そんな飲み会があった次の日の朝、モモはいつもの様に皆よりも早く起きた。
日課となっているリースの墓参りだ。村外れの墓地まで長い髪を揺らしながら歩く。
「おはようございます、モモさん」
「あぁ、おはよう」
宿屋の娘カノイと出会った。手には花を持っている。
カノイはこうしてたまに、先祖の墓と一緒にリースの墓にまで花を添えてくれていた。
「いつもありがとうな、カノイ」
「いいえ、私に出来るのはこれぐらいですから」
そう言ってカノイはフフッと笑う。モモはリースの墓の前で両手を組んで祈りを捧げた。
「いつも訓練お疲れさまです、きっとリースさんも見ていてくれてますよ」
「……あぁ、そうだな」
目を開けるとモモは返事をした。そのまま訓練をしている平原へ行って素振りをする。
一刻も早く強くならなければならない、守られるのではなく守るようになれるようにと。
しばらくすると仲間たちがやってくる。
「いつも感心だなモモ」
「やる気がみなぎっちゃってますねー、若いって良いわー…… って誰が若くないじゃ!!」
「お前は黙ってろ」
ルーのノリツッコミをアシノは適当に流す。
「おはようございます、モモさん」
「おはようございまずー!」
「おはよう、モモお姉ちゃん」
ぞろぞろと朝の挨拶をする仲間たちを見てモモも挨拶を返した。
「えぇ、おはようございます」
今日も訓練が始まる、残された日はあと10日だ。
災厄の壺が発動するまで8日間になった。今日は最後の訓練である。
アシノが最初言ったように付け焼き刃ではあるが、モモもユモトもだいぶ成長していた。
「今日は本気出しちゃうから怪我したらごめんね!!」
ルーはいつもより強めの精霊を召喚する。今日はルーも訓練する側ではなく、精霊を操ることに専念した。
3体の精霊がモモに襲いかかるが、まず1体を斜めに切り上げて倒し、剣を振り上げたまま走り次の1体を倒した。
(一撃一撃の威力が重くなっているな)
アシノは感心してモモを見つめる。最後の1体は真横に斬り捨てた。
エルフ衆の矢がモモを狙って飛んでくる。すかさずユモトは防御壁を張った。
始めは目の前にしか張れなかったそれも、10メートルぐらい先になら展開できるようになっている。
自身とモモを防御壁で守りながら、ユモトも魔法の氷柱で精霊を貫き、数を減らしていく。
20分ほど戦闘をする、倒した精霊の数は100に届くほどだった。
「よし、良いだろう」
アシノが言うとモモとユモトは攻撃をやめる。疲れて地面に座り込むこともなくなっていた。
「明日はもう戦いになるかもしれない。今日はここまでだ、本当によく頑張ったな」
そう言われて思わずモモは泣きそうになったが堪える。ユモトも同じだ。
「ありがとうございました!!」
最後の訓練が終わった翌日、ムツヤ達はエルフの村を出る。
出発の前に全員でリースの墓参りを済まし、村のエルフ達にも礼を言った。
「皆さん、どうかご武運を」
「あぁ、世話になったなカノイ」
「また来るわよ!!」
ルーはそう言って親指を立てる。
「お世話になりまじだ!」
「カノイさん、また!」
ムツヤとユモトも別れの挨拶を済ましたのを見てアシノは言う。
「それじゃ出発するぞ」
その言葉を聞いてモモは馬車を走らせる。後ろではたくさんのエルフと冒険者達が手を振ってくれていた。
あのエルフ達を守るためにも災厄の壺を叩き壊さなければならない。
ここから北西に約50キロメートル。そこに災厄の壺がある。
馬車の中ではムツヤが探知スキルを使って裏の道具を持たない敵への警戒をしていた。
意外にも敵は1人も現れずに1日が終わった。いつも通り野営の準備を進める。
「妙だな、まだ敵地から遠いからか……」
アシノは何か胸のざわめきを覚える。キエーウは足止めよりも本拠地を守ることを優先しているのだろうか。
「アシノー、ごはんよーごはん!」
「わかった、今行く」
そんなアシノを遠くから見つめる影があることを、誰も気づけていなかった。
腹が減っては戦はできぬとは言ったものだが、逆に腹がいっぱいでも戦はできない。
人間、食べた直後は動きが鈍るのだ。
「ごちそうさまでした」
皆がユモトの手料理を堪能した後、ムツヤはハッと気がついた。
「誰かが、いや、たくさんこちらに向かってきていまず!!」
「やっぱりか」
アシノの嫌な予感は当たってしまう。探知盤にも裏の道具の反応が四方から集まりだす。
「ムツヤ!! 北西から時計回りに敵の数を減らしていってくれ!!」
「わがりまじだ!!」
そう言い残すと次の瞬間ムツヤは風のように消えた。
「私達は馬車に乗ってムツヤの後を追うぞ!!」
「はい!!」
モモが返事をして馬車に乗り込む。このままここに残れば四方から攻撃を受けてしまう。
移動しながら戦ったほうが安全だとアシノは判断する。
「ルー!! 弱いやつでいい、精霊をここに残していってくれ」
「任せて!」
牽制と偵察用の精霊をルーは召喚した。そして馬車を走らせる。
その頃、早くもムツヤは接敵していた。
キエーウの仮面をかぶる者達が次々と押し寄せ、ムツヤを見るなり剣や槍を構えて襲いかかってきた。
ムツヤは抜刀せずに素手で剣を折り、槍を折りと無茶苦茶な戦いをしている。
1人また1人とムツヤに殴られ蹴られ、その場に倒れていった。
次の瞬間、ムツヤはハッと抜剣して飛んできた何かを弾き飛ばす。
それは青白く光る魔法のナイフだった。周りに目をやると男が1人。
「よう、ムツヤ。俺はお前に感謝しているぜぇ」
いきなり感謝していると言われてムツヤの頭には疑問符が思い浮かぶ。
「こんな素晴らしい武器を持ってきてくれたんだからな!!」
言い終わると同時に、男が手を握りしめると各指と指の間にナイフが出現した。
そして、男はナイフを一斉にデタラメな方向に投げる。
それぞれナイフはムツヤを追尾するように飛んでいき、その間もまたナイフを出現させて飛ばす。
両手剣では防ぎきれないと判断したムツヤは短剣を取り出した。人間離れした動体視力と体の動きでナイフをかわし、弾き、男に迫る。
「させないよ」
ナイフ投げの男の前に少年が割って入り、一瞬ムツヤは動揺した。
その隙に少年は分厚い魔法の障壁を張った。恐らく普段ユモトが展開している物の30倍は厚いだろう。
「ムツヤ、俺はお前に感謝しているって言っただろ? 今からでも遅くない、キエーウへ入れぇ。それか、災厄の壺が発動するまで大人しくしておけぇ。そうすれば俺達はお前を狙わない」
「断る!!」
ムツヤは魔剣ムゲンジゴクで魔法の障壁を叩き斬ろうとした。
しかし、ムツヤの力を持ってしても弾かれてしまう。
「罪を憎んで人を憎まずなんて言葉があるけどよぉー、俺は」
ナイフ投げの男はそこまで言って、またナイフを構える。
「罪を憎んで亜人は皆殺しだぁ!!」