「あそこに見えるのが闘技場だ」
アシノは遠くの建物を指差す。
「大きな建物ですねー」
感心してムツヤは言う。モモとユモトも闘技場を見るのは初めてのようで興味津々ではあった。
「これでも闘技場としては小さい方だぞ」
「スーナの街の冒険者ギルドにあった闘技場とはまた違うのですか?」
モモの質問にルーが答える。
「冒険者ギルドのは試験や手合わせなんかで使うから一般には公開されてないの。ここは入場料を払えば誰でも観戦できるわ」
モモは「なるほど」と納得をした。
「昔は奴隷を戦わせてたんだが、今の闘技場は冒険者の腕試しや正式な決闘の場になってる」
「奴隷をですか……」
亜人のモモは少し複雑な気持ちだった。それを察してアシノは言葉を続ける。
「まぁ、この街のは最近になって作られた闘技場だからそういう歴史は無いがな」
「そうですか……」
あくまでこの街だけで奴隷が戦っていなかったというだけで、亜人の奴隷が戦わされていた事実は変わらない。いらん事を言ったかとアシノは頭を掻いた。
「すまんモモ、ちょっと無神経な説明だったな」
「い、いえ、気になさらないで下さい!」
「モモちゃん!! アシノが謝るなんて珍しいわよ、土下座させちゃいましょう土下座!!」
「お前は黙ってろ!」
アシノが騒ぐルーの頭を引っ叩くと「プリンッ!」と奇声を上げる。いつものやり取りにモモはクスクスと笑った。
「それでだ、闘技場は大きくわけて3種類の試合がある。1つは木刀を使って魔法の使用は禁止の、通称『子供の喧嘩』って言われてる試合形式だ」
全員がアシノの話を聞きながら歩く、ルーは知っているらしく少し退屈そうだったが。
「次が武器の使用が認められているが、魔法は禁止の試合。これは剣士の試合だな。そして、武器も魔法も何でもアリの試合だ」
「つくづく思うけどさー、闘技場って魔術師に不利よねー」
「魔法のみの試合や団体戦もあるが、この辺じゃあまりメジャーじゃないからな」
なるほどと全員が理解したと同時に闘技場へ着いた。アシノが入場料を払って皆で観客席に座る。
「ちょうど試合が始まる頃だな。午前中だから木刀の試合だ」
木刀の試合はあまり人気が無いらしく、観客席はまばらだった。
ファンファーレが鳴ると北と南の門が開き、防具を身にまとい、木刀を手にした男がそれぞれ入ってきた。
闘技場の中央の審判の近くまで歩き、木刀を構える。
すると審判が天に上げた手を振り下ろした。これが試合開始の合図だ。
大声で叫んで男が突っ込むと相手は斜めに木刀を構えて受け止めようとするが、叩きつけるように降ろされた木刀に体が持っていかれてよろめく。
そのスキを逃さずに…… 行くものだと思ったが、2人は距離を取ってにらみ合いになる。その後もカツンカツンと迫力のない攻防を繰り広げていく。
「あの、何ていうか……」
苦笑いをしてユモトは言った。
「まー、宿場町の小さい闘技場で、しかも木刀の試合っつったらこんなもんだな」
あくびをしてアシノは言う。
「ひょうよ、これふぁひょひんひゃのふぁふぁふぁいよ!」
ルーの姿が見えないと思っていたら売店で買ったケバブを頬張っていた。
「汚えから食いながら喋んな!!」
「んっ、ちゃんと皆の分も買ってきたわよ」
「あ、ありがとうございます」
ユモトは受け取り礼を言った。ムツヤ達もそれと同じ様に受け取る。
「んー、これ美味しいでずね!!」
「でしょー?」
「確かに、食べたことのない味ですが美味しいです」
皆、試合のことはそっちのけでケバブに夢中になっていた。
「って、飯食いに来たんじゃないんだぞ!」
「あれー? ケバブ食べながら言っても全然説得力無いんですけど?」
ルーに指摘されアシノは少し赤面する。
「いや、お前が買ってくるのが悪い!」
「何よその言い方! じゃあ分かった返しなさいよ! 吐き出しなさいよ!」
「あーもーうるさい黙っとれ!」
アシノとルーは緊張感無くぎゃあぎゃあと騒いでいた。その間にファンファーレがまた鳴る。試合の決着がついたようだ。
「とにかくだ、ムツヤ。お前はあんな感じで、初心者っぽく戦え。初心者の動きをよく見ておくんだ」
「はい、わがりまじだ!!」
ムツヤは真剣に試合を見ていた。こういう素直な所は扱いやすくて良いとアシノは思う。
「ところでさー、決闘の場合お互い勝った時の報酬を賭けるわけじゃん?」
ルーは思い出したように言う。
「まぁ、そうだな」
アシノはそっけなく答えたが、その場にいるムツヤ以外の全員が気付く。
「あれ、ムツヤさんとタノベさんって何を賭けて戦うんでしたっけ?」
嫌な予感がしながらユモトが言った。モモは気の毒そうな顔でユモトを見る。
「詳しくは聞いていないが、おそらくは……」
「え、えっ」
ユモトは青ざめた、何となく察してしまったからだ。
「あれ、もう来てたんですか? 皆さん」
後ろから声をかけられてムツヤ達は振り返ると、そこにはムツヤに決闘を申し込んだ張本人であるタノベが居た。