ルーは精霊を向かわせた時のどさくさに紛れて、モモ達に素早く作戦を伝えた。
「皆、耐えて! もうすぐムツヤっちが来るわ!」
探知盤を見ながらルーは仲間を鼓舞するが、敵にも聞かれてしまう。
「クソッ、面倒だな!」
「合流されたら勝ち目は無いでしょうね」
「お前よく他人事みたいに言えるな……」
剣を持つ男は呆れながら言った。そして。
「せめて目の前のオークだけでも切っておきてぇな!」
武器を構える。
盾を持つ男も地面から盾を引き抜く。するとみるみる内に盾は小さくなった。
二人は走り出した。元々の身体能力も高いらしく、魔法、精霊、ビンのフタを次々かわし、小さいままの盾で弾き、走る。
「死にやがれオーク!」
モモはこの一瞬に賭けていた、そして男は裏の道具を過信して忘れていた。
特殊な盾を持つのは自分達だけでは無いことを……
飛び出した男が、恐ろしい切れ味の剣でモモに斬りかかる。
モモは盾を構えて剣を受け止めた。男にとってそれは不思議な感触だった、全力の力が弾かれるでもなく盾の上でピタリと止まる。
体勢を立て直そうとしたが、モモが盾を斜め上に持ち上げると、前につんのめる感じで完全に体勢が崩れ、待っていたのはモモの剣だ。
モモは鎧ごと男の胸を切り裂いた。
「バゴハッ」
それが男の最後の言葉になった。鮮血が辺りに飛び散る。だが、モモに油断が生まれてしまった。
生き延びたキエーウの男がモモに盾を構えてタックルをした。モモは盾を持ち直すのが間に合わず、吹き飛ばされてしまう。
その隙に男は剣を拾い上げた。それと同時に男の体を剣と盾が蝕み始める。
「この剣と盾は一対の物らしいのですが、我々は2つ同時に持つ事が出来ませんでした」
「お前、暴走が始まって死ぬぞ。今ならまだ間に合う、武器を捨てろ!」
アシノが言うが男は逆に剣と盾を強く握りしめていた。腕から段々体が熱くなってくる。
「なぁ、何故だ。何故そこまで亜人を恨むんだ?」
モモは立ち上がり、武器を下げて尋ねた。
「私はね、亜人に妹を奪われたんだ」
モモは氷水を浴びせられた様にぞわっとし、体が動かなくなった。
「献身的で、回復魔法が上手で誰からも好かれるような妹でした」
男は侵食されて指先から黒くなる手を見つめる。
「亜人達の強盗団に夜襲を受けて、仲間は死に、妹も身ぐるみをはがされた後。辱しめられ、首を折られて絶命しました」
自分の中に暴力的な力が目覚めている事を男は感じていた。
「それを聞いて思いました、キエーウへ入り、強盗団の亜人を含め、全ての亜人を惨たらしく殺してやると」
時間稼ぎは成功した。皆が男の話に聞き入っている間に裏の道具は男の体を侵食し終える。
「それは気の毒に思う。だが全ての亜人に罪はないだろう!?」
アシノが言うが、言葉は既に男に届かなくなっていた。
「ウオオオオオオ!!!」
獣のような唸り声を上げ。男はモモに斬りかかる。
間一髪、無力化の盾で防ぎ、衝撃は感じずにいられた。しかし、剣が産み出した風がその威力を物語っている。
次に男は盾を地面に突き刺した。先程とは比べ物にならない速度で盾は大きくなり、モモ目掛けて倒れた。
「まずい、みんな逃げろ!」
無力化の盾はあくまで物がぶつかる衝撃を消すものであって、重い物の下敷きになれば潰されてしまう。
急いで逃げて盾をやり過ごすと、アシノ達は攻撃に転じる。
「貫け、氷柱よ!」
ユモトが巨大な氷柱の剣を飛ばすが、剣で薙ぎ払われ粉々になってしまう。
「ちょっと眠ってなさいアンタ!」
ルーが雷を飛ばすが、盾を地面に突き刺すと、雷は盾の上を走り、接地面から地面へと放電されてしまった。
アシノは衝撃で2、3歩後退りするぐらいに思い切り力を込めてパンパンとワインボトルのフタを飛ばした。
それは男の顔に直撃し、倒れるが、またすぐに立ち上がる。
本来であれば気絶か致命傷にもなり得たはずだが、裏の道具に体を支配され、感覚が麻痺しているのだろう。
「頼む、正気に戻ってくれ! 私はお前と戦いたくない!」
モモは叫んでいた。
しかし、もう声は聞こえていても意味は伝わらないだろう。
振り回される剣をモモは無力化の盾で受けながら、どうにか男から武器を奪えないか考える。そんな最中で敵の背後を捉えたのはユモトだった。
今なら確実に捉えられて。
殺れる。
ユモトはギュッと目を瞑って覚悟を決めた。
そんなユモトの肩に手が置かれてビクリとし、思わず目を開けた。
「ユモトちゃん、目を開けて見ないと当たらないわよ」
怒るでもなく呆れるでもなく、それはルーからのただただ短い忠告だった。
ユモトは返事をしないまま、目を見開いて攻撃をする。
「貫け、氷柱よ!!!」
巨大なつらら二本は男を捉え、見事命中し貫いた。
先程までの騒がしさが嘘のように、当たりは静寂を取り戻す。
「あ、あた、あたっ」
ユモトは杖を握り込んだまま地面に座り、過呼吸を起こしていた。
「ユモトちゃん、ゆっくり、ゆっくり息を吸って吐いて!」
ルーが背中を擦りながらユモトに声をかけていた。ユモトは手足がしびれ、耳鳴りがする。
変な話だが、ユモトは攻撃が外れて欲しかった。
人を殺したくなかった。
だが、男の死体には巨大な氷柱が2本深々と突き刺さり「お前がやったんだぞ」と言っている。
モモは心がグチャグチャになった、剣をカチンと収めると不思議と涙が流れた。
「この剣と盾を同時に持つのは危険だな、隠しておいて後でムツヤに拾わせるぞ」
冷静にアシノは言う。モモもそれに習おうとした、したのだが、どうしても心から声が溢れ出てしまう。
「この男達は、亜人に…… 憎しみを、恨みを…… 持ったまま死んでいきました」
「……そうだな」
「一度憎しみを持ってしまったら、分かり合えることは出来ないのでしょうか」
アシノはモモの元まで歩く、怒鳴られるか頬を叩かれるのかと思いモモは思わず目をつむった。
が、モモを待っていたのは抱擁だった。
「すまない、その答えは私にもわからない」
声を上げてモモは泣いた。だがそう長く時間を使うことは出来ない。
「あと2つ、裏の道具の反応があるわ」
ルーが言うとアシノはモモを放す。
「今はとにかくキエーウの暴走を止めなくてはいけない。モモ、ユモト、辛いかも知れないが頑張ってくれ。それと私は大した力になれなくてすまん」
そう言ってアシノは頭を下げる。