男は最後に走馬灯を見た、自分を1人で育ててくれた母親。大好きな母親。オークに殺された母親だ。
ある日、治安維持部隊が来て、自分の母親はオークの盗賊団に殺されたと知った。
夜遅く、街の仕事からの帰り道で母親は殺された。悔しくて、寂しくて。
それが、何故だか分からないが、自分は母親に抱きしめられていた。温かい安心する体温が伝わった。
「お母さん!!」
安心して泣いてしまっていた。母は頭を優しく撫でてくれる。
「寂しい思いをさせてごめんね、ごめんね……」
「ムツヤか? こっちは片付いた。すまないがもう一度キエーウの支部へ向かってくれ」
アシノは連絡石でムツヤに話した。「わがりまじだ」と返事があったので任せて問題は無いだろう。
ルーが探知盤で辺りの様子を見たが、反応はない。敵もこれ以上は居ないようだった。
モモは体中の傷も足首も回復薬で元通りになった。そして治ると同時に走ってリースの元へと向かう。
待っているのは残酷な現実だ。リースは下半身と上半身が斜めに切り分けられ、目は見開いたまま死んでいた。
その惨さにユモトは思わずまた口元を抑える。
モモは半ば無意識に2つになったリースを元に戻し回復薬を掛けようとした。
「やめろっ!! 回復薬の無駄遣いだ!!!」
黙っていたアシノに一喝されてモモはビクリとする。
「あ、アシノ…… そんなふうに言わなくても」
ルーは喋ったが、うまく言葉が見つからずまた黙り込んでしまう。
「死んだ人間は生き返らないんだ。たとえ裏の道具を使ったとしてもっ!!!」
「あっ、あっ、うぅぅぅ……」
モモは膝から崩れ落ちて泣いていた。悲しさか、悔しさか、虚しさか、それともそれら全てが混ざった感情か。涙が溢れて止まらなかった。
ムツヤはキエーウの支部を目指し風のように走っている。先程の爆風で辺りの木々は倒れ、燃えていた。
心臓がバクバクと鼓動を打っているのが分かる。人を殺めた恐怖が体を支配しそうなのが分かる。
頭を振ってそれらから逃れようとした。今は戦いに集中をしなくてはならない。
探知スキルで近付いているのは分かっていた。あと数分ほどでたどり着くだろう。
「敵襲ー!!!」
キエーウの支部である枯れたダンジョンでは蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
弓兵と魔道士が外へ出てムツヤの強襲へ備える。
森から何かが空へ飛び出した。まるで凶悪な獣のような殺気を放つそれへ向かって一斉に矢と魔法を打ち込む。
が、それらは防御壁で弾かれてしまう。
「嘘だろ、空中で…… しかもあんな一瞬で!?」
「うるせぇ、とにかく打て打て!!!」
ここからは反撃だ、一瞬で間を詰めたムツヤがキエーウの隊員を次々殴り飛ばし、蹴り飛ばしていく。
そこからは一方的だった。暴れるムツヤに為す術もなく1人、また1人と倒されていく。
ムツヤはダンジョンの最深部へと向かっていく、そこには仮面の色が違う、多分だが、位が上の隊員が居た。
「クソッ、来るな!!」
一応男は裏の道具を持っていた。振ると刀身が長くなる剣だ。しかし、そんな小細工がムツヤに通用するはずもなく。
「グハッ!!!」
距離を詰められ、腹を殴られて気を失った。
宿敵キエーウの支部を潰したというのに、何故かムツヤの心には虚しさだけが残っていた。
「アシノさん、終わりました」
連絡石でムツヤはアシノへそう伝えた。
「そうか、ご苦労だったな。治安維持部隊が来る前に裏の道具の回収と、キエーウの隊員を縄で縛っておいてくれ」
「はい」
ムツヤは最初に言われた通り裏の道具を回収し、戦闘員達を縄で縛る。
「お……い、裏の住人」
最深部に居た男が何かを話し始めた。
「亜人は……、どちらにしろ後40日で終わりなんだよ、ハハッハハハハ!!!!」
「おい、何を言うんだ!!」
それだけ言って男はまた何も話さなくなる。
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モモが倒した鎌を使う男は森の中へ埋葬した。憎い敵であったが、彼もまた悲しみを背負って戦っていたのだろうから。
「モモ、リースの出身地は知っているか?」
「いいえ……」
リースの亡骸は布で包んでおいた。顔だけ見れば眠っているようだ。
「出来れば故郷の地で眠らせてやりたいが…… 仕方がない。エルフの村で引き取ってもらえないか聞いてみよう」
「エルフが嫌な顔をするのでは無いでしょうか、リースはキエーウのメンバーでしたし……」
モモは心配から思わずそう言ってしまったが、アシノは訂正してやる。
「違うな、リースは私達の仲間だ」
ハッとしてモモは頷く。短い間だったが、確かにリースは仲間だった。
「えぇ、そうでした……」
「何にせよムツヤと合流したらエルフの村へ向かうぞ。治安維持部隊にも待機してもらっている」
「そんな、リースさんが……」
仲間の元へ戻ったムツヤはリースの死を告げられ、ショックで固まってしまった。
「やっぱり、やっぱり俺のせいです!! 俺が裏の道具を持ってきたからっ!!」
「ムツヤ、お前のせいじゃない。キエーウという存在はこちらの世界の元からある問題だった」
「そうです、ムツヤ殿が悪いわけではありません!!」
アシノとモモはムツヤにそう言うほか無い。
馬車にリースを乗せて皆でエルフの村へと戻ることにした。皆、心身ともに疲れ果て、会話は無い。
そんな時に、ムツヤのペンダントが紫色の光を放った。久しぶりのサズァンの登場だった。
「ムツヤ、まずはお疲れ様ね」
いつもの掴みどころのない感じは消えて、サズァンは神妙な面持ちをしている。
「サズァン様!?」
「ムツヤ、皆、落ち着いて聞いて欲しいわ。恐らくキエーウは『災厄の壺』を発動させたみたいよ」
それを聞いてムツヤとヨーリィ意外の全員の顔色が変わった。
「さ、サズァン様!! 災厄の壺は実在していたのですか!?」
モモは身を乗り出して聞くと、ゆっくり頷く事でサズァンは答える。
「位置はここから北西の約50キロ先、猶予は40日間よ」
「邪神サズァン。あんたはどうして裏の道具が奪われてもだんまりだったのに、今回はそんな正確な位置まで教えるんだ?」
アシノに言われるとサズァンは目を伏せて答える。
「私はそちらの世界になるべく干渉してはいけないの。でも今回は事情が違うわ、放っておけば裏ダンジョンの道具のせいで」
ムツヤを見つめて言葉を繋いだ。
「世界中の亜人が死に絶えてしまうかもしれないの」