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絆 3

「勇者アシノがみんなにご飯をごちそうしてくれるって!」


「勇者アシノ様が炊き出しをしてくれるそうだ」


「勇者アシノ様が街を救ってくださるらしいぞ!」


 話に尾ひれが付いて孤児院には多くの街の住人が集まり、アシノは勝手に街を救う事にされてしまっていた。


「うっわー、思った以上に人が来たわね」


 まるで他人事のようにルーは言う。


「どうすんだこれ、食材足りるのか?」


「そんなもん、どさくさに紛れてムツヤっちに出してもらえば大丈夫よ!」


 孤児院の前でまるで祭りのように炊き出しが始まる。外のコンロだけでは足りずに急遽あちこちで焚き火をして肉を炙った。


「この肉おいしー!! ねぇ何の肉なの?」


「イノシシの肉よ!! 取りたてだから美味しいのよ!!」


 まさか自分たちが高級食材である翼竜の肉や、裏ダンジョンの魔物の肉を食べているとは誰ひとりとして思っていないだろう。


 ムツヤは額に汗を流しながら肉をドンドン切り分ける。ヨーリィは涼しい顔をしてそれを住人に配った。


 ユモトは大鍋を何個も使ってスープを作っている。山菜と豆と根菜のスープだ。


「お嬢ちゃんのスープはうまいな、ウチの孫の嫁に来てくれんか?」


「あ、あの、僕男なので……」


 みんながワイワイと騒いで食事を楽しむ、それを見てルーは満足そうな顔をしていた。


「ルー殿、皆さん笑顔で食べていますね」


 モモが言うとうんうんとルーは頷いて言う。


「やっぱりお腹がすくのって辛いからね、たくさん食べられるってのは幸せなことなのよ」


 食事が終わる頃、そういえばとムツヤはカラフルなこんぺいとうを取り出した。


 これは裏ダンジョンで取れたものだが、ただのこんぺいとうだ。


「みんなー、ムツヤお兄ちゃんからおやつよー」


 甘いものが好きな子供は喜んでムツヤのもとに群がっていく。


「甘くておいしー!!」


「おいしいね」


 子供の笑顔にムツヤは心が満たされる感じがした。


 街の住人に充分食べ物が行き渡った後にムツヤ達も食事を取った。その最中1人の男がムツヤ達に近づく。


「勇者アシノ様とお連れの皆様、私はイタガの街の町長です。この度の施しに深く感謝します」


「いいえ、大した事ではありませんよ」


 アシノはそう言って軽く笑う。


「ルーも勇者アシノ様と一緒に旅をするようになるなんて成長したな」


「当然よ、町長さん」


 ルーは胸を張って町長に言った。その後町長は少し言いにくそうに話し始める。


「あの、こんな施しを受けた上で厚かましいお願いと分かってはいるのですが、山賊を討伐してくださるというのは本当なのですか?」


「えぇ、乗りかかった船ですし、この町の冒険者ギルドに依頼を出して頂ければ討伐いたしますよ」


 アシノの言葉を聞いて町長の顔が目に見えて明るくなった。


「えぇ、実は依頼はもう出しているのですが、山賊の居場所が掴めなかったり、返り討ちに合ったりと手を焼いている状態なのです」


「なるほど、そうでしたか」


 アシノは口に手を当てて考える。


 そんなアシノを尻目にルーは勝手に話を進めた。


「大丈夫よ、なんてったって勇者アシノだもん」


「おぉ、なんと頼もしい」


 ムツヤ達が食事の後片付けをしている間にアシノは1人この街の冒険者ギルドへ向かい、正式に山賊討伐の依頼を受ける。


 ルーは後片付けを早々に抜け出して、精霊を召喚して子供たちと遊んでいた。


 それぞれの用事を終えて集まる頃にはすっかり夕方になる。


「大したおもてなしは出来ませんが、もしよろしければ孤児院に泊まっていただけませんか? お礼がしたいですし、子供たちも喜ぶので」


「もちろんよカゾノ先生!!」


 ルーは親指をグッと立てて恩師へ返事をした。


 夜になり、昼間の残った食材が調理され食堂に置かれる。ざっと見ただけで子供たちは30人ぐらいは居た。


 ムツヤ達は院長のカゾノと一緒のテーブルで食事をする。


「ルー、今日は本当にありがとうね」


 カゾノはルーに礼を言う。


「別に良いわよカゾノ先生」


 ルーは笑顔で答える。


「それと毎月の寄付も助かっているわ」


「ちょっ、先生!! 恥ずかしいからみんなの前で言わないで!!」


 顔を赤くするルーにハハハと皆の笑い声が響いた。


 夜、皆が寝静まり。空には月が浮かび、辺りは静寂が支配している頃。


 ヨーリィは寝室を抜け出して孤児院のベンチに座り空を見上げていた。白い肌を月明かりがぼうっと照らし出している。


 そんなヨーリィに近づく人影があった。


「お嬢さん、こんな夜に1人でいると狼に食べられちゃうよ」


 ルーだった。ヨーリィは背後を振り返って彼女を見つめる。ルーは歩いてヨーリィの隣に座った。


「何か考え事?」


「ルーお姉ちゃんは親のことをどう思っているの?」


「親かぁ……」


 笑顔で遠くを見つめてルーは答える。


「私にとって親はカゾノ先生だから」


「産んだ親を恨んだりしないの?」


「孤児院の生活は楽しかったから、恨んだことがないって言えば嘘になるけど。何で捨てたのってね」


「そう……」


 今度はルーがヨーリィに質問をした。


「ヨーリィちゃんは親のことを恨んでる?」


「私は…… よく分からないけど、多分恨んでる」


「私さ、孤児院で育ったから『どんな親でも子供のことを愛している』なーんて言葉は嘘だって知ってるんだ。ひどい話なんてたくさん聞いたしね」


 ルーはそのまま話し続ける。


「『産んだ親に感謝しろ』なんて言う人もいるけど、感謝するかしないかは自分で決めることだと思うの。ヨーリィちゃんが親を許せないなら、それは正しいことだと思う」


「そうですか……」


 おもむろにルーはヨーリィを抱きしめた。


「私にとってヨーリィちゃんも可愛い妹、もう家族みたいなものだから」


「家族……」


 無表情のままヨーリィは抱きしめられていた。

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