目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

旅立ちの前の日 2

 ユモトの家から少し歩いた先の時計台の下に待ち合わせをしていたヨーリィが居た。


 大勢で押しかけても仕方がないだろうと、顔見知りのムツヤとモモだけ同行し、ヨーリィは買い出しをしていたのだ。


「おまたせヨーリィちゃん」


「私もいま来たところ」


 ヨーリィと合流するとムツヤ達は宿屋に向かった。ギルドの旧訓練所を家として使う前まではよく使っていたあの宿屋だ。


 その道中モモがふと思って言った。


「なぁユモト、出発は明日だからお前は家に泊まっても良かったんじゃないか?」


 それを聞いて一瞬ポカンとした顔をし「あー!!」っと声を上げる。


「完全に忘れていました……」


「なんなら今から戻っても」


 ユモトはうーんと少し悩んだ後に言う。


「いえ、僕一人じゃキエーウに狙われるかもしれませんし、それに……」


「それに?」


「あの、あんな風に家を出てすぐ帰るって恥ずかしいので……」


 確かにとモモは頷いた。そんなこんなでユモトも一緒に宿屋で泊まることになった。


「いらっしゃい、久しぶりだねぇ」


 ロッキングチェアに座る白髪のグネばあさんがムツヤ達を迎える。


「兄ちゃん、相変わらず美人さん達をたくさん引き連れて良い御身分だこと」


 そう言ってケッケッケとグネばあさんは笑う。


「グネばあさん、ただの冒険者仲間だ。部屋を3つ頼む。1つはセミダブルのベッドでな」


 モモが言うと「あいよ」とばあさんは部屋の鍵を3つ取り出した。


 それぞれ部屋に荷物を置いた後に、ムツヤはモモの部屋を尋ねる。


「じゃあモモさん、これ」


『割ると遠くの相手とも話が出来る赤い玉』をモモへ手渡した。


「ありがとうございます、ムツヤ殿」


 玉を渡すとムツヤは部屋を出ていった。


 ドアの鍵を締め、村長のことを頭で思い浮かべながら壁に玉を叩きつけると、玉は四方に散って壁を長方形にくり抜いたように景色を映し出す。


「おぉ、モモか。驚いたぞ」


 立派な肉体を持つオークの村の村長が目を見開いてそこには居た。


「突然申し訳ありません、村長。今、お話しても大丈夫ですか?」


「構わないぞ、ちょうど家の中だしな」


「村の様子はいかがですか?」


 モモは当たり障りない話題を最初に振る。なんとなく本題を言いづらかったのもあるが、村が心配な感情ももちろんある。


「あぁ、あの1件以降は見回りも強化されている。何の心配も無い」


「そうですか……」


 村のことは一安心でき、ホッと胸を撫で下ろす。


「それで、モモ、お前の方はどうなんだ?」


 村長の方からこちらの状況を聞いてきたので一瞬モモは心の準備が出来ておらず、言葉に詰まった。


「えぇ、何と言いますか……」


 一呼吸、落ち着けてから話を始めた。


「私は、急なお願いになって申し訳ないのですが…… 長い旅に出たいと思っています」


「そうか……」


 神妙な顔をして村長は言った。そして続ける。


「長い旅は分かったが、ムツヤ殿との婚約は済んだのか?」


 モモは一瞬言葉の意味が分からず真顔になる。


 そして、何度も言葉を頭の中で繰り返してようやく意味を理解したときには顔が真っ赤になっていた。


「な、なななにをいってはる、いってるんでしゅか?」


「いやなに、お前はムツヤ殿を好いていただろう? それで一緒に長い旅になるという事はそういう事かと思ってな」


「ち、ちちちちがいましゅ!!」


 モモは慌てて否定をした。何だ違うのかと村長は少し残念そうであったが。


「い、今は!! 私は沢山の仲間と旅をしています。そしてキエーウの本拠地を見つけ出せる可能性も、倒せる力もある状態です!」


 キエーウという言葉が出て村長の顔は少し険しくなった。無理もない、亜人にとっては最大の敵であり、村で犠牲者も出ているのだから。


「それに……」


「なんだ?」


「旅をしていれば、父の足取りが掴めるかもしれませんので」


 モモの父親はしばらく前から行方知れずとなっている。


「そうだな」


 村長は短く返事をする、モモの決意が固いことは十分に分かっていた。


「村のことは心配するな、だが、無理はするな。必ず無事で帰ってこい」


「……はいっ!!」


 モモは大きな声で返事をした、すると村長は笑う。


「それと、ムツヤ殿だったら村の住人として歓迎するからな」


「はい! ……って何をいいいっているんですか!! も、もう失礼します!!」


 モモは慌てて壁に貼り付いた石のかけらを剥がすと、村長の姿は消え、他の石もパラパラと地面に落ち、消えた。


 モモが扉の外へ出るとムツヤが待っていた。念の為に、ギルスから教わった妨害魔法をドアの外から貼っていたのだ。


「終わったんですねモモさん」


「はい」


 村長に変なことを言われたからか、変に意識してムツヤを見てしまう。



 場所は変わって冒険者ギルド内ではアシノが書類作成に追われていた。


 6名分の国境を渡る証書に、ギルスの死亡届。それが終わるとトウヨウと警邏(けいら)隊への現状報告が待っている。


 文字を書くことが好きではないアシノはうんざりとしていた。



 ルーはギルスと共に探知盤の拡大に取り掛かっている。2人でギャーギャー騒ぎながら組み立て、警邏の人間に使い方を教えていた。


 部屋の中には他に裏の道具が山になって置かれている。ギルスはこれからこの道具たちを研究する仕事が待っていた。


「ギルスばっかずるーい!! わーたーしーもー裏の道具の研究したいー!!!」


「お前はムツヤくんと一緒に旅しながら研究すりゃ良いだろ!!」


 この2人は仲が気が合うのか合わないのかよく分からない。



 それぞれが旅の準備を終えて、夜が明けた。朝の空は旅立ちを祝福するかのように晴天が広がっていた。


 ムツヤ達が冒険者ギルドへ向かうとアシノ達が待っている。


「すいませーん、お待たせしましたー」


 そう言ってユモトが手を振るとアシノとルーがやって来た。


「よっし、それじゃあ行くか」


「はい」


 アシノに元気よくムツヤは返事をした。これから裏の道具を取り戻す戦いが、そして、まだ見ぬ地へと冒険が始まる。


 不謹慎かもしれないが、ムツヤはワクワクしていた。やっと外の世界をたくさん見られることに。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?