「そんなはずないわ!使い魔として召喚されたんだもの!あなたは魔法を使う獣、魔獣のはずよ!」
急にそんなことを言われてもな。そもそも……。
「魔法とはなんだ?」
「えっ!?そこから?魔法っていうのは、自分の魔力で現実を塗りつぶして、何か現象を起こす行為だけど…あなた火を出したり、風を操ったり、水を出したりできないの?」
「出来るはずないだろう」
猫をなんだと思ってるんだ。だが、アリアはまるで信じられないものを見たような表情をして頭を抱えてしまった。
「ありえない…。まさか魔法が使えないなんて。でも、使い魔として召喚された以上魔獣のはずだし…魔法の使い方を知らないだけ?でも使い魔に魔法を教えるって…どうすればいいのよ…?」
アリアがこちらを向いた。なにやら真剣な表情だ。こちらも後ろ足で耳を掻くのを止めてアリアを見る。
「いーい?自分の身体の中に意識を集中してみて。なんだか温かいような、熱いようなものがあるはずよ。それが魔力」
言われた通りに自分の身体に意識を向ける。
だが、アリアが言うものが抽象的すぎてよく分からない。だが身体の中に熱い感覚が走った時があったことを思い出した。ひょっとしてアリアが言っているのは…。
「サカリの事か?」
「サカリ?何それ?」
「身体が熱くなって無性に女を抱きたくなる。女を抱くと落ち着く」
「なっ!?ちが、違うわよ!いきなり何言って、バカじゃないの!!」
アリアが弾かれた様に慌てて否定する。そうか違ったか。しかし…。
「バカとはなんだ、バカとは」
「いきなり変なこと言うからでしょ!」
無礼を咎めたら怒鳴り返された。解せぬ。
ゼーゼーとアリアが荒い息をする。怒鳴り疲れたのか?顔も少し赤くなっている気がする。
「で?魔力は感じたの?」
「さっぱり分からん」
「はぁ。どうすればいいのよ…。とにかく明日、先生に相談してみないと」
アリアが落ち込んだ様子でため息をつく。こうも落ち込まれると、なんだか我が悪いことをしているみたいで申し訳ない気持ちが沸いてくる。コイツ、飯をくれるいい奴だしな。でも魔法なんてものは使えないのだから仕方ない。
「まぁ元気を出せ、な」
「あなたに言われてもねぇ…。でもいいわ。一旦置いておきましょう。先生ならいい方法知ってるかもしれないし。次に行きましょう」
「次?」
アリアはそう言うと、こちらの脇を掴んできた。そのまま上半身を抱きかかえられる。そしてアリアが立ち上がった。我の身体がびよーんと縦に伸びる。足が床に着かない。足がぷらぷらと揺れる。なんだか落ち着かない。
「アリア、離せ」
「ダメよ。これからあなたを洗うんだもの」
アリアがいつの間にか用意されていた水を張った
「やめよアリア!我は清潔だ!毎日舌で清めている!!」
「そんなのじゃ全然ダメよ。ちゃんと石鹸で洗わないと。こらっ!暴れないの!痛ッ!?あなた今爪立てたわね!?もう容赦しないわよ!」
アリアの手から逃れようと暴れる。だが我の抵抗むなしく、我の身体は水の中に叩き込まれてしまった。無念…。
体中の毛が水で濡れて体が重たい。地肌が水に濡れて冷た…くないな?むしろ暖かい。
「気持ちいいでしょ?あなたの為にわざわざお湯を貰って来たのよ。感謝しなさい」
気持ち良いのだろうか?よく分からない。だが冷たい水に濡れるよりもマシだ。
だが、この暖かい水は我の油断を誘うための罠であった。アリアは我を攻める準備を着々と進めていたのだ。
「じゃあ、石鹸で洗っちゃいましょうねー」
「おいっ!なんだこのモコモコしたものは!?やめろ!我に近づけるな!」
我は白いモコモコに包まれ、ワシャワシャと全身をもみくちゃにされる。毛が束になって、まるで全身を弱い力で引っ張られているような変な感じだ。
やがて、アリアは満足したのか、水をかけて我の身体からモコモコを落としていく。終わったのか?モコモコが完全に落ちると、今度は我の身体に布を押し当てゴシゴシとこする。水を拭き取るつもりか。我はもうされるがままだ。もうどうにでもなれ…。
そしてどれほど時間がかかったのか。我にとっての苦行は、やっと終わりを迎えた
「はい。もう終わりよ。綺麗になったでしょ?」
綺麗になっただと?どこに目を付けているんだ?あんなに綺麗に整っていた毛並みは乱れに乱れていた。おまけに全身の毛がキシキシとする。毛に引っ掛かりを感じる。なんだか全身からモコモコの臭いがするし、控えめに言っても…。
「最悪の気分だ」
「なによもう。洗った甲斐がないわね」
舌で舐めて全身の毛を整えつつ、まだ残っている水分を舐め取っていく。
「あーあ。やっぱり引っ掛かれたところ傷になってる。まったく、乙女の柔肌を何だと思ってるのよ」
アリアが自分の腕を見つつ嘆いていた。
それにしても乙女か…。アリアの声や口調から察してはいたが、やはり女らしい。毛を整えつつ横目でアリアを見ていたら、アリアが身に纏っていた物を脱ぎ始めた。次第にアリアの肌が露わになっていく。白く透き通るような肌はわずかにピンク色をしているだろうか。白い肌にアリアの黒い長髪が映えている。黒い長髪はそのまま上半身を覆い、その下に目を向けるとポンッと小ぶりな丸い尻が飛び出ており、そこから白くすらりとした脚へと続いていく。
アリアが両腕を上げて髪を後ろで一つに纏めることで、髪に隠れていた上半身も露わになる。我は一度アリアを頭の天辺から足の先まで見渡した。特筆すべきものは何も無いな。強いて言うなら平たい印象を受ける。飛び出ているのは尻くらいで後は平坦だ。人間ってこんなに平たかったか?
アリアが布を使い全身を拭い始めた。アリアも身を清めるらしい。我も自分のことに集中するか。あーあ。こんなに乱れてしまって。我、かわいそう…。
我の毛繕いが一段落した頃、アリアの方も一段落したようだ。先程とは違う衣服を身に着けたアリアがこちらに向かって歩いてくる。
「これ、つけるの忘れていたわ」
アリアが何か我の首に巻き付けた。
「なんだこれは?」
「使い魔の証よ。いい?絶対取っちゃダメよ?それがないと処分されちゃうかもしれないんだから」
処分とは穏やかじゃないな。一体何をされるんだ?
首に巻き付く感覚は慣れない。できれば外してしまいたいが、処分という言葉が不穏すぎる。しばらくは着けておくか…。
その後、ベッドに腰かけたアリアに続きベッドに飛び乗る。おぉ、ここはフカフカして気持ちいいな。
「もう寝ましょ。今日は疲れたわ。明かり消すわよ」
アリアはそのままベッドの上で横になる。アリアの宣言通り、昼間のように明るかった部屋が一気に夜になった。人間ってこんなこともできるのか。我もアリアの横で身体を横たえた。確かに今日はいろんなことがありすぎて疲れた。このまま眠ってしまおう。
「クロムには明日一日、一緒に行動してもらうわよ」
「断る」
「なんでよ!?」
横にいるアリアが身じろぎする。ガサゴソと衣擦れの音が聞こえてきた。けっこううるさいな。
「周りの地理を確認したい」
「案内する時間を作るから一緒に行動して」
アリアの案内か。パッと見た限りだと、この地には建物がたくさんあった。人間のテリトリーといえる。人間のアリアに案内してもらうのは、良い案かもしれない。
「お願いよ。授業中も必要だし、先生に相談する時にも居てもらわなくちゃいけないのよ」
何としても我に一緒に居て欲しいらしい。こうまで頼まれると断りずらいな。ふむ、こちらが折れるか。だが、タダでは折れない。
「今日食べた肉があるだろう?あれがまた食べたい。それで手を打とう」
「そんなに気に入ったの?一応頼んでみるけど、出てくるか分からないわよ?」
「そうなのか…。まぁそれでいい」
あの肉は美味であった。今まで食べたどんなものよりも美味かった。あれがまた食べれるなら大抵のことは我慢できそうだ。
その後、しばらくするとアリアからスースーという規則正しい呼吸が聞こえてきた。どうやら眠ったらしい。我も寝るか…。