「そこまでです! スリープ!」
モモは力が抜けたように腕をだらんとさせて目を閉じる、どうやら眠ってしまったようだ。
「ムツヤさん大丈夫ですか!?」
「ユモトさん!」
扉の外にはユモトが杖を構えて立っている。
「事情は後で説明します、とりあえずこちらの部屋に来て下さい」
そう言ってユモトはムツヤの手を引いて自分の部屋へと招く。
「いやービッグリしましだ、モモさんは大丈夫なんでずか?」
カチャリ、扉の鍵が掛かる音がした。
「やっと2人きりになれましたね」
ムツヤはこの状況にデジャヴを感じる。
大きく見開いて、少しだけ狂気を混ぜた潤んだ瞳。そして紅潮した頬、さっきモモと出会った時と同じ状況だ。
「ゆ、ユモトさん!?」
ユモトはムツヤの両肩を掴んでそのまま手を後ろに回して抱きついた。
「ムツヤさん、覚えていますか? ムツヤさんは僕を助けてくれた」
ムツヤがユモトの肩にそっと手を置いて引き離すが、ユモトは続けて言う。
「ムツヤさん、頼みたいことがあるんですちょっと」
ユモトは口に手をあててモジモジとしている。
「一度でいいから、その、憧れているんですムツヤさんに!」
何を一度なのかムツヤにはわからないが、またユモトは抱きついてきた。
「い、一度ってなんですか? 何をですかぁ!?」
ムツヤはどうしていいかわからずに叫び声を上げる。
「そのために人目につかない所に来たんです、一回きりで僕は満足するんです。お願いですから、ねぇ、良いでしょう?」
そんなムツヤへの助け舟のごとく階段を駆け上がる音が聞こえた。
「ムツヤ、ムツヤどこだ!? モモ、ユモト、無事なのか!?」
アシノの声だ、ムツヤは大きな声を出して助けを求める。
「アシノさーん!! ここにいますー!!」
「どうして、2人きりになれたっていうのに」
ユモトは瞳孔を開いて絶望した顔をする。
ドアノブが何度かガチャガチャと音を立て、鍵が掛かっている事を理解するとアシノは回し蹴りを入れてドアを蹴破った。
「ムツヤ、ユモト! 無事か!?」
「アシノさん、ごめんなさい!」
そう言ってユモトはアシノに眠りの魔法を放つ、耐性のないアシノは崩れ落ちるように夢の中へと旅立つ。
「さぁ、ムツヤさん。こっちへ」
手を引かれてムツヤはベッドの近くまで連れて行かれる。
そしてユモトは仰向けに倒れこむようにしてベッドに横になる。手をつないでいるムツヤはユモトに覆いかぶさるようにベッドに倒された。
「ムツヤさん……」
ユモトは、うるんだ目でムツヤを見つめると顔を横にそらした。ムツヤは何故か一瞬ドキリとしたが、ハッと何かに気が付く。
「優しくしてくださいね」
「いや、優しくはできないと思いまずね。痛いと思いますが我慢してください」
「……はい」
ユモトは横を向いたまま右手を口にあてて目を細める。そしてムツヤはゴソゴソと何かを取り出した。
「いぎまずよ」
「はい」
その瞬間パァンと乾いた良い音がして、ユモトの頭に衝撃が走る。
「ふぎゃあ!!」
突然のことにユモトは変な声を出す、それと同時に急に頭の中がスッキリしていった。
「あれ、僕は何を……」
「元に戻りましたかユモトさん?」
目の前にいるムツヤを見てガバっとユモトは起き上がる。
「な、ムツヤさん!?」
「よがったー、ユモトさんがちゃんと戻って」
ムツヤの手にはハリセンが握られていた。
「ごめんなさい、これでちょっと頭を叩ぎまじた」
ムツヤが裏ダンジョンで正気を失って帰ってきた時、祖父のタカクがこのハリセンで頭をパァンと叩いて正気に戻していた事を思い出したのだ。
「ムツヤ殿ー!! お慈悲をー!!!」
そう言って走ってきたモモの頭もハリセンでパァンと叩く。
「あみゃん!!」
「大丈夫ですかモモさん?」
「あ……れ、私は何を」
どうやらモモも正気に戻ったらしい。ムツヤは廊下に飛び出して、念の為アシノの頭も引っ叩いておいた。
「えぐっ!!」
アシノは目を覚ますと、立ち上がりムツヤにたずねる。
「みんなはどうなった!?」
「ユモトさんとモモさんは元に戻りました!」
「そうか、後はルーとヨーリィ、そして敵を見つけるだけだな」
寝起きというのに素早く状況を飲み込むのは流石は元最強の勇者と言ったところだろうか。
アシノとムツヤが階段を駆け下りると、その先にはヨーリィが居た。
「ヨーリィ!! 大丈夫が!?」
ヨーリィは振り返ってコクリと頷いたが
「私は大丈夫ですお兄ちゃん、しかしルーお姉ちゃんが」
「きゃははははは!! 研究研究!! たーのしー!!」
研究機材を両手に持って謎の踊りをしているルーの懐に素早く潜り込んでムツヤはパァンと頭を叩く。
「ひみゃん!!」
ルーは頭を両手で抑えて正気に戻る。
「あれ?」
「お前は何をやっているんだ」
アシノは呆れ気味に言うと、ルーは右手を頭の後ろに回して舌を出した。
「家に入って煙の中から出てきた光線を食らった瞬間気分が上がっちゃって」
「ムツヤ、そういう裏の道具はあったか?」
「いや、わがりまぜんが……」
ムツヤは知らないようだが、どう考えても裏の道具の仕業だろう。アシノはどこかに隠れている敵のことを考える。
「敵はまだこの家の中にいるかも知れない、そしているとしたら」
チラリとアシノは地下の階段を見た。
「そうね、地下よね」
ルーの顔には普段のおちゃらけた感じは無く、ムツヤ達は真剣なその表情を初めて見る。