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第3話

 目が覚めると、金属の籠に捕らわれの身になっていた。籠には白い布が掛かっており、籠の外の様子は見えない。

 我は気を失う前の記憶を思い返す。突然足元が光り、身体の自由がきかなくなった。その後、強烈な眠気に襲われたのを思い出す。どういう理屈でそうなったのかは全く分からない。だが…なんたる不覚!やはり罠の類だったか。

 犯人の目星はついている。金属の籠を使っているあたり、人間の仕業と見てまず間違いない。身の回りのよく分からない物には、だいたい人間が関わっている。きっと、あのよく分からない罠も人間が仕掛けた物だったのだろう。このままではマズイな。

 我はどうにか脱出しようと籠を殴ったり蹴ったり齧ってみたりするが、金属の籠はカチャカチャ鳴るだけでビクともしなかった。流石に無理か。

 さてどうするか…。

 考えていたら外から話し声が聞こえて来た。

「先生、ここに私の使い魔がいるんですか?」

「あぁ、丁度使い魔も目を覚ましたようだ。さあ、顔を見せてあげなさい」

「はい!」

 片方、先生と呼ばれた方は聞き覚えのない声だ。だがもう片方、聞き間違いでなければ我が罠に掛かる前に助けを呼んでいた少女のものだ。彼女も一緒に捕まったんだろうか?

 籠を覆っていた白い布がめくられる。そちらに目を向けると、ドアップで人間の顔があった。怖。目が合った。

「…猫?」

 目の前の人間が、助けを求めていた少女の声で呟く。どうゆうことだ!?

「そうだ、君の使い魔はその猫だ。大事にするといい」

「はい…」

 二人の人間が話している内容が分かる。

 これはどういうことだ!?こいつら猫語を話しているのか!?それとも我がおかしくなってしまったのか!?

 我の混乱をよそに先生と呼ばれた人間がどこかへ消えた。この場に、我と猫の言葉を話す奇妙な人間が残された。誰かこの状況を説明してくれ。

「…はぁ。あなた名前は?」

 目の前の人間が不満そうに質問を口に出す。籠に入れられている我の方が不満だ。人間の目はこちらを向いたままだ。ひょっとして、我に聞いているのか?

「名は無い。皆にはクロと呼ばれていた」

「そう。黒猫だから?」

「そうだ」

 人間と意思疎通が取れている。なんだこれは?これは夢か?

「私はアリア・ハーシェ。アリアが名前。あなたの主よ」

 主?

「我を飼う気か?」

 人間の中には、猫を飼う奴も居る。コイツもその類か?

「ちょっと違うわね。一応主とは言ったけど、もっと対等な関係よ。ご飯と寝る場所は用意するつもりだけど」

 人間と対等な関係?想像もつかない。だが悪くはないのではないだろうか。人間は不思議な力をいくつも持っている。単純な腕力も猫とは比較にならないほど強い。強力な種族だ。そんな人間と対等な関係。しかも飯の用意もしてくれるらしい。なんだコイツ良い奴か?

「あなたの名前も決めないとね」

「名前など、なんでもいい」

「じゃあ私が勝手に決めちゃうわよ?」

「勝手にしろ」

 名前など無くても良いくらいだ。不便は感じない。なのに人間はなにやら真剣に考え込んでいる。

「クロムなんてどうかしら?愛称はクロで。これならあなたも慣れやすいでしょ?」

「それでいい」

 名前などなんでもいい。だが、人間がこちらに配慮しているのは分かった。人間が猫に配慮するとは驚きだ。これも対等というやつか?悪くないな。

「さて、そろそろ移動しましょ」

「どこに行くつもりだ?」

「私の部屋よ。これからはクロの部屋にもなるんだけど」

 寝床、または巣の類だろうか?そう言うと、人間は籠ごと我を持ち上げた。

「よいしょっと、重いわね」

 重いというわりにひょいと軽々持ち上げた。やはり人間は腕力が強い。そして、我を連れて部屋とやらに向けて歩き出した。普段自分が見るよりも随分と視線が高くて落ち着かない。

「人間、我はもう自分の住処を持っている。元の場所に戻してくれればいい」

「その人間って呼ぶのやめて。私にはアリアって名前があるの。アリアって呼びなさい。それと元の場所に戻るのは無理よ」

 人間、アリアは少し怒っているような気がする。語気が強い。人間は名前で呼び合うものなのだろうか?それくらいは容易いことだ。ここは大人しく従おう。

 しかし、元の場所に戻れないとはどういうことだろう?アリアが我をこの場所に連れて来たのではないのか?

 アリアが座標がどうの転移がどうのと小難しい言葉を並べて説明してくれるが、さっぱり分からない。だが、そんな我にも分かることがある。それはアリアに連れられて建物の外に出た時に実感した。させられた。見える景色、風の臭い、空気の感じ、全てが我の記憶にないものだった。嫌でも住処から遠く離れた場所だと実感できた。これではどうやって帰ればいいのか手がかりもない。アリアが無理だと断言するのも分かる。

 打ちひしがれている我を連れて、アリアはまた建物の中に入った。

「いい?ここが女子寮よ。この中に私達の部屋があるの」

 今更、アリアが我に住処を与えようとしている意味に気が付く。我が住処を失うことを予測していたのか。やがて一つの扉の前に立ち、扉を開ける。

「ここが私達の部屋よ。狭いけど我慢してね」

 ここがアリアが用意した我の新しい寝床か。予想よりも広い。走り回るには手狭だが、寝る分には十分すぎるほどの広さがある。

「部屋の場所は覚えておいてね。違う部屋には入っちゃダメだからね」

「だいたい覚えた。おそらく問題あるまい」

 同じ扉がいくつも並んでいて混乱したが、たぶん大丈夫だろう。それよりも。

「そろそろ、ここから出してくれないか?」

「うーん…。もうちょっと待っててね。先にご飯をもらってくるわ。お腹空いてるでしょ?」

 そう言ってアリアは部屋を出ていった。たしかに腹は減っている。気が利くな。ここから出してくれれば、もっと気が利いているのだが…。

 さて、どうするか。といっても籠の中に捕らわれの身ではやれることなど無い。我は籠の中から辺りを見渡す。木でできた何かがいくつかあり、他に見るべきものがない。何者かが潜んでいる気配もない。安全と言ってもいいだろう。住処としては、とりあえず合格だ。

 アリアが帰ってきたのは、しばらく経ってからだった。両手に何か持っている。

「お待たせ。ごめんなさい。時間がかかったわ」

「別に構わん」

 待つだけで飯がもらえるなら、いくらでも待つ。狩りでも待つのは基本だ。待つことに苦は無い。

「ちょっと待ってね。今開けるから」

 アリアが籠の扉を開けた。久々に外に出る気がするな。我は籠の外に出て、まずは伸びをする。狭い籠の中で体が凝り固まってしまった。伸びをすると気持ちが良い。ふぅ。

 それからアリアが用意した飯に向かう。器は二つあり片方には白い物体、もう片方は水だった。白い物体はなんだろう?飯なのだろうが…嗅いだことない臭いだ。鼻がくっつくくらい近くで嗅いでも何か分からない。でも良い匂いだ。腹が減る匂いだ。毒ではないだろう。我は意を決して白い物体に齧りつく。

 美味い…!

 この味、少し変わっているが肉だ。たぶん鳥の肉。肉だというのに血の味がしない。血も出ない。口の中には肉の旨味だけが広がる。美味い。肉ってこんなに美味かったのか!?

 我は無我夢中で、この不思議な肉に齧りついた。肉が無くなってからは器まで舐める熱中ぶりだ。もう無くなってしまった…。しかし腹の方は確かな満足感を伝えてくる。視線を感じて振り向くとアリアが居た。

「気に入ったようでよかったわ」

 どうやら見られていたようだ。少し恥ずかしい。

「ご飯が終わったなら話があるわ。重要な話よ」

 笑みを浮かべていたアリアが真剣な表情を作る。重要な話らしい。我も顔を洗うのを一旦止めてアリアの方へ体を向けた。

「クロム、あなたの使える魔法を教えてほしいの」

「使えないが?」

「えっ!?」

 え?

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