魔法が使えるのに自覚が無い場合、これは魔法という自覚なく魔法を使っている。使い魔をよく観察して魔法を使っているところを見つけ、それを指摘する必要がある。正直、難しい作業だ」

「本当は魔法が使えて自覚がある場合。これは使い魔が自分の魔法を隠している場合だ。野生動物にとって魔法とは切り札になりえるものだ。自分の切り札を、おいそれとは他人に教えたりしないものだ。特に慎重な動物の場合はね。実は使い魔が魔法を隠すことは、よくあることなんだ。使える魔法の内二つ教えて一つは隠すなんてのもある。使い魔に魔法を教えてもらうためには、信頼関係が必要だ。ハーシェ君は昨日召喚したばかりだろう?これからだ。これから信頼関係を築いていくことだ」

「最後に本当に魔法が使えない場合。これはいくつも原因が考えられる。魔力を感じられないと言っていたが、魔力の感知は習得までに時間がかかる。君達だって、初めて魔力を感知するまでに時間がかかったろ?それと同じだ。ハーシェ君の使い魔も魔力を感知できるようになるまでそうだな……一週間は見てあげてもいいんじゃないかな」

「今、ハーシェ君に出来ることは使い魔をよく観察して信頼関係を構築し、魔力を感知するように促すことかな。まぁ、それがダメでも最終手段があるから肩の力を抜くことだ。でも、信頼関係だけはしっかりと結ぶんだよ」

 それから少し話してアリアは出て来た。

「ありがとうございました。失礼します」

 アリアが一礼してから扉を閉めた。

「クロム、お待たせ。ごめんね」

「別に構わん」

 盗み聞きしたからな。アリアと並んで女子寮への道を帰る。なんだか背中に視線を感じる気がする。見上げるとアリアと目が合った。これはあれか?先生が言っていた「よく観察しろ」というやつか?そんなに見られても魔法なぞ使えんぞ。それより前見て歩け。危ないだろ。

 いっそのこと、魔法が使えるわけでも隠してるわけでもないと伝えるか?しかし、盗み聞きしていたことを知られるのは面白くないな。さて、どうしたものか……。

 そんなことを考えていたら女子寮に着いていた。そのままアリアの部屋に入る。アリアは無言だ。我も黙ってしまう。最初に沈黙を破ったのはアリアだった。

「クロム…さ。なにか私に隠してることとか、ある?」

 コイツ…探るの下手か!?もうちょっと言い方というのがあると思うのだが…。

「無いな」

 実際、隠さなくてはならないことなど無いからな。

「ふーん」

 会話が終わってしまった。

「クロム、ちょっと魔力を感知してみない?」

 誘うのも下手かよ!?

「いいだろう」

 まぁ乗ってやるがな。我は自分の中に意識を向ける。確か腹の辺りと言っていたか?腹周りを重点的に、アリアの言う熱い物を探す。だが見つからない。腹に意識を向けたせいか、空腹を自覚する。腹減ってきたな……。

「飯はまだか?」

「はぁ、まだよ。今日はお昼と同じでルサルカとレイラと食べるからね」

「あぁ」

 まだだったか。仕方ない。魔力感知とやらを続けるか。だが見つからない。どこだよ魔力。先生も一週間どうのって言ってたから時間かかるのか?

「ダメだ。見つからない」

「そう…」

 そんな露骨に悲しそうな顔をするな。我がいじめてるみたいだろうが。もう一度よく探してみる。だが、見つからない。もう今日はいいだろう。

 そう思って閉じていた目を開けるとアリアと目が合った。何かを期待するような眼差しだ。見つからないとは言い出せず、もう一度目をつむって自分の内側を探してみる。だが見つからないものは見つからない。なんか疲れてきたな。腹も減ったし…。

 その後も目を開けるたびアリアと目が合った。これも先生の言っていた、よく観察しろってやつか?まったく、余計なことを言いおって。だが我もそろそろ限界だ。特に腹が。

 コンコンコン

 部屋の扉を叩く音が響いた。

「アリアー!ご飯食べよー!」

 ルサルカの元気な声が扉越しに聞こえてきた。

 やった!これでこの苦行から解放される!

 我は目を見開き、アリアと見つめあう。アリア、仲間が呼んでいるぞ。早く飯にしようではないか。

「はぁ。そうね、ご飯にしましょう」

 アリアも諦めたようだ。立ち上がり扉へと向かう。もちろん我もアリアに続く。飯だ飯。ごっはんーごっはんー♪

 赤毛のルサルカ、白毛のレイラと合流し、食堂へと向かう。3人が食堂の奥へ飯を取りに行き、すぐに戻ってきた。我の前にはいつものように二つの器が置かれる。片方は水だ。そしてもう片方は…!。

「はい。約束の品よ。そんなにおいしいの?」

「あぁ、うまいぞ」

 アリアは約束を守ってくれたらしい。器の中には昼間の物より大きな肉の塊が入っていた。これだ。これを待っていた。さっそく齧りつく。

 程よい弾力で噛み取られた肉は、噛むたびに脂の乗った肉汁を吐き出す。血の味など、雑味を感じない。肉本来の旨味が、口の中いっぱいに広がる。うまい。

 夢中で食べる。だが楽しい時間というのはいつだって早く過ぎ去っていく。もう終わってしまったか…。器は空になってしまった。

 肉が無くなってしまった寂しさと、確かな満足感を感じつつ顔を洗う。肉に夢中になり過ぎたな、警戒が疎かになっていた。我もまだまだか。周囲に視線を巡らし、耳を動かし音も拾っていく。三人娘は警戒のケの字も無いからな、我がしっかりせねば。

「イノリスはいいの?」

「イノリスには先にあげてきたよ。それより、先生に何の用事だったの?」

「私も気になります。猫ちゃんのことですか?」

「そうなんだけど。うーん、ここではちょっと。二人ともこの後、私の部屋に来ない?」

 その発言に我は驚いた。自分の寝床に誘うとは、よほど二人を信頼しているらしい。

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