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第2話

 私、アリア・ハーシェはひどく緊張している。もう三度目なのだから、少しは慣れてもおかしくないのだけど、今の私は過去一番の緊張をしているかもしれない。何故なら、今回の儀式に成功しなければ試験に落第。魔導士の適正無しとして学校を追放されてしまうからだ。

 追放されるのは別にいい。でも、追放となると特待生としてこれまで免除されていた学費を請求されることになる。そんなお金は家にはない。

 払えなかったらどうなるんだろ?家族そろって奴隷落ちとか?そんな未来、絶対に認められない!

 そもそも、私はこんな学校入りたくなかった。家族や友達とも離れたくなかった。それを“魔力が高いから”と、半ば攫うようにしてこの学校に入れたのは領主様だ。あのハゲオヤジめ。

 私は、村で行われた簡易魔力検査で21点という高得点を出した。平均の10点を大きく超える数値に大人たちはみんな期待した。大魔導士の誕生に。

 しかし、学校入学後に行われる精密魔力検査の結果に、みんなの期待は失望に変わってしまった。

 私の魔力は、

 供給口魔力を体に取り込む量  :10

 魔力量体に取り込める魔力の量 :10

 放出口魔力を体の外に出す量  :1

 だった。

 こんなに偏るのはかなり珍しいらしい。嫌なレアを引いてしまった。放出量が1では、ろくな魔術は使えない。

 魔術の発動には、魔術陣と呼ばれる魔術回路を、自分の魔力で満たさなければいけない。魔術陣は穴の開いたバケツの様なものだ。魔力を注ぐ端から、少しづつ魔力が魔術陣から漏れ出し、霧散してしまう。普通は、霧散する魔力よりも多くの魔力を注ぎ、無理やり魔術陣を魔力で満たしている。しかし、魔力を注げる量“放出口”が1の私ではそれも限界がある。私が注ぐ魔力よりも魔術陣から霧散する魔力が多くなってしまっては、いつまで経っても魔術陣を魔力で満たすことが出来なくなってしまうからだ。そのことが今回の儀式にも影を落としている。

 今回の儀式、従魔契約は巨大な魔術陣を発動することで成功となる。今の技術では再現不可能という“失われた技術”で作られた魔術陣は、霧散する魔力が最小限に抑えられている。しかし、放出口が1の私にとって、巨大すぎる魔術陣を、己の魔力で満たすのはとても難しい。過去二回とも、私が魔術陣に注ぐ魔力よりも、魔術陣から霧散する魔力の方が多くなってしまい失敗してしまった。こうなってしまっては魔術陣を魔力で満たすことはできない。

 同じ失敗は繰り返さない。今回は最初から全力で、魔力が霧散する時間もないほど全力でやってやるわ!!そうよ、やってやるわ!!絶対、家族を奴隷落ちなんてさせないんだから!!

 このピンチはチャンスでもある。なぜなら、この儀式を経ることで手に入るのは、自分の使い魔だからだ。使い魔とその主の間には“強力な”普通は無理な魔力の貸し借りが出来るほどの強力なラインが繋がる。このラインは“放出口”に関係なく大量の魔力を流し込めるらしい。言ってしまえば、使い魔専用の、魔力供給の道が新たに出来るようなものだ。

 もし、使い魔が強力な魔法を使えるとしたら?私の放出口はダメだが、供給口はピカイチだ。私が魔力を供給して、使い魔が強力な魔法を連続で使う。これなら、私の放出口の短所を補って余りある程の長所になるのではないだろうか?

 私は使い魔への魔力の供給に集中して、魔法は使い魔に任せてしまう作戦だ。

 そうよ。これしかないわ。強力な魔法ってドラゴンのブレスとか?ううん、この際ドラゴンなんて贅沢は言わない。とにかく強力な魔法が使える使い魔なら何でもいい。

 そんなことを考えていると、目の前の扉が開き、同じくらいの歳の男の子が出て来た。男の子は手に小さな小鳥を乗せている。きっとあれが彼の契約した使い魔なのだろう。

「次、アリア・ハーシェ」

「はい」

 先生に名前を呼ばれて返事をする。いよいよ私の番だ。忘れかけていた緊張が一気に蘇る。歩き出そうとすると、右の手足が一緒に出てしまった。

 落ち着きなさいアリア。こういう時はあれよ、深呼吸よ。

 息を大きく吸ってゆっくり吐き出す。もう一度踏み出す。今度はちゃんと歩けた。

 儀式の間には一人で入る決まりだ。そのまま扉の前に行き、扉を開ける。

 目に飛び込んできたのは白という情報だ。そこは床も壁も天井も柱も一切が白い部屋だった。目がチカチカする。もう3回目だというのに一向に慣れない。その白い部屋の中央の床に、手のひら大の赤い丸が見える。そこが魔術陣に魔力を注ぐ場所だ。魔術陣本体は地下にあるらしい。

 私は部屋の中央で跪き、赤い丸に両手を乗せた。後は魔術陣に魔力を込めるだけ。

 今度は最初から全力で!

 私は全力で魔力を魔術陣に注ぎ始めた。もう叩きつけるような勢いだ。私としては叩きつける勢いで注いでいるというのに、私の中の魔力は、確認してもほんの少ししか減っていない。つまりまだそれだけしか魔力が注げていない。

 なんで!?全力なのに!いや、もっと行けるはずだ!もっと!もっと!!

 私は更に両腕に力を入れて全力で魔力を注ぎ続けた。全力の全力、もしかしたら限界を超えたのかもしれない。ほんの少し、気のせいかもしれないけど、ほんの少し注ぐ魔力の量が増えた気がする。

 これならいけるかも!

 しかし、この全力の魔力放出は代償があった。初めは手のひらが鈍く痛み始める程度だったけど、今では両腕まで痛みを訴えていた。体温もグンッと上がって汗が止まらない。

 でも止めない。

 ここで諦めるわけにはいかない。家族を奴隷になんてさせない!

 全力で魔術陣に魔力を注ぎ続ける。両腕は痛みを通り越して痺れ、感覚が無くなってしまった。体温の上昇も止まらない。まるで体中の血液が沸騰しているかのようだ。頭がクラクラする。滴り落ちる汗に混じって、ポタポタと赤い血も落ちてきた。先程から鼻血が止まらない。このままでは危険だという感覚はある。でも、もう少しで魔術陣を魔力で満たせるという感覚もあった。

 とどけ、とどけ、とどけ、とどけッ!

 注ぐ魔力が霧散する魔力をほんの少し上回り、少しずつ少しずつ魔術陣を魔力で満たしていく。身体はすでに限界なのかもしれない。少しずつ意識が遠のいてきた。それでも諦めたくない!

 とどけ、とどけ、とどけ、とどけ、とどけとどけとどけとどけとどけッ!

 とどいた!?

 瞬間、魔術陣は満たされた魔力を消費して、その魔術回路に刻まれた通りの現象を引き起こす。つまり、使い魔の召喚。

 私は魔術を使えたことで気が抜けてしまったのか、急速に意識が遠のいていた。まだ寝ちゃダメ。使い魔に望むことを言わないと。私が使い魔に望むこと…それは強さだ。

「お願い、強いやつ、来て…!」

 もうダメだ。瞼が持ち上がらない。でも、自分の使い魔を一目でもいいから見たい。

『…よかろう』

 声が聞こえた気がした。その声の安心感に、私は遂に意識を手放してしまった。

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