まだ空が暗い時間だというのにモモは目が覚めた。アシノとルーを起こさないようにこっそりとテントから出て空を見上げる。
標高が高い山の上だからだろうか、満天の星空はいつもより綺麗で幻想的だった。
ふと何かの気配がして後ろを振り返る。
するとテントからにゅっとムツヤが出てきた。
「誰か人が動く気配がしたんですが、モモさんでしたか」
モモはムツヤを起こしてしまったことよりも、流石だなという感情が上回ってしまい、少しくすりと笑ってしまう。
「起こしてしまって申し訳ありません、ムツヤ殿」
ムツヤは歩いてモモの隣に来る。そして誰に言われるでもなく空を眺めた。
「今日は星が綺麗でずね」
「えぇ」
そしてポツリとモモは話し始める。
「ムツヤ殿と一緒に旅をした日にちはそこまで長くないはずなのに、何だか不思議と長い間一緒に居る気がしています」
「俺もですモモさん」
二人は目を合わせない、座り込んで夜空を見上げながら話しをしていた。
「二人で始まった旅なのに、今ではこうして沢山の仲間が居て」
そこでモモは言葉に詰まってしまう、最近思っていた感情が溢れそうになり、抑えようとするが、抑えきれずに聞いてしまう。
「私は、私はムツヤ殿の旅に必要でしょうか? お役に立っていますか? 戦いが強いわけでも魔法が使えるわけでも…… 知識や技術も無い私が……」
思わず言葉と一緒に涙が溢れそうになる。
最近感じていた自分の無力感と役に立てない情けなさをついにモモはムツヤへ話してしまった。
「何言ってるんですかモモさん、モモさんが居ない旅なんて考えられないです」
そう言ってムツヤはモモの方を見て笑顔を作る。そしてふと思い出したように言った。
「あ、もしかして街まで案内するっていう約束だったから…… 旅するの嫌になっちゃいました?」
そう言えばそういう約束だったなとモモも思い出す。
そして、慌てて首を横に振る。
「い、いえ、そういうわけではありません。ただ、私がこれ以上一緒に居ても邪魔になってしまうのではないかと思って……」
「邪魔だなんて思いませんよ、モモさんとはずっとずーっと一緒に旅をして欲しいです」
ムツヤの素直な言葉に思わずモモは夜空を見上げた。
何故この人は恥ずかしい言葉をサラリと言うのだろうと。
「そうですね、私も、ずっとムツヤ殿のお側にいたいと思いますよ」
言って自分で恥ずかしくなった。それと同時に流れ星が1つ見える。
「今、見えましたか? 流れ星。流れ星が消える前に3回お願い事を言うと叶うらしいですよ」
「そうなんですか!?」
ムツヤは驚いた声を上げた、そんなムツヤを見てモモは目を細めてクスクスと笑う。
「次見えたらお願い事をしてテントに戻りましょうか、明日も早いですし」
モモが言うとムツヤは返事をし、真剣になって夜空を見上げた。
しばらくすると、また一筋の光が夜空に線を描く。
「ハーレムを作れますように! ハーレムを作れますように! ハーレムを作れますように!!」
雰囲気がぶち壊しである。そう言えばムツヤの夢はそうだったなとモモは思った。
「ちゃんと言えまじだよモモさん!!」
笑顔でムツヤはモモを見るが、彼女はそっぽを向いている。
「えぇ、それは良かったですね」
ムツヤは不思議そうな顔をしていたが、そうだとモモにたずねてみる。
「モモさんは何かお願い事をしましたか?」
「内緒です」
そしてモモは立ち上がるとムツヤの方を見た。
「テントに戻りましょう。休める時に休んでおかないといけません」
「そうですね」
モモの態度が急に変わったことをムツヤは不思議に思いながら、テントの中でまた眠りにつく。
朝になりユモトは目が覚めた。テントを出ると空は快晴で、眩しい朝日が出迎えてくれた。
「ムツヤさん、ヨーリィちゃん、起きて下さい」
ユモトが二人の肩をトントンと叩くと、二人共むくりと起き出した。
「ふーんあー…… おはようございますユモトさん」
「おはようございますユモトお姉ちゃん」
「おはようございます、でもお姉ちゃんじゃないからね?」
いつもの様なやり取りをして3人はテントを出る。そして、ムツヤのカバンから食材を出して朝食の準備をした。
簡単な朝食ができる頃、ヨーリィは女性陣のテントへ3人を起こしに行く。
全員が揃い、心地よい朝日のもとで穏やかな朝食が始まる。
「ウゴオオオオオオオォォォォ」
それは突然だった。とっさに反応できたのはムツヤだけだった。遅れて他の皆も空を見上げる。
翼竜だ、トカゲを大きくして羽を生やしたあの姿は間違いない。ムツヤ達からだいぶ距離はあるが、雄叫びを上げて飛び回っている。
「まずい、藪の中に隠れろ!!」
皆、弾けたように立ち上がり藪の中へと隠れた。声を潜めてユモトは言う。
「あ、あれって獲物を探してるんですか!?」
その質問に、猟師であるモモは憶測で答える。
「いや、狩りならば自分の居場所をわざわざ大声で知らせることはしないと思う」
「ご明察ぅー」
どさくさに紛れながらジャムを塗ったパンを持ち出せたルーは、それを食べながら言う。
「アレは求愛行動ね、いわゆる『お姉さん、俺とお茶しない?』みたいな、簡単に言えば翼竜のナンパってやつ?」
なるほどとユモトは納得した。アシノは木にもたれかかって腕を組んで目を閉じる。
「一応アイツがどこかへ行くまでは隠れるぞ」
「何か、突然大変なことになっちゃいましたね」
不安そうに言うユモトとは対称的にアシノは余裕そうだった。
「悪いことばかりじゃない。アイツはまだつがいの竜を見つけてないって事が分かったんだ」
確かにとユモトとモモは納得する。翼竜は一通り飛び回って叫ぶと、山の向こうへと飛び去ってしまう。
「さてと、厄介な客人が消えたことだし飯の続きだ」
能力や技術を失っても、肝が座っている所はさすが勇者だなとムツヤ達は思った。
思わぬ訪問者に邪魔をされたが、6人は朝食を済ませ、翼竜の巣へと向かう。
前衛はモモとユモトに任せ、その後ろからヨーリィは木の杭で、アシノはビンのフタで支援しながら魔物を蹴散らし進んでいく。
ルーとムツヤは交代で反応のない探知盤とにらめっこしていた。
昼は少し開けた草原で休憩を取り、あっという間に夕暮れだ。
翼竜の巣には明日到着できるだろう。皆それぞれ野営の準備を進める。
日が暮れて虫たちの声がする中、ムツヤのカバンにバラバラにして入れておいたバーベキューセットを組み立てて、6人でそれを囲んでいた。
「よーし、楽しいバーベキューパーティーの始まりよ!!! とりあえずかんぱーい!!」
ルーはノリノリで乾杯の音頭を取る。肉が焼けるジュウジュウとした音といい匂いで腹の虫が鳴った。
ムツヤは本で読んだような冒険者らしいことをしていると少し感動に似た感情を抱く。
翼竜は変温動物なので気温が下がる夜は活動が鈍る上に、夜目も効かないので基本的に行動をしない。だから夜はコソコソせず思いっきり騒げるのだ。
全員が肉を充分に堪能した頃、アシノとルーは飲み比べを始めていた。モモもルーによってなかば強制的にそれに参加させられた。
ムツヤとユモトは青いシートの上に隣同士に座ってパチパチと燃える炎を見ている。
「みんな楽しそうですね」
酒を飲む3人を見てユモトは言う。
「そうでずね」
ムツヤは満腹感と探知盤を操作し続けた疲労感。そして少しだけ飲んだ酒のせいでトロンとした顔をして生返事をした。
うつらうつらとしていたムツヤは眠りかけたようでユモトの方にもたれかかって来た。慌ててユモトはムツヤを支える。
「大丈夫ですかムツヤさん? もう寝ましょうか?」
「だ、大丈夫れす」
どう見ても大丈夫じゃなかった。うーんとユモトは悩む、ムツヤをテントに運ぼうにも自分じゃ重くて背負えない。
ユモトは正座をした。そしてムツヤの頭を太ももの上に乗せる。自分でやっておいて何だが、恥ずかしくて顔を赤くしている。
「ムツヤさん、冒険は楽しいですか?」
半分寝ているムツヤにユモトは聞いてみる。
「はい、たのしいれす」
気持ちよさそうに寝かけているムツヤは答えた。それを見てユモトはクスッと笑いひとり言のように小さく「良かった」と言った。
結局ムツヤはユモトに膝枕をされたまま寝てしまい、それを見たモモが背負いあげてムツヤをテントに放り込むまで続いた。
翼竜討伐の旅、2日目の朝。
また1番に起きたのはユモトだった。ムツヤも起こされテントの外へ出る。
酔って寝てしまったムツヤとルーの代わりに結界を張ったヨーリィが外で寝ずの番をしていた。
「ヨーリィちゃんずっと起きてたの!?」
「はい、ユモトお姉ちゃん」
「ごめんね、気付かなくって!」
外は霧が出ていた。曇り空で爽やかな朝とはお世辞にも言えない。朝の支度を済ませるとユモトは女性陣のテントへ向かう。
「みなさーん、そろそろ起きてくださ…… ああああああああ!!!!!」
テントの中では酔ったまま寝たせいか、服が乱れて色々と見えそうになっている3人が居た。
「どうしたんですかユモトさん!?」
ユモトの叫びを聞いてムツヤが駆け寄ってきた。ユモトはテントの前で手を広げて「見ちゃダメです!」と言う。
騒がしさで起きたアシノは服の乱れよりもズンズンと頭に響く痛みにもだえている。
身なりを整えてテントから出てきた女性陣はみな二日酔いでグロッキーな状態になっていた。
「うぅ……、流石に調子に乗って飲みすぎたわ……」
ルーは座り込んで水を飲みながら言う。ムツヤはそうだと思いカバンからかつてユモトにも飲ませた青い薬を取り出した。
「もしかしたら、これ飲んだら良くなるかもしれません」
ルーはムツヤから青い薬を受け取ると一気に飲み干す。
「ップ…… プニンプニン!!!」
奇声を上げると同時に頭痛と吐き気が消えて爽快な気分になる。
「何これ凄い!! 二日酔いに効く薬!?」
「ムツヤー、私にもくれー」
「ムツヤ殿申し訳ありません。わ、私にも」
ユモトの命を救った薬は二日酔いを治すために使われた。
朝食と身支度を済ませるとアシノは真面目な顔をして翼竜討伐の作戦を話す。
「今日は霧が出ていて、夜になれば雨も降るだろうが、翼竜討伐にはもってこいの天気だ」
「そうそう、雨で体温が下がれば動きも鈍くなるしね」
ルーがそう補足すると、モモはアシノに質問をした。
「アシノ殿は翼竜と戦った事があるのですか?」
「あぁ、何十回かは戦ったことがある」
アシノはそう言って続ける。
「翼竜は冒険者300人がかりで倒せるって話があるが、アレは半分本当で半分嘘だ」
どういう事だろうと新米冒険者のムツヤ達は思う。
「昼間にひらけた土地で戦うとしたら確かにそれぐらいの人数でやっと相手に出来るだろう。だが、夜の寝込みを奇襲すれば少人数で倒すことが出来る」
なるほどなとモモは納得する。
「つまり、今日の昼間の内に巣を見つけ、夜に討伐をすると」
「その通り、モモちゃん100点満点!!」
ルーはパチパチと拍手をした。アシノは「他に質問はあるか」と聞いたが、特に誰も質問は無かったために翼竜の討伐へ出向くことにした。
霧がかかり、うっそうとした山中をムツヤ達は歩いている。
「あーもー! ベタベタジメジメしてこれだから外は」
ルーはイライラして言った。発見された翼竜の巣まではあと1つ山を越えなくてはならない。
昨日までは天気にも恵まれ、ムツヤのカバンのお陰で軽装で山登りができたから、気持ち的にはそこまで嫌ではなかのだが、今は風呂や川で汗も流せずにジメジメとした霧のなかを歩いているので、疲れが倍に感じるほどだった。
「文句を言うな、あと少しだ」
アシノはそう言ってルーをなだめる。このままのペースで行けば昼過ぎには翼竜の巣の近くまで行ける。
そうすれば夜襲をかけるまでの間に充分に休むことが出来るだろう。
「ウゴオオオオ!!!」
翼竜の鳴き声だ。巣の近くまで来ているのだからそれが聴こえるのは当たり前だが、全員が違和感を覚える。
「なんか、鳴き声の聞こえ方が変じゃないですか? こだま…… でしょうか?」
出来れば誰も気が付きたく無かった事をユモトは口にしてしまった。
「いいや、これは……」
「ウゴオオオオオオオォォォォ!!!」
アシノが言いかけるとまた翼竜が鳴く、今度ははっきりと違和感の正体が掴めた。
「あらー……。あの子、ナンパ成功しちゃったみたいね」
ルーは引きつった顔で言った。そうだ、翼竜の鳴き声が2つ聞こえるのだ。そして更にまずい事が起きている。翼竜の羽音がコチラへ近づいてきているのだ。
「まずい、全員草の中に伏せろ!!」
アシノの言う通り皆で伏せた。そしてモモは空を見る。
上空を飛ぶ翼竜が、わずかに届く太陽の光を遮って影を作る。自分は本当にあの大きな竜を、しかも2匹を相手にするのかと思うと恐怖心が出た。