「……、どういう事よ」
ルーはジト目でアシノを見つめた。
「ここを私達の拠点にして彼奴等を迎え撃つんだよ」
「この様な場所で良いのでしょうか?」
ユモトも不安そうに尋ねた。アシノは一体何を考えているのだろうと。
「こんな場所だから良いんだよ、ここは街が近いからどこから攻められてもすぐに駆けつけられる」
「それなら街の中に居れば良いじゃない!!」
ルーがもっともらしい意見を言うが、アシノは首を振る。
「ぶっちゃけた話、あの魔人に抵抗できるのはムツヤぐらいしか居ない。だが、ムツヤは正体を隠さなくてはいけない」
「そんな事知ってるわよ」
「だからムツヤには正体不明の冒険者になって貰わなくちゃ困る」
ハッとモモは気付き、アシノに言う。
「つまり、襲撃が始まるまでここで待ち、始まったら変装したムツヤ殿を……」
「その通りだ、考えたがそれが最善だと私は思う。色々と無茶な部分はあるが、街を守るためには仕方がない」
アシノは自分の無力さに少し腹を立てていたが、冷静になることに徹した。
「ムツヤ、昨日の装備に着替えておけ。カバンは私が預かる、必要な道具は今のうちにこっちの普通のカバンに移しておけ」
「わがりました」
ムツヤは皆から見えない場所でユモトに手伝ってもらいながら青い鎧を身にまとった。その間手の空いている者たちはテントを2つ立てる。
「ここからは持久戦だ、なるべく消耗を抑えて襲撃が来るまで待つぞ」
アシノが言うと皆うなずく。これから大きな戦いが始まると思うと、新米冒険者のモモとユモトは心臓の高鳴りが止められなかった。
それを見抜いたのか、アシノは2人に声をかける。
「そう緊張するな、お前達は特訓もしたんだ。私達はムツヤのカバンを守りながらトロールを遊撃して倒していく、気を抜くのはダメだが、緊張しすぎるのも動きが固くなる」
「はい、そうですね」
「僕もできる限り精一杯の事をします」
モモとユモトは肩の力を抜いて言った。
それから皆はテントで武器の手入れや座って深呼吸などをしていた。アシノは寝っ転がり、ルーは爆睡している。
何故だか時間の進みが遅く感じた。
昼になっても何も起こらず、ムツヤ達は昼食を取っていた。緊張からか会話は少なく、ピリピリとした空気だったが。
「やっぱユモトちゃんの料理はオイピー!!! 嫁にならない?」
「ですから、僕は男です」
そんな空気を察したのか、それとも何も考えていないのかルーは1人騒いでいた。
「一応作戦を伝えておくぞ、トロールが近くに現れた場合はムツヤを置いて私達は街に戻り、他の冒険者と共に戦う」
ムツヤを1人置いていくということにモモは少し心配になったが、最善の手だと自分に言い聞かせる。
「トロールが遠くに現れた場合はムツヤは急ぎそこへ向かって迎撃、この場合も私達は街へ戻る」
「はい、わがりまじた」
太陽がどんどん西へ沈んでいき、やがて赤くなり、見えなくなった。
それからしばらくして、ムツヤが何か気配を感じ取る。
「来ます!! 近いです!!」
「よしわかった、作戦通りに動くぞ」
ムツヤをこの場に残してアシノ達は街へ走り出した。その最中連絡石で街にトロールが出たことと方角を知らせた。
街に松明と燭台の明かりが一斉に付いた、魔術師は照明弾も用意している。
戦いの始まりだ。
ムツヤが感じ取った通り、トロールが森から出て、ムツヤを見ると棍棒片手に襲いかかってきた。
風のようにそれを避けるとムツヤはトロールを蹴り飛ばすと、巨体が吹っ飛び木に激突をした。走り、喉元に剣を突き立てるとトロールは絶命する。
後ろからまた2匹、回転するようにムツヤはトロールを切り裂き片付けた。
そんな事をしているとワラワラと集まりだしてくる。
同じ頃、ムツヤが食い止めきれなかったトロールが街へ襲撃を掛けていた。
半信半疑だった者たちも、本当だったと緊張が走る。
照明弾が打ち上げられ、冒険者や治安維持部隊が弓と魔法で遠距離の攻撃をしてトロールに攻撃を始めた。
何匹かは途中で力尽きたが、タフなトロールは近くまで走ってくる。
ここからは白兵戦だ。
トロールを囲んで数人がかりで斬りつけるが、反撃の振り回された棍棒で1人が吹き飛ばされ動かなくなる。生死はわからない。
1人の女魔法使いがトロールの接近を許してしまった。
「い、いや、来ないで」
もう駄目かと思ったその時パァンパァンと乾いた音がし、トロールは怯む。雷撃が直撃し、片膝を付いた所に誰かがトロールの背中に剣を突き立てた。
アシノ達遊撃隊が街へ到着したのだ。
「大丈夫か?」
アシノが女魔法使いに声をかける。
「は、はい!! 大丈夫です、ありがとうございました!」
礼を言うと女魔法使いは街の方へ下がっていった。
ルーは精霊の背中に乗り、動き回りながらまた別の精霊を操ってトロールを攻撃していた。
ユモトは防御壁と攻撃魔法を使い分けてトロールに電撃を浴びせ、大きな氷柱で貫く。
モモが無力化の盾で棍棒を受け止めると、トロールはギョッとした顔をし、次の瞬間には腹が切り裂かれていた。
アシノはワインボトルをパァンパァンとトロールの顔めがけて発射している。
それは致命傷にはならないが、トロールを怯ませるには充分だった。トドメは他のものが刺す。
ヨーリィの姿が見えない。何をしているのかと思えば暗がりから木の杭が飛び、トロールの首筋に刺さる。
万が一攻撃を受けて枯れ葉に変わってしまった所を他の冒険者に見られないようにするため、小柄さと素早さを生かして暗がりからトロールの急所へ木の杭を投げるよう指示されていた。
見事な連携でトロールを片付けていく様を見て他の冒険者達は「さすが勇者アシノのパーティだ」と感心していた。
アシノの持つワインボトルも格好がつかないと真っ黒に塗り上げていたので、謎の魔法を使っているように見えるのだろう。
だが、どこに隠れていたのだと思うぐらいのトロール達が街を目掛けて次々とやってくる。
流石にアシノ達も他の冒険者達も疲弊してきた。そんな時に信じられない光景が起きて皆、一瞬そちらに気を取られる。
森の中からトロールが上空へ打ち上げられているのだ。
(あのバカ、なるべく目立つなって言ったのに……)
アシノの内心を知らずに森の中ではムツヤが暴れていた。
トロールを蹴り飛ばし、殴り飛ばし、切り裂いて戦っている。久しぶりの遠慮のいらない戦いにムツヤはテンションが上がって暴れすぎてしまったのだ。