「それで、どうしてエルフの村を襲った? やっぱり私達のカバンが目当てか?」
「言えねえだ!」
リースは意外と根性があり、そっぽを向いて答えた。だが、次の瞬間『ドンッ』と大きな音がなる。
アシノがワインボトルを机に叩きつけてきたのだ。そして懐から砂時計を取り出す。
「おい、この砂時計が終わる前に答えな。できない場合お前の目をどちらか貰う」
そう言って立ち上がり、ナイフとシャープナーを両手にそれぞれ持ちシャッシャッと刃を研ぎ始めた。
リースは青い顔をしてそれを見ている。
だいたいの小悪党はこれだけで、良い兵士が登場するまでもなく吐き出すのだが、中々にこの娘は胆が座っている。
(だめそうだな)
アシノは砂が尽きそうな砂時計を見て片手で連絡石を震わせる。
するとルーがバタリと大げさに扉を開けた。
「アシノ!! いくらなんでもやり過ぎよ!!」
「どうせ処刑されるテロリスト相手だ、構わないだろ」
「それを裁くのは裁判所の仕事でしょ!? あなたじゃないわ!! それに……」
ルーは聞き取りやすいように、一旦言葉を止める。
「自白して捜査に協力すれば刑は軽くなるわ!」
「あーもー、そこまで言うならお前が話してみろ」
悪い勇者はここで一時退場だ。代わりに笑顔満点のルーがリースの正面に座る。
良い召喚術師のお手並み拝見といこうじゃないかとアシノは外へ出て行った。
「ごめんね、リースちゃん。アシノってやり過ぎな所あるから……」
無言だが、リースは明らかに安堵した顔になっている。優しげな表情を作りルーは語りかける。
「まず挨拶をしましょうか、私はルーって言うの。よろしくね」
まだリースは口を閉ざしたままだ。それでも構わずルーは話し続けた。
「ねぇ、何であなたはキエーウに入ったの?」
数秒沈黙があった後に小声で話し始める。
「わたすのお父ちゃんとお母ちゃんは行商人をやっていただ」
声を震わせて少し涙をこらえていた。ルーはリースの少しの表情の変化も見逃すまいとジッと見て聞いている。
「んだけども、オーグにごろされたんだ。金と荷物を奪うためだけに!! 私のお父ちゃんとお母ちゃんを奪ったんだ!!」
感情が高ぶったのか涙が出ていた。うんうんとルーは話を聞く。
「お前にこの気持がわがっか!?」
「ごめん、わからないんだ」
ルーが言うと、次に来る言葉を裏切られた気がしてリースは頭の中が一瞬白くなった。
「私、孤児だから。お父さんもお母さんも知らないんだ」
「……そっか」
「ごめんね、ちょっと気まずい雰囲気にしちゃって。でも私も同じ状況だったらきっと…… キエーウに入ってしまったかもしれない」
意外な返事にリースは顔を上げる。
「でもね、悪いのはそのオークでしょう? 他のオークを憎んでしまう気持ちも分かるけど、無差別に殺していい理由にはならないと思うわ」
リースはまた黙り込んでしまう。するとルーはポケットから皿とクッキーを取り出して机の上に置いた。
何事かと見ているリースの拘束を腕だけ解くと更に驚きの表情をする。
「良かったら食べて」
ルーはフフッと笑顔を作りまた対面に座る。そしてクッキーを1枚食べた。
「毒なんか入ってないわ、食べましょう?」
リースはクッキーを手に取り、一口食べる。
「どうかしら、私の手作りクッキーは」
音の妨害魔法は使用者が外にいる場合、使用者にだけは音が聞こえる。
ムツヤが何かの気配を察知したらしくハッとした顔をした。それを見逃さずアシノは尋ねる。
「何かあったのかムツヤ?」
「いえ、中で何か倒れる物音がして」
それを聞いて迷わずアシノは小屋の扉を開けた。
「ルー、どうした…… って何してんだ!?」
扉の先ではリースが椅子に縛られたまま泡を吹いて倒れている。
「な、何もしていないわよ!!! 私の愛情たっぷり手作りクッキーを食べさせただけで」
「とんでもないことしてんじゃねーかよ!!!」
悪い勇者と良い召喚術師作戦は『料理の腕の悪い召喚術師』によって見事に失敗した。
リースは夢を見ていた。今はなき母親の体温を頭に感じて眠る夢だ。
「おっかあさん!!」
そう言ってリースが飛び起きると、上半身を抱きかかえて居たモモはビクッと驚く。
「……って、オーグ!! 触んな!! オーグになんて触られたくねぇだ!!」
リースの自由になっている右手がモモの頬をピシャリと叩いた。だが、モモは怒るでも悲しむでもなく、表情を変えずにいた。
「お前の身の上は聞いた。私の同族が本当に済まない」
それを聞いてバタバタ暴れるのをリースは辞めた。
「謝って済む問題じゃねぇべ!!!」
「すまない、それでも謝ることしか私にはできない」
リースは脱力してモモにもたれ掛かかる。
「もしかしたら……」
モモはポツリという。
「もしかしたら、私もお前みたいに人間を憎んでいたかもしれない…… いや、正確には一時だが恨んでいた」
「私の村に、キエーウの1人が来て村人を無差別に斬り殺していった。私の妹も深手を負い、ムツヤ殿が居なければ危なかったかもしれない」
それを聞いてリースはモモの顔を思わず見る。
「私は、私は出来れば人と憎み合いたくない。綺麗事だろうが、キエーウのメンバーも…… できれば殺すことはしたくない」
リースはルー特製の愛情たっぷり毒クッキーのせいで体が痺れているのもあるが、完全にモモに体を預けていた。
「沢山の犠牲を出したくはない。裏の道具をむやみに使えば不幸になる」
「だども!!」
何かを言いかけてリースは黙った。その後、言葉を出す。
「何が言いてえだ……」
「リース、キエーウの本拠地を教えてくれ。ムツヤ殿が入れば犠牲は少なく…… いや、犠牲無くしてキエーウを壊滅できるかもしれない」
「わだしに裏切れっでのが?」
モモは目を閉じて、そしてまたリースを見つめて言う。
「私は人と亜人の憎しみの連鎖を断ち切りたいんだ」
「それなら……」
さっき出しかけた言葉をリースは吐き出す。
「わたすの…… お母ちゃんとお父ちゃんを返せ!!! そしたらキエーウでも何でも…… やめてやるだ……」
最後は感情が噴き出して涙声になっていた。それに対してモモは残念そうに首を横に振ることしか出来ない。
「すまない、死んだ人間はどうやっても生き返らないんだ……」
モモは腰の剣を取り外して地面に置いた。リースを含めみんな何事かとそれを黙ってみている。
「どうしても、どうしてもオークが憎いのならば。この剣で私を斬ってくれ。その代わりもうオークも他の亜人も手にかけないと誓ってくれ」
「モモちゃん!!」
ルーが近付こうとするが、アシノが手で遮って制止する。
リースはモモから離れて地面に置かれた剣へ、いったん躊躇するも、手を伸ばす。モモは座ったまま目を閉じていた。
「駄目ですよ!! モモざん!!」
「ムツヤ殿、これは私の覚悟です」
ムツヤも止めに入ろうとするが、当の本人であるモモに止められてそれ以上歩けなくなってしまう。
見ているユモトは心臓の鼓動が耳で感じられるほどにバクバクと脈を打ち始めていた。
「わがっだ」
床に置かれた剣にリースは手を伸ばしてしっかりと掴む。そして立つと剣を鞘から抜いた。
仲間達は無言でそれを見守る。見ることしか出来なかった。リースは両手でしっかりと柄を握る。
リースが剣を振り上げると同時にムツヤは走り出そうとしてしまったが、その前にリースは剣を下ろした。
「……でぎねぇ、わたじにはでぎねぇ。オークはお母ちゃんとお父ちゃんの敵なのにでぎねぇ」
するりと手から落ちた剣は床に突き刺さる。そのままリースはしゃがんで泣き出す。
涙の理由は自分の情けなさと、怖さと、怒りと、様々な感情がぐちゃ混ぜになって分からなかった。
モモはスッと立ち上がって振り返る。そして柔らかな笑顔をしてリースへと手を差し伸べた。
「私達と一緒に来ないか? これ以上こんな憎しみ合う世界を止めるために。それに……」
剣をチラリと見てモモは言う。
「もし気持ちが変わったらいつでも私を斬ってくれて構わない、一緒に居たほうが良いはずだ」
リースはモモを見上げてから、その差し伸べられた手を見つめる。
震えながらも右手を伸ばす、そして手が触れ合った時モモは強く握り、リースを立ち上がらせた。
仲間達は安堵してふぅーっと息を吐いた。ヨーリィは相変わらず何を考えているのかわからない無表情だったが。
「あのオカマは口封じのためにお前を殺そうとしていた。もう既にお前はキエーウから命を狙われる側になったんだ。だが安心しろ、私達が絶対に守ってやる」
アシノも勇者らしい事を言う。リースは頭を下げて言った。
「不束者ですがよろじぐお願いします」