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災厄の壺 6

「これは分が悪いわね……」


 ヨーリィはウトナの周りをグルグルと回りながら木の杭を投げつけていた。


 防御壁で弾いてはいたが、直接来られたらまずいと考える。


 そんな時にヨーリィが防御壁を飛び越えてナイフで切りつけようとした。思わずウトナは手を前にしてガードをしようとすると、その手から杖を奪う。


「っく」


 ウトナは背を向けて逃げようとするがタタタタっと走ってきたルーがヨーリィから杖を受け取って振ってみる。


 杖から出た光線はウトナに命中し、その場に立ち尽くした。


「あら、私でも光線出せるのね。こりゃ良いわ。さて、オカマちゃんはどうなるかしら?」


「いやーん!!! 亜人ちゃんを従えてハーレム作りたい作りたいー!!!!」


 地面に倒れて駄々っ子のようになっているウトナ、無力化には成功したらしい。


「さて、ついでに他の人達にも使っちゃおうかしら」


 ルーはまだ戦う意志のあるキエーウのメンバーへ杖を振った。それぞれ駄々っ子のように地面に転がる。


 一応、拘束魔法で縛ってからアシノ達はムツヤの元へと急いだ。



 ――


 ――――


 ――――――――


「あっ、うぐっ」


 背中へと刀を突き立てられたムツヤは、そのまま地面に倒れる。


 刀が抜けた傷口から赤黒い血が溢れてきた。


「ムツヤ、お前には何の怨みも無いが、ここで死んでもらう」


 急いで回復薬を飲まなければとカバンに手を回し、取り出したが、ウートゴに蹴られてそれはどこかへと飛んでいく。


 痛みで呼吸が荒くなってきた、ムツヤは久しぶりに死の気配を感じていた。


 こんな状況、塔の中に居た時以来だろうか。


「じゃあな」


 ウートゴが刀を振り下ろそうとしたその瞬間、ムツヤの胸元のペンダントが紫色に光った。


 それと同時に刀は謎の力に弾かれて遠くへ飛んでいく。


 距離を取って何が起きたんだとウートゴはムツヤを見る。


 そこには女が立っていた。露出の多いドレスと褐色の肌。


「はじめまして、邪神サズァンよ」


「はは、そりゃどうも」


「あら、意外と混乱しないのね」


「そりゃ、こんなデタラメな裏の道具ばかり見てたらな」


 サズァンは険しい表情を崩さずにウートゴを睨みつけていた。


「本当はこういう事しちゃいけないんだけどね」


「だったら大人しくお引取り願えませんかね、邪神様っ!!」


 そう言ってサズァンに手裏剣を投げるも、圧倒的な魔力で軌道を捻じ曲げられてしまう。


「ムツヤ、早く薬を飲んで。私は長く持たないから」


 薄れゆく意識の中でムツヤはハッとし、カバンから回復薬を取り出して飲む。


「っく、神ともあろうお方が、随分人間1人を贔屓にしたもんだな」


 ウートゴに出来るのは悪態を付くことぐらいだ。目の前でムツヤを葬る千載一遇の好機を逃してしまった。


「ムツヤだから贔屓したってわけじゃないわ。ムツヤはこの世界の…… 最後の希望なのよ」


「亜人を滅ぼすだけで世界がどうなると?」


「黙れ下衆。そんなお前達のくだらない計画の話をしているわけではない」


 サズァンは普段見せない神の威厳を出してウートゴを罵る。


「サズァン様……」


 そんな中、ムツヤは傷が治り立ち上がっていた。


「ムツヤ、平気?」


「サズァン様…… ありがとうございまず」


 ムツヤが礼を言うと、サズァンは振り返ること無く言う。


「お願いムツヤ。アイツを倒して」


 ハッとし剣を強く握ると同時に、サズァンはスゥーッと透明になり、消えていった。


「邪魔が入ったな、それじゃ続きと行こうか」


 ウートゴはまた分身体を作って、全員でムツヤめがけて走ってきた。


 ムツヤは目を閉じて、ゆっくりと開く。


 剣を引き抜いて、1体を頭から両断した。それは分身体であったが、断面からは業火が吹き出て消滅する。


「へぇ、今のは殺す剣だったな」


 余裕ぶって言ったが、ウートゴの心には「まずいな」といった焦りが生まれた。


 今までの戦いとは比べ物にならない速さと威力でムツヤは剣を振るう。


 裏の住人の本気はここまでのものかとウートゴは思った。


 投げる手裏剣はすべて弾かれ、斬撃は刀ごと分身体が叩き斬られていく。


「こうなりゃ俺も最後の手を使うしかないな」


 ウートゴはムツヤに聞こえないよう小声で自分自身に言い聞かせた。自身の腕と脚に気力と魔力をありったけ込めて強化する。


 1歩踏み込んで飛び出す。2歩3歩と走る度にその速さは上がっていった。捨て身の特攻だ。


 金属がぶつかり合う激しい音と衝撃が辺りに響き渡る。


 それが収まると、ムツヤとウートゴは距離を置いて背中合わせで立つ形になっていた。


「ガアアァァァ」


 ウートゴは脇腹から鮮血を吹き出した後、業火に包まれた。


「やってくれたなァ、ムツヤアアアアアアア!!!!」


 ムツヤは恐ろしさから剣を持つ手が震えていた。人の肉を斬る嫌な感触が手と頭から離れない。


 地面に倒れたウートゴはムツヤの元へ這いずってやって来る。


「ムツヤ…… はぁはぁはぁ…… いいか…… 人殺しは呪われるんだよ…… お前は一生呪われるんだ……」


 彼なりに一矢報いようとしたのか、そこまで言った後全身が業火に包まれて絶命した。


 剣を納めたムツヤは急に気分が悪くなった。耳鳴りがして景色が回っている。


 思わずしゃがんでハァハァと息をする。


 苦しい、何か急に病気にでも掛かったかのようだ。


 人を殺す時、より近くで、より直接的に手を下すと大きなストレスになると言われている。


 例えるならば、矢で射るよりも剣で斬る方が、殺すことに不慣れなものにとって精神的苦痛が大きくなるのだ。


 ムツヤは人を殺めることに抵抗を持っていた。いや、多くの人間はそうなのだろうが……。


「ムツヤ殿っ!! ムツヤ殿!!」


 ハァハァと肩で荒い息をしているムツヤの元に駆け寄る影が1人、モモだ。


「ムツヤ殿!! どうしたのですか!? 怪我をしたのですか!?」


 しゃがみ込んで心配そうにムツヤを見つめてモモは声を掛けていた。他の仲間達は辺りを警戒している。


「終わりました…… ウートゴは倒しました…… 俺が、俺がっ……」


 ムツヤを見かけて思わず一直線に走ってしまい気が付かなかった。足元に転がっている黒い人形の消し炭に。


 次の瞬間、モモはムツヤを抱きしめていた。甲冑で硬い感触だったが、優しさと温かさが伝わる。


「あ、あああぁぁぁ……」


 思わず涙が溢れてムツヤは声を絞って泣いた。仲間達はそれを見ていることしか出来なかった。

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