翼竜がどこかへ飛び去りアシノは立ち上がる。それに習うように皆も立ち上がった。
「さて、どうするか」
アシノは頭を抱えた、1匹ならまだしもこの人数で翼竜を2匹相手にするのは少々骨が折れる。
「どうするって、2匹になっちゃったんだから一旦ギルドに報告を入れないと」
そう言ってルーは連絡石を出すが、連絡石の信号の届く圏外らしく、何度信号を送っても反応はない。
「通常ならば一旦ギルドに戻って指示を仰ぐべきだが……」
アシノはちらりとムツヤを見る。
「ムツヤ、正直に答えろ。お前ならあの翼竜2匹を相手にできそうか?」
「あ、はい。アレぐらいなら大丈夫だと思います」
あっさりとムツヤは答えたが、モモは待ったを出す。
「ムツヤ殿!! いくらムツヤ殿が強いと言えど危険です!!」
「そ、そうですよ! 翼竜2体なんて……」
ユモトもそれに同調した。ムツヤが強いことは知っていたが、不安はある。
「翼竜がつがいになった後は何をするかわかるか? 卵を産むために狩りをして獲物を喰らい散らかす」
淡々と言うアシノの言葉に皆黙ってしまう。
「この近くには村も牧場もある。何故こんな人里近くに翼竜が居るのかはわからないが、村の人間が危険に晒されるだろう」
状況判断と、真剣な顔付きはまさに勇者と呼ぶにふさわしい風格があった。
「ムツヤが本気で戦って勝てるのであれば、とっとと始末したい。裏の道具やキエーウの件もあるしな」
「わがりまじだ」
ムツヤは返事をし、それに対してアシノは軽く頷く。
緊張感を漂わせながら6人は翼竜の巣を目指す。道中のモンスターを黙々と倒し、歩き進む。
そして翼竜の巣があると報告があった場所の近くまでやってきた。翼竜はどこかを飛んでいるのか、巣に籠もっているのか分からないが近くに気配はない。
「よし、夜まで見張りをしながら交代で休むぞ」
しかし、アシノの提案はすぐに却下となった。遠くから翼竜の鳴き声が聞こえ、コチラに近づいて来ている。
「休ませてくれなさそうね」
ルーは杖を構えた。翼竜の迫力に怖気づきながらもユモトとモモも武器を構える。
「前衛はムツヤに任せる、後はそれぞれ飛び道具と遠距離魔法でサポートだ!! モモは周りのモンスターやもう1匹の翼竜の動きを見張ってくれ!!! 死ぬんじゃないぞ!!!」
近づいてきた1匹の翼竜はムツヤ達の上空を飛び去りまたUターンをして戻ってきた。そして上空をグルグルと旋回しだす。
もう1匹は遠くで羽ばたきコチラの様子を伺っている様だ。アシノはこのまま地上に降りてくるのを待つしか無いかと思った瞬間、動いたのはムツヤだ。
翼竜の旋回にタイミングを合わせてムツヤは魔剣『ムゲンジゴク』を構えて天高く跳躍した。
そして翼竜の正面を捉える。
ムツヤは身をよじり体を回転させ、重力と遠心力を味方につけて翼竜の首に刃を叩きつけた。
翼竜は首と胴体の2つに切り分けられ、断面からは業火が吹き出る。
地上にいたモモ達はサポートや役割など忘れ、白昼夢でも見ているかのように、それを現実感の無いまま見ることしか出来なかった。
「ウゴオオオオオオオォォォォ!!!!!」
つがいを殺され怒り狂ったのか、もう1匹の翼竜がムツヤ達を目掛けて猛スピードで近づいてきた。ハッとしてアシノは声を上げる。
「もう一匹くるぞ!」
その声でようやくモモ、ユモト、ルーの三人はまだ生きている翼竜へと意識が行く。
ヨーリィは誰よりも先に木の杭をばらまいて牽制している。アシノもビンのフタをパァンと打ち飛ばしてそれに加勢した。
それに遅れてユモトとルーも遠距離魔法を使う、飛び出る鋭利な氷柱と横に走る稲妻。翼竜を一瞬怯ませるには充分だ。
翼竜は天を仰いで咆哮した。ムツヤが地上に帰るのとそれはほぼ同時だった。ムツヤは一瞬屈んで足に力を入れて翼竜へと飛びかかる。
目にも留まらぬ速さでもう1匹の翼竜も首を落とされ絶命した。地面に着地したムツヤは魔剣を収めて皆の方を振り返って一言。
「皆さん大丈夫でじたか?」
「大丈夫でしたかってお前……」
2つの翼竜の亡骸を前にアシノはそう一言。他の皆もムツヤの本気を見て言葉を失っている。
「あー、何ていうかー…… ムツヤっち本当に強いのね」
ルーは苦笑いしながら言った。そして翼竜の死体へと歩き首をツンツンと触ってみた。
「うん、死んでる。死んでるわよねそりゃ」
念の為の確認だったが、それはほとんど無意味だった。ムツヤはあっけらかんとして言う。
「えーっと、どうしますかこれ?」
「どうするって、そうねー……」
頭の回転の早いルーだったが流石に状況に頭が追いついていなかった。
「持って帰るなら切り分げでカバンに入れますけど」
「あーいやー、それしちゃうと怪しまれちゃうからギルドに連絡を入れて引き取って貰いましょう。そうだ!! 怪しまれないようにする為にほら、皆、翼竜の死体に攻撃入れて!!」
「それもそうだ」と皆で綺麗に真っ二つにされた翼竜の亡骸に攻撃を入れ、激戦があったかのように偽装工作をする。
翼竜との激戦を偽装工作した後、少し開けた場所に来て野営の準備を始めた。
被害なく依頼が達成できたのだから祝杯を上げるべきなのだろうが、昨日の夜の騒がしさが嘘のように皆、静かだった。
全力で翼竜と戦おうとしていたのに肩透かしを食らってしまったからか、ムツヤの圧倒的な強さを見たからか。あるいはその両方なのか。
「えーっと、ごはん出来ましたよ」
女性用テントでルーは黙々と探知盤を見続け、アシノは横になって天井をぼーっと見ていた。そこへユモトが声をかける。
「うん、ありがとう。ほらアシノご飯食べに行くわよ!」
ルーは無理にテンションを上げている様だった。「そうだな」と短く返事をしてアシノは立ち上がる。
男性用テントではいつも通りムツヤがヨーリィの手を握り、魔力を送っていた。
全員が焚き火を囲んで食事の準備ができるが、まるで誰か犠牲者が出たかのように静かだ。
「ほら、翼竜討伐記念に、イエーイかんぱー……い」
ルーが無理におちゃらけても気まずい空気が流れる。
ユモトとモモは昼間に見たあのムツヤと翼竜の戦いは夢で、今もその夢の中に居るのではないかと思うぐらい現実感が沸かなかった。
ヨーリィは何も気にせずに食事を食べ始めた。ムツヤは皆の態度にオドオドとしている。
「あ、あのぅ…… いや、何か皆さん大丈夫ですか?」
「い、いえ、ムツヤ殿。何もご心配召される事はありません。食事を食べましょう」
そう言ってモモはいそいそと食事を始めたが、味がよくわからない。
「なぁ、ムツヤ」
アシノがふと話し始めると全員の視線が集まった。それを見てアシノは軽く笑う。
「いや、大した話じゃないんだがな」