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それぞれの想い 2

 アシノはポツリと呟いた。それに対してルーはゲラゲラと笑う。


「なーにー? 勇者の次は哲学者にジョブチェンジ? 似合わない似合わないやめときなって。あっ、一応ハリセンで頭叩いといてあげようか?」


 アシノはちゃかされても特に怒りも笑いもしなかった。


「私は、全部の能力を失った事もあったが、その3日後に魔人を倒されてしまった事も…… 悔しかったんだ」


「魔人が倒されれば、平和になればそれで良いと本気で思っていたつもりだった」


 アシノはここで酒を一気に飲み干す。


「私は悲劇の勇者でも何でも無い。ただ、自分の能力を、力を皆に見せつけて認めさせたかっただけだったんだ」


 空になったコップを見つめた。


「ただ、自慢がしたかっただけなんだ。その延長線上が魔人を倒すことだった。だから…… 自分の存在が否定された気がした」


 ルーは黙って聞いていたが突然アシノを引き寄せて頭を自分の太ももの上に乗せた。


「な、何すんだお前!!」


「うーん? いい子いい子してあげようかなーって思って」


「やめろ、私はこういう趣味は無い」


 ルーは起き上がろうとするアシノの肩を左手でがっしりと押さえつけて右手で頭を撫でる。


「たとえアシノが自分のためにやってきた事だとしても、それで救われた人は大勢いるんだから良いじゃない。えらいえらい」


 左手をアシノの肩からどける、どうやらもう抵抗する意志は無さそうだった。


「それに、やっと話してくれたね。どういう心境の変化か知らないけど」


 ルーは優しい慈母のような笑顔でアシノを見つめている。


「……ちょっと酔っただけだ」


「ギルドの酒場で酔っ払ってる時は邪険に扱ってきたくせにー」


 アシノはやっぱりこの女は苦手だと思った。どうも調子が狂ってしまう。


「こんな所誰かに見られたくない、私はもう寝る」


 そう言ってアシノは立ち上がると居間から出ていく。その背中にルーは「はーいおやすみー」と言葉を投げ、また視線を探知盤に戻した。


 朝になりユモトは目が覚めた。若干、寝不足気味だが、時間になるとちゃんと起きてしまう。


 居間ではルーが真剣な表情で探知盤を見ていた。あれからずっとそうしていたのかと思うと、ユモトは尊敬と感謝の念を覚える。


「おはようございます、ルーさん」


「あぁ、おはよーユモトちゃん」


 元気そうにウィンクをしたが、その顔には少し疲れが見えた。


「あの、ルーさんも少し休まれては?」


「私が休んじゃったら探知盤見る人が居なくなっちゃうからねー、ヘーキヘーキ」


「そうですね…… すみません」


 ユモトは気遣って言った言葉だが、当たり前の事を返されて言葉が出なくなる。


「それよりお腹空いちゃった!!! ユモトちゃんごはん頂戴ごはん!!!」


 メイド服を着たルーはソファの上でニーソックスを履いた足をバタバタとさせた。


「はい、今作りますね」


 笑顔でユモトは言った後に朝食の準備に取り掛かる。


 やがて、簡単な朝食が出来上がるとユモトは皆を起こして回った。


「ンまあーーーい!!! さすがユモトちゃん、絶対私のお嫁さんにするから!!!」


 皆が揃う前にルーはガツガツと朝食を食べている。


「ですから、僕は男ですって」


 半分諦めたような苦笑いでユモトは言った。


「ルー殿、一晩中寝ずの番お疲れさまです」


「いいのいいの、私は夜の方が元気だから」


 モモがねぎらいの言葉を掛けると握ったフォークと一緒に手を振る。


「でも私、流石に朝になったら眠くなってきちゃったからギルドまでは誰かおんぶしていってよねー」


「お前は子供か」


 アシノは呆れたように言った。他愛もない会話をしながら朝食をとる、昨日キエーウというテロリストによる襲撃があったとは思えないほど穏やかな朝だ。


 そして朝食を食べ終えると全員が準備を終え、スーナの街のギルドを目指す。


「よーししゅっぱーつ!!! それいけムツヤ号!!」


「はい!」


 ムツヤの背中には本当にルーが乗っかっていた。


 裏の道具である『魔法の固定具』でしっかりと密着している上に、ルーはギューッと抱きついているので背中には小柄な体の割には大きな2つの柔らかい感触が感じられる。


 デレデレとした表情になるムツヤを見てモモは一言進言した。


「あ、あのー? ムツヤ殿? やはりルー殿は従者である私が背負うべきでは?」


 しかし、ルーはムツヤにしがみついたままだ。


「モモちゃん、これって魔力流しながら背負うと疲れも軽減されるし、私が力を抜いても落っこちないスグレモノっぽいの」


「大丈夫ですよモモさん、俺が背負っていきます」


 モモは複雑な気持ちになったが、確かに体力のあるムツヤが背負うのは理にかなっているので、それ以上何も言えなかった。


 6人は家を出てしばらく歩き、森の道まで来た。ムツヤにおんぶされているルーは幸せそうに眠っている。


 簡単に探知盤の使い方を教わったユモトは両手でそれを持ち、辺りに裏の道具を持った者が居ないか警戒をしていた。


 ユモトの魔力操作では半径3km程が限界だったが、いきなり裏の道具を使えるだけでもその実力は眼を見張るものがある。


 しかし、流石に慣れない魔道具を操作しながら歩くのは心身ともに負担が大きいようで、ユモトは疲れが顔に出ていた。


「よし、この辺りでいったん休憩を取るぞ」


 その疲れを見抜いたアシノが休憩をする事に決めた。家からスーナの街までは歩いて20分程度の道のりで、ちょうどここで半分ぐらいだ。普通に歩く分には休憩はいらないが、念の為だ。


「わがりました」


 そう言ってムツヤはカバンから青色のシートを取り出す。


「何だそれ」


 ムツヤが手に持つ青色のシートを見てアシノは言った。


「これを地面の上に敷いて座ると汚れないんですよ」


 ムツヤがバサッと青色のシートを地面に広げるのを皆は興味津々で見ている。


「どうぞ」


 汚したらいけないかなとユモトはブーツを脱いでシートの上に立つ、足元からは初めて感じる感触とカサカサという音が聞こえた。


 皆も見習って靴を脱いでシートの上に座る。手触りはツルツルとしていて変な感覚だ。


 ムツヤは器用に背負っていたルーをお姫様抱っこしてシートの上に寝かせた。そのままスヤスヤと寝ているかと思いきや、ルーはパチっと目を覚ます。


「うーん、何か慣れない感触が……」


 そして自分が寝ているシートを手で2、3回手でなぞると声を上げる。


「キャー!!! 何これ裏の道具!? ムツヤっちムツヤっち!! これってどんな効果があるの!?」


 グイグイと迫ってくるルーにたじろぎながらもムツヤは答えた。


「こ、これはただ床に敷くと汚れないだけですよ」


「余ってたら後で研究用に頂戴!!」


「は、はい、たくさんあるんで……」


 そんなやり取りを横目で見ながら、モモはムツヤのカバンから取り出したカップに紅茶を注ぎ、茶菓子も用意した。


「ありがとなモモ。ほら、休憩すんぞ」


 アシノはそう言って紅茶を一口飲む。ユモトは難しい顔をしながら探知盤を眺めていたが、ムツヤがそれを取り上げる。


「これは俺が見でおぎますんで、ユモトさんも休憩していて下さい」


「あっ、すいません」


 大丈夫ですと言いかけたが、無理をして余計迷惑を掛けるわけには行かないと思ったユモトは素直に休憩を取ることにした。


「俺は気にしないで皆さん休憩を取っでぐださい」


 ムツヤが言うとヨーリィも茶菓子と紅茶に口をつける。しかしモモは何だか落ち着かない様子だった。

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