「まぁいいでしょう、名前は次に会う時までに考えておきます」
「だからドエロスミス将軍でいいじゃない」
「嫌に決まってんだろ!!」
魔人とルーは言い合いを始めていた、とても先程まで殺されかけたとは思えない状況だ。
「ふぅー、突然ですが私はゲームが好きでしてね」
「本当突然だな」
敵意をむき出しにしてアシノは言葉を返す。それを見て魔人はニヤリと笑った。
「私の配下にしたトロールと、この近くの街との模擬戦争。素敵なことだと思いませんか?」
それを聞いてルーは血の気が引いた。
「近くの街ってイタガの事!?」
「あぁ、そんな名前でしたね」
ルーは魔法の電撃を魔人に打ち上げる。しかし、魔人はそれを避けることもせず正面から浴びた。見る限りでは魔人に傷一つ負わせられていない。
「あんたはここで倒す!!」
殺意を持ってルーは魔法を乱射するが、一向に魔人に傷付けることが叶わない。
「まぁそう焦らずに、明日の夜また会いましょう」
魔人はそう言い残すと遠くへ飛び去ってしまう。ルーは膝から崩れ落ちた。
「なんてこと……」
「おい、放心している場合じゃないぞ、街に戻って魔人が生まれた報告と明日の対策を考えねえと」
アシノはルーだけでなく他の皆にも言った。
それで皆、我に返る。
「そうですね、とにかく今は一刻も早く街へ帰らないと」
モモはそう言って馬車を走らせる準備をする。ルーはアシノに支えられながら馬車に乗った。
全員が馬車に乗るとモモは全速力で走らせた。猶予は1日、どれだけの事が出来るのかアシノは目を瞑って考えていた。
「とりあえず、ムツヤ。連絡石で一足先にギルスに連絡を入れるぞ」
「あ、はい、そうでずね!!」
馬車に揺られながら、ムツヤは連絡石を取り出して魔力を込める。
「はいはい、こちらギルス。どうしたんだい?」
何かをいじっているのだろうか、カチャカチャとした声に混じって金属音も聞こえる。
「ギルス、実はさっき魔人と遭遇した」
アシノが言うとギルスは驚いた声を上げる。
「魔人だと!? どういう事だ?」
「私にもわからない、だが事実だ」
「それでね、魔人は明日トロールを使ってイタガの街を襲うって言ってるの」
いつになく落ち着いた声で淡々とルーも言った。ただ事ではない事だけは伝わったらしくギルスも冷や汗が流れそうになる。
「わかった、ギルドマスターには俺から伝えておく」
「頼んだ」
ギルスとの会話が終わると、馬車にはガラガラという車輪の回る音だけが響いた。
街に馬車が着くと夜も遅いというのにギルドの受付嬢がランプを持って待っていた。
「お待ちしておりました、勇者アシノ様とお供の皆様!! 山賊討伐はどうなりました?」
受付嬢は聞くまでもなく山賊を討伐して帰ってきたのだろうと思っていたが、形式上アシノに尋ねた。
しかし、暗い顔をして馬車から降りてくる面々を見て受付嬢は一瞬嫌な予感がした。
「山賊は退治できた、だがもっと重大な問題が起きた」
受付嬢は固唾を飲んでアシノの次の言葉を待つ。
「魔人が生まれたみたいだ」
一瞬、言葉の意味が分からなかった受付嬢だが、理解すると顔から血の気が引いて大声を出した。
「魔人ですか!?」
「あぁ」
冷静にアシノが返すと受付嬢はその場にへたり込んで座ってしまう。
「な、なんてこと、どうしたら」
「ひとまずこの街のギルドの幹部を呼んでくれ、そして治安維持部隊にも連絡だ」
「は、はい!!」
アシノの指示を受けて受付嬢は走り出した。ムツヤ達は無言でそれを見送る。
「アシノ、私達はどうしたら良いの?」
ルーは普段の頭の回転の速さを失っていた。
「落ち着け、今からそれを考えるんだろう」
ピシャリと短くそう言われ、ルーは少し冷静さを取り戻す。
「え、えぇ、そうね。ごめん」
「とりあえず人目に付かずに話せる場所が欲しい。ギルドは開けっ放しだから邪魔させてもらおう」
「そうですね」
モモはギルドの半開きのドアを開けて中に入る。照明は付いたままで人は居ない。
「念の為、会議室を借りて音の妨害魔法を張って話すぞ」
「わかりました!」
ギルドの会議室には鍵が掛かっていたが、簡易的な物だったのでユモトの魔法で簡単に開いた。
ぞろぞろとムツヤ達は部屋へと入り、扉を閉めるとムツヤが妨害魔法を張る。
ドカッと椅子に腰を下ろしてアシノは頭の後ろで手を組んだ。
「さってと、どうするかな」
「まず街の人達の安全が第一よ!! 避難させましょう!!」
ルーは胸に手を当て、身を乗り出して主張する。
「避難ってたって何処へだ? ここから近くの街まで歩いて1半日。それも健康的な大人だったらの話だ。街には子供も老人も病人もいるだろう」
「た、確かにそうだけど……」
「お前、本当に冷静になれ。避難なんてさせてみろ。戦力を足並みもバラバラの素人を守る組、魔人とトロールの集団と戦う組とで二分しなきゃならなくなる」
ため息を一つ吐いてアシノは続けた。
「仮に街を放棄した所で暴れるのをやめる奴らじゃねえぞ。魔人と魔人の操る魔物ってのはそういうもんだ」
「でも、この街は魔物が少ない地域だから街の防御壁も申し訳程度のものなのよ」
ルーはアシノに食って掛かる。
「だから食い止める。私達と集まった冒険者、そして治安維持部隊とでな」
「無茶よ!! トロールだってどれだけ居るかわからないのに」
今度は机を両手で叩いてルーは言う。
「生まれ故郷が危ないから焦るのは分からなくもないが、頭に血が上りすぎだぞ」
「何よその言い方!!!」
気がつけばルーは普段の掴みどころのない雰囲気を捨てて、本気で怒鳴っていた。