瞬間、地下から二人の人影が飛び出た。家の出口に向かって走るそれにルーは雷の魔法を浴びせ、アシノはビンのフタをスッポーンと飛ばす。
ところが、防壁の魔法ですべて弾かれてしまう。その魔法の使い手はゆっくりと地下から出てきた。
「あらぁん、やだわん。もう正気にもどっちゃったのかしら」
くねくねと地下から歩いてきたそれは女物の服を来ていたが、厚化粧の上からも隠しきれない濃い青髭とガタイの良い肩幅。
そう、オカマだった。
「な、な、な、なんですかアレ!?」
「あらぁん、アレなんて失礼しちゃうわん。私はウトナよん。よ・ろ・し・く」
そう言ってウィンクをパチリとした瞬間ムツヤの背筋にゾッとしたものが走る。
「お前達はそのオカマを頼む! ルー、一緒に逃げたやつを追うぞ」
「あらぁん、オカマだなんて言わないで、ウトナちゃんってよ・ん・で・ねっ」
話し終えると同時にウトナは杖を取り出してその先から出る光線をアシノに浴びせた。
「アシノさん!?」
アシノはピタリと動きを止めると次の瞬間。
「やーだー!!! やだやだやだ、ビンのフタをスッポーンって飛ばす魔法なんてやだやだやだー!!! 女神のバカー!!!!」
子供が駄々をこねるように仰向けに寝っ転がりジタバタと手足を動かし始めていた。それを見てウトナはケラケラと笑う。
「ほーんと、この杖面白いわぁん。心の底の感情を爆発させるなんてね」
「ムツヤ、早く引っ叩いてあげて! 不憫だから! 不憫だから!!」
ムツヤがハリセンでアシノの頭をパァンと叩くと、無言のままゆっくりと立ち上がりウトナの顔めがけてビンのフタを連続で飛ばした。
「無駄よ無駄」
すべて魔法の壁で防がれてしまう。アシノは駆け出して直接ビンで壁を殴ったが、それも弾かれてしまった。
「お前も!! お前もキエーウの一員なのが!?」
ムツヤが大声を上げるとウトナはニヤリと笑って答える。
「そうよ、私もキエーウの一員よ。でも安心して、私は亜人を皆殺しにするーなんていう過激派じゃないから」
ウトナはバッと両腕を開いて空を見上げて叫ぶ。
「私の夢は! かっこかわいい亜人ちゃん達をペットにしてハーレムを作ることよ!」
その場に居たウトナを除く全員がぽかんとした顔をしていた。
アシノはムツヤの方を振り返って言う。
「何かアイツお前みたいな事言ってるぞ」
「え、えぇー!? 俺でずか!? あんな変な人と一緒にしないでくだざい!」
「あらぁん、変な人なんて失礼しちゃうわ」
右手を頬に当ててウトナはくねくねとする。
「ウトナ…… だっけか、知らないようだがら教えてやる!! 亜人の人達は人間を好きになんてならないんだ!」
モモは口を結んでうーっと小さな声でうなったが、ウトナはムツヤの話を聞いて大声を出して笑った。
「あーっはっはっはっは、何も知らないのは坊やの方ね。愛があれば人種も性別も関係ないのよ!」
それを聞いてモモはうんうんと頷く、だがそれと同時に一つの疑問が生まれる。
「ちょっと待て、そんな平和主義者みたいな事を言っているくせに何故お前はキエーウに所属しているんだ?」
「亜人の女は黙りなさいよ!」
恐ろしい形相をしてウトナはモモを睨みつけ、ふぅーっと息を吐いて質問に答えた。
「私はカッコいい亜人の男の子は大好きだけどねん。あくまで人間が上、亜人は人間に従うのが一番の幸せなの」
続けてウトナは話し続ける。
「ワンちゃんっているわよね、ワンちゃんは人間にしっぽを振って従順に甘えるから可愛いの。亜人もそれと一緒で主従関係をしっかりさせてあげるのがお互いにとって幸せなのよ」
ルーは呆れたようにやれやれと両手を上げてウトナに言う。
「詭弁ね、ただ自分が相手を好きなように支配したいだけじゃない」
それを聞いてクスクスとウトナは笑った。
「人生なんて一度きりなのよぉん? 欲望のままに生きた方がいいじゃない」
今まで黙っていたユモトが口を開く。
「そんな! みんながみんな欲望のままに生きたら世界はメチャクチャになっちゃいますよ」
「女は黙っていなさいよ!!」
またウトナは恐ろしい形相を作る。
「僕は男です!」
「嘘おっしゃい、もうおしゃべりは終わりよ! 私の夢のためにそのカバンを頂くわ!」
ウトナが杖を構えると同時にムツヤ達も身構えた。
「くらいなさい! プリティビーム!」
ウトナはそう叫ぶと、四方八方に杖から光線を出した。ムツヤはそれを人間離れした動きで避けるが、仲間達は被弾してしまう。
「ムツヤ殿ー! お慕いしておりますー!!!」
ソファの物陰に隠れようとして間に合わなかったモモが光線を浴びた。両手を広げてムツヤの元に来たモモの頭をムツヤは容赦なくハリセンで引っ叩く。
「ムツヤさーん!!」
ムツヤは振り返り、スパァンとユモトの頭を叩いた。
「二人とも、物陰に隠れて下さい!」
「あ、はい!」
「わ、わかりましたムツヤ殿」
ムツヤが指示を出すと二人はそれに従い物陰に隠れる。
「裏の道具はへっへっへっへ、改造すればする程威力が上がって、こうやってアタッチメントを付けて…… すごい!」
ルーは楽しそうに裏の道具をガチャガチャとしている。
無害そうなので無視をしてムツヤはウトナに近付こうとするが、避け切れない量の光線を出してきた。
「やだやだやだー!!! ビンのフタなんて飛ばしたくなーい!!!」
こんな大混乱の最中に、そろりそろりとウトナに近づく影がある。
「あら、お嬢ちゃんまだ魔法にかかっていないみたいね、くらいなさいな!」
そう言ってウトナはヨーリィに光線を数発飛ばした。ヨーリィは少しも動じず光線を正面から受けた。
「さぁ、欲望を
ウトナの予想を裏切り、ヨーリィは何事も無かったかのようにテクテクと歩み寄っている。
「な、どうしてなの!?」
何回も光線を出したが、ヨーリィに変化はない。魔法の結界で自身を守っている気配も無く、ウトナは混乱する。
「待ちなさい、痛い目をみたくなかったらそれ以上近づくのはやめなさい!」
ウトナは曲刀を取り出してその切っ先をヨーリィへと向けた。それでもヨーリィは歩みを止めない。
「忠告はしたわよ?」
そう言ってウトナは刀を振り下ろす。が、ヨーリィはナイフでそれを受け止めた。
「あらぁん、お嬢ちゃん中々力持ちじゃない」
動揺を隠すために軽口を言ったウトナだったが、冷や汗がさっと流れそうになる。
「もう時間は十分ね、今夜のパーティーはここまでよ」
後ろに一歩飛び退いて曲刀を仕舞うとまた光線を乱射して弾幕を張り、ウトナは逃走した。
ヨーリィは追いかけようとするが、下半身が枯れ葉に変わり、上半身が崩れ落ちる。
「ヨーリィ!!」
慌ててムツヤはヨーリィの元へと駆け寄った。