「よし、ひとまずここまでだ」
ムツヤとヨーリィ以外は緊張の糸が切れたのか座り込んでしまう。
「はぁはぁ、腕が重いです」
「私もだ……」
ユモトとモモは腕も手の皮にも痛みを感じ、自分の未熟さをひしひしと感じさせられた。
「もう限界、ムツヤっち、元気になる薬出して」
カバンから怪しい薬を取り出すムツヤと受け取るルー、飲み干すと体の奥底から元気が溢れてくる。
「ルーちゃん華麗にふっかーつ!!!」
それを見てアシノは名案を思いついた。
「なるほど、ムツヤの薬を使えば短期間で効率よく特訓が出来るな。ルーが飲んだ所大丈夫そうだし」
言われて固まるルー、次の瞬間猛ダッシュをして逃走し、アシノに追いかけられていた。パァンパァンとワインコルクの弾ける音もする。
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「逃げ出してずびばぜんでじだ!!」
「わかれば良いんだ」
とっ捕まったルーはまた涙目になっていた。
薬のおかげで疲労回復させたモモとユモトだったが、自分達もまた薬のせいで苦労するんだろうなと覚悟を決める。
「午前中はここまでだ、飯を食ったら午後の訓練に移る」
「チョット待って、午前中はって? 午後って? もう訓練したんだからいいでしょ? 言ってることわかんないから、ことばわかんない」
現実から逃れようと幼児退行を初めていたルーをアシノは引っ張って宿屋へと戻った。
宿屋の主人特製のエルフ料理を堪能し、少し休むと午後の訓練に入った。
「それじゃあ、モモは私とムツヤと、ユモトはルー、ヨーリィと組んで実技の特訓に入る」
「やっと教える側に立てたわ……」
魂が抜けかけのルーが言う。
まずはモモの特訓から見てみることにする。剣と盾を構えて刃の付いていない訓練用の剣を持つムツヤと対峙していた。
「本気でムツヤを殺すつもりでやってみろ、大丈夫だ、コイツは殺そうと思っても殺せる相手じゃない」
真剣を持っていたが、確かにアシノ殿の言う通りだと、遠慮なくムツヤに斬りかかろうとする。
「行きますよ、ムツヤ殿!!」
頭身を低くしてモモは走り、横薙ぎに剣を振る。ムツヤはそれを片手持ちの剣で楽々と防いでいた。
「連続して斬りかかれ!! 反撃のスキを与えるな!!」
アシノに言われモモは縦に横に斜めに剣を振り続けるが、ムツヤは受け止め、躱し、飛び退いて、1撃も当たらない。
そこにアシノのワインコルクが飛んできて顔にポコンと命中する。
「常に他の敵に、他の攻撃にも油断をするな!!」
「はい!!」
数分しか経っていないのに息が上がってきた。戦いとはそれだけ体力を消耗する行為なのだ。
「いったん離れて休憩だ、その間、自分に足らないものをよく考えるんだ」
モモの動きが鈍ってきたのを見てアシノは言った。短期間で強くなるためにはがむしゃらにやる事ではなく、ちゃんと考えて戦うことが大事なのだ。
一方でユモトはルーに魔法の指導を受けている。
「ユモトちゃん、魔法の発動は問題ないんだけど、一番最初にどうにかしなくちゃいけないのは魔力の無駄遣いね!」
「無駄遣い…… ですか?」
ユモトが聞き返すとルーは「そうよ」と言って指をさしてきた。
「例えばね、ユモトちゃんは50ぐらいの力で発動できる魔法を、70ぐらいの力で発動させちゃってるの」
「なるほど……」
「そんでもって威力はそこまで変わらないから、単純に魔力を無駄に消費しちゃってるのよ。だから疲れるの」
魔法を使用して疲れるのは自分の体力の無さだけだと思っていたが、そういう部分もあったのかとユモトは納得する。
「ってなわけで、ユモトちゃんには魔法の基礎中の基礎であるファイヤーボールを連発して出してもらいたいと思います」
「それだけで良いんですか!?」
もっと難しい修行を想像していたユモトは肩透かしを食らう。
「そう、ただし! 魔力をできるだけ込めないで発射すること!」
「魔力を込めないで…… わかりました!」
「もちろん、魔力を込めないでライターの火みたいなのを出されても困るから的を用意するわ」
そう言って離れた場所にルーは精霊を召喚した。
早速、ユモトは杖を持って精霊めがけて火の玉を放つ。命中して精霊も倒せたがルーは首を横にふる。
「やっぱり力が入りすぎね」
「すみません……」
「まぁ、数をこなすしか無いわ、さぁーやるわよ!」
案外難しい修行かもしれないと、気を入れ直してユモトはまた杖を構えた。
エルフの素朴な村を夕焼けが赤く照らしている。ムツヤ達はまだ外で訓練をしていた。
「よし、そろそろ今日は良いだろう」
やっと終わったとモモは深く深呼吸する。
ユモトはその場にへたり込んでしまう。
「よーし、帰るわよ!! 宿屋でお風呂に入ってご飯とワインで優勝していくことにするわよ!!」
「ま、待って下さい」
ユモトは座り込んだまま動けなくなっていた。あちゃーとルーは額に手を当てる。
「魔力切れね、ムツヤっちー背負ってユモトちゃん運んだげてー」
「わかりまじだ」
疲れの1つも見せずにムツヤはユモトをヒョイッと背負って歩く。
「すみません」
「いえ、良いんですよ」
その様子をじっと見るモモに向かってルーはにやりと笑い。
「モモちゃんも動けなくなるぐらい修行頑張ればムツヤっちにおんぶして貰えるかもねー」
「な、何を言ってるんですか!!?」
そんなやり取りを見てアシノは笑っていた。それが珍しくて思わずモモは振り返る。
「ま、何事も頑張ってみることだな。やらなきゃ分からないんだ。やるしかない」
「アシノ殿まで……」
先に行って歩いているムツヤの背中でユモトが話をする。
「なんだか僕ムツヤさんにおんぶされてばっかりですね……」
「そんな事ありませんよ」
そうは言われても今だっておぶさっていた。いつかこの背中を僕が守るんだとユモトは固く決意をする。
翌日、皆は見事に筋肉痛だった。
「もうマヂ無理…… 腰痛い、足痛い、腕痛い、フラフラするー!!!」
ルーは喚いていたが、アシノに飲めと言われてムツヤの薬を飲まされる。言ってしまえばドーピング的な修行方法だった。
「確かに体は楽になったけど!! メンタル面が!! メンタル面が辛いのよ!!」
「うるさい、ギルドの幹部になったからって修行をサボってたツケだ」
皆で仲良く昨日行った訓練をまた最初からやる。走って素振りして実戦訓練をして。
そして、あっという間の10日間だった。
「モモ、だいぶ攻防戦が良くなってきているな」
「はい、ありがとうございます!」
アシノが指導しているモモは中々に上達をしていたようだ。
「ユモトちゃん、だいぶ魔力の加減が分かってきたわね」
「はい、ルーさんのおかげです!」
ユモトも、午後訓練をしても動けなくなる事は無くなった。
体力が上がって基礎魔力が上がったのもあるが、魔力の無駄遣いが減り、長く戦えるようになったのだ。
「よし、明日からはこのチームでの動きの訓練をするぞ、本来であればもっと基礎の訓練をしたいが、状況が状況だ。付け焼き刃だが仕方がない」
「はい、わかりました」
モモとユモトは元気よく返事をした。付け焼き刃なのは自分達が一番良く分かっている。
だが、時間は待ってはくれない。