アリアの食事も無事終わり、我々はアリアの部屋へと戻ってきていた。その際に部屋の場所をしっかり記憶する。我は賢い猫だからな。
「こんなに早く起きたのは久しぶりだわ。何しようかしら。あ、そうだ!」
アリアが何か思いついた様子でこちらを向いた。何の用だろう。
「クロムの魔法の特訓をしましょう」
まだ諦めてなかったのか。我は魔法なんか使えないぞ。我は顔を洗いながらアリアの言葉を聞き流す。
「ほら、クロム。自分の内側に意識を向けてみて」
まぁ特にやることもないから付き合ってやるか。我は目を閉じて自分の中に意識を向ける。
「お腹の辺りに暖かいような熱いようなものがあるでしょ?それに意識を向けて」
そう言われても腹にあるのはさっき食べた肉と小魚くらいだ。
「その熱を動かして体の外に出すの。やってみて」
もう、どうすれば良いのかさっぱりだ。
「出来そうにないぞ?アリア」
「そこは要練習よ。がんばって!」
我が諦めて体を横たえるのと同時にゴーンゴーンゴーンと大きな音が響いた。何の音だ?顔だけ起こして辺りを見渡し警戒する。
「鐘の音よ。そろそろ授業の時間だよって鐘を鳴らしているの」
アリアが我の姿を見てクスクスと笑いながら教えてくれる。
「ちょっと早いけどそろそろ教室に行きましょうか。付いて来て」
アリアが机から鞄を持ち上げ、部屋の外に出る。我もアリアを追って部屋の外に出た。
そのままアリアに付いて女子寮を出る。なんだか久々に外に出た気がするな。太陽を眩しく感じる。このまま駆けて行ってしまいたい衝動に駆られるが、アリアとの約束がある。肉のためにも今はアリアに付いて行かねばならん。難儀な約束をしてしまったものだ。
「教室はこっちよ。この校舎の中にあるの。教室までの道も覚えておくと便利よ」
なるほど。我は注意深く周りの景色を記憶に留める。時々臭いも嗅いで辺りを把握していく。なんだかいろんな臭いがする場所だ。
「ここが教室よ」
アリアが扉を開けて中に入る。中には誰もいなかった。食堂よりも狭いがそれでも十分に広い部屋だ。走り回ることも出来るだろう。食堂のように机と椅子が並んでいる。その中のひとつにアリアが近づいた。
「ここが私の席よ」
「我の椅子はどこだ?」
「あなた座るの?椅子はないけど…ここに座る?」
そう言ってアリアが自分の太腿を指す。ふむ。言ってみただけなのだが、折角誘われたのだ試してみるのもいいだろう。
アリアの太腿に飛び乗る。スカート越しに肉球にふにふにした感触が伝わる。腹よりも若干硬いか?だが床よりもよほど座り心地がいい。だが机とアリアに挟まれて丸くなるスペースがないのが残念だな。我はくつろごうと顎と両手を机に乗っけた。これはなかなか良い。
そのまま目を閉じる。飯も食べてちょっと眠たくなってきた。アリアは机の上に何かを広げてそれを見ている。片目を開いてそれを確認すると、なにやら模様が描いてある紙を見つめているようだ。何してるんだろう?ま、いっか。
しばらく経つと扉を開けて人間が入ってきた。後ろに使い魔らしき動物を連れているが…なんだあれは?
「アリア、あれはなんだ?」
「あれ?あぁ、亀よ」
「かめ…。」
初めて見た。動きは鈍重だが、ひたすらに硬そうな印象を受ける奴だ。あれを狩るにはどうすれば良いか…。動きは遅いから逃がすことはないだろう。我の爪や牙が通じるかが勝負になりそうだ。
それからも人間と使い魔が続々と教室に入ってきた。中にはアリアに話しかける奴もいる。アリアも挨拶を返していた。我は夢うつつでそれを聞き流していく。
「アリア!使い魔と契約できたんだね。おめでとう。その子が使い魔?かわいーね」
「ハーシェさん。使い魔と契約できたようですわね。同じ特待生として、まさか使い魔と契約できない者がでなくて安心しました」
「アリア、無事契約できたのですね。よかったです」
そのうち、またゴーンと鐘の音が聞こえてきた。いきなり大音量で響くものだから驚いてしまった。体がビクッとする。それがおかしかったのかアリアがクスクスと笑った。
鐘が鳴ってすぐに一人の人間が教室に入ってくる。大きい。アリアと比べるとまるで大人と子どもだ。…ひょっとしてアリアって子どもなのか?後で聞いてみるか。人間は教室の前に立つとそのまま話しだす。
「よし、全員いるようだな。授業を始める」
その時、アリアに横腹をつつかれた。
「あなたも聞いておきなさい。魔法と魔術の授業だから。魔法を使う手がかりがあるかもしれないわ」
「あぁ…」
我の気のなさに気が付いたのか、アリアが「もう!」と膨れていた。その間も前の人間が話し続けている。
「これで、このクラスの全員が使い魔と契約したことになる。使い魔とは魔法と使う獣、魔獣だ。魔法は強力な力だ。その分、扱いには慎重にならなくてはいけない。そのことをよく肝に銘じておくと良い」
「では、今日は魔法と魔術の違いから復習していこう。この間、絵具を使って説明したな。魔術も魔法も、魔力で現実を塗り潰し、望む結果を得ることは同じだ。だが魔力とは本来、無色透明なものだ。無色透明ではいくら魔力を重ねても現実を塗り潰すことなどできない。塗り潰すためには色が必要だ。色を付けるために必要な物、それが魔術陣だ。魔術陣を魔力で満たすことによって魔力に色を付け、その色で現実を塗り潰す。どんな風に塗り潰すかは、魔術陣に刻んだ回路の通りになる。光の回路を刻んだ魔術陣を魔力で満たせば、光が現れる」
「次は魔法だ。魔法を使える獣、魔獣。魔法を使える人間、魔人。これらの魔法使いは、魔力を体内に取り込むと、魔力に色を付けてしまう特殊体質だ。そのため、彼らは魔力を放出するだけで現実を塗り潰し、魔法を起こしてしまう。魔術陣を使う必要もないから魔力のロスもない。魔術では未だ実現できない強力な魔法を使う者もいる。ただ、良いことばかりではない。使える魔法は、平均4つほどだ。多くても10もいかない。それに、魔法使いはまともに魔術が使えない。魔術陣は無色透明な魔力を染めるために作られたものだ。色付きの魔力を流すと、予期しない色で現実を塗り潰してしまい、予想外の効果を発動する。大変危険なので絶対しないように」
人間の話はまだまだ続くようだ。我にはさっぱり分からないことをべらべらと話されると苦痛だな。もう寝てしまおう。我は積極的に意識を手放した。
「ほら、起きて。もう、静かにしてると思ったら寝てるんだから」
アリアが我を揺らす。やめろ目が回るだろうが。
「なんだ?人間の話は終わったのか?」
「いつの話してるのよ。もうお昼よ。ご飯食べに行きましょ」
飯か!それは食いに行かねばなるまい。我はアリアの太腿から降りた。
「いくぞ!飯が待ってる」
「もう、調子がいいんだから。あたたた…」
アリアが何故か呻いている。
「どうしたんだ?」
「あなたをずっと乗せてたから足が痺れちゃって。次からは悪いけど床でお願い」
座り心地よかったんだが、まぁ仕方あるまい。我慢しよう。
「アリアー!ご飯行くよー!」
扉の近くで、赤毛の人間が手を振っている。アリアを呼んでいるようだ。アリアの仲間か?
「さ、クロ。いきましょ」
脚はもういいのかアリアが立ち上がり赤毛に近づいていく。我もアリアに続く。
「お待たせルサルカ。レイラもお待たせ」
「いいよ。それよりご飯いこ!」
「えぇ。行きましょ」
赤毛の後ろには白髪の人間がいた。こいつもアリアの仲間か?白髪の肩には青い小鳥が止まっている。これがこいつの使い魔か。それにしても、使い魔の小鳥率高くないか?我が小鳥に注目するからそう感じるだけだろうか?