それより少し前、城壁から飛び降りる人影があった。
地面に激突する瞬間、柔らかい防御壁を張って衝撃を吸収し、同時に前方に向かって硬い防御壁を展開する。
その防御壁のおかげで兵士達は串刺しにならずに済んだ。
「聖女クサギ様!?」
クサギだった。ドーム状に防御壁を張り、矢の雨を防ぎながら様子を伺う。
「これは…… 一体何が起きているんすか!?」
「わ、我々にもわかりません! オークやエルフが城門の前にこの杭を打ち始めて!!」
「そうっすか……」
探知スキルを使い、矢の来る方向を見てみる。家の2階や高台といった場所からの攻撃のようだ。
「皆さん、矢は防ぐんで秒で杭抜いて下さい!! 敵は高い場所からこっちに攻撃しています!!」
「はっ!!」
更に魔力を込め、クサギは門の前に防御壁を張り巡らせた。その後ろで兵士達が杭を掘り出そうとしている。
「我々は攻撃を仕掛けている者を探すぞ!!」
兵士長の号令で矢の射線を切りながら探索が始まった。
その頃、アシノは城の前を警備していた。能力の巻き添えになるかもしれないという理由をつけて1人で遊撃として行動している。
空を見上げても攻撃の効かない魔物が現れたという黄色の魔法信号弾は打ち上がっていない。
その代わりにヒューッという騒音に近い笛の音を響かせながら、赤色の信号弾が打ち上がった。それは異常事態を知らせるものだ。
アシノが駆け付けようとした瞬間、亜人達が数十名路地から現れた。子供の泣き声も聞こえる。
「何をしている!? 今は危険だ、大人しく避難を……」
そこまで言いかけたアシノの顔は険しくなる。先頭の1人が縛り上げた人間の子供を抱え、もう一人がその子供に剣を突き付けているからだ。
「どういう事だ?」
アシノは子供に剣を突きつける亜人を見て言った。操られている可能性も考える。
取り残した裏の道具の可能性は無いだろう。キエーウとの戦いの後、巨大探知盤には一切裏の道具の反応がなかった。
ならば魔人か? それならば可能性がある。
「勇者アシノ殿、あなたはキエーウを壊滅してくださいました。なので、あなたにもこの子にも、手荒なことをしたくはありません」
「したくありませんって、既にしてるじゃねぇか」
考えながらワインボトルを手にすると、亜人達は少したじろいだ。
「私の能力を使えば、その子供を傷付けずにお前達だけ痛めつけることも出来る。馬鹿な真似はやめろ」
後はハッタリがどこまで効くかだ。思わずアシノも冷や汗が流れそうになるが、グッと堪える。
「失礼ですが、私どもはあなたの能力を存じております勇者アシノ殿」
奥から現れた屈強なオークがアシノに言う。
「ビンのフタをスッポーンと飛ばす能力」
「なっ……」
「キエーウのメンバーを拷問した際に出た情報です」
アシノは動揺してしまった。
「私どもはキエーウに、そしてこの国の情勢に反撃する機会をジッと伺っておりました」
そう言った後で屈強なオークは両手を開くように上げる。
「魔人の襲撃で王都が混乱している今こそ、今こそ!! その時だと思いましてね」
考えろ、アシノは自分に言い聞かせる。
コイツ等の言ってる事は本当なのか、それとも魔人に操られて言わされているだけなのか?
「アシノ殿。これ以上一言でも話したらこの子の首を刎ねます」
泣きじゃくる子供を見てアシノは静かに両手を上に上げた。今はそれしか出来ない。
亜人達はアシノを後ろ手に縛り上げた。その後ぞろぞろと城まで歩き出す。
城門では兵士達が警備をしていたが、亜人達の群れを見て何事かと警戒する。
「上の話の分かるものを出せ」
「貴様ら、何のつもりだ!?」
「こちらは勇者アシノ殿を人質に取っている。5分以内に返答をしろ!!」
歯ぎしりをして1人の兵士が城の中へと消えていった。そして、しばらくすると近衛兵長のカミトが城壁へとやってくる。
多数の弓兵を連れて。
「反乱か魔物に操られているかは知らんが、お前達の行為はれっきとしたこの国への反逆行為だ。大人しく投降しろ!!」
亜人達と兵のにらみ合いが続くかと思われたが、先に仕掛けたのはエルフだった。
矢を放って城壁の兵士を次々と射抜いていく。
「放て!!」
カミトが言うと同時に城壁の兵も弓を引いた。しかし、それらは素早く展開された防御壁に弾かれる。
「お城の実戦経験も無いおぼっちゃん達には、俺の相手は荷が重いぜ?」
そう言ってエルフのリーダー格らしき男は目にも留まらぬ速さで矢を放ち続けた。
それらは1発も外れること無く兵士に命中していく。
一気に劣勢になっていく王国軍には動揺が広がる。
「お前達は何が目的なのだ!!」
相手が目的を聞いたことで屈強なオークがニヤリと笑う。
「私達の欲求は簡単なものだ。まず1つ、逮捕されたキエーウのメンバーを裁判無しに速やかに全員処刑すること」
「そして、もう1つ、刑に服する亜人の解放!!」
カミトはゴクリと生唾を飲んだ。こいつ達は本気で国を傾けに来たと。
「最後に、王との直接の対話を望む!!」
王との直接の対話だと、そんな事認めるわけにはいかない。カミトはなんとか時間稼ぎをする事にした。その矢先。
「ネック様、勇者サツキがこちらに向かっているとの事です」
ネックと呼ばれる先頭の屈強なオークは報告を聞いて頷いた。
「全員籠城するぞ!!」
だが、城門は固く閉ざされている。どうするのかと言うと……。
フードを深く被った人物が城門へと歩く。弓兵が矢を放つも、全て最小限の動きで躱されてしまう。
「それでは頼みます勇者、トチノハ殿」
ネックが言うと同時に城門は吹き飛んで激しい轟音が辺りに響いた。
「アシノ先輩が人質に取られたのですか!?」
翼竜を倒し、緊急の信号弾を見て王都へ戻ったサツキは、その報告を聞いて膝から崩れ落ちた。
「オークとエルフを主体とした亜人の反乱勢力が城を目指し突き進んでおります!!」
「クサギ、カミクガ、どうしよう、アシノ先輩が!! アシノ先輩が!!」
サツキは思い切りうろたえていた。
「もー、人質に取られるとか何やってんのよアシノ!!」
ルーは頬を膨らませて怒っている。だが、ムツヤ達は心配そうだ。
「早くアシノさんを助けないと!!」
「そうです、早くアシノ先輩を!! あんなに美しくて可愛い先輩なんですよ!? 今頃あんな事やこんな事されているに決まっています!!」
「いやー、その心配はないかなー……。 まぁ、まずは相手を刺激しないように落ち着いて」
「しかし、これが落ち着いていられますか!!」
「よく考えてみてサツキちゃん、作戦を立ててアシノをカッコ良く救出した時の事を」
ルーからそう言われて、サツキは少し妄想をする。