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闇と病み 1

「ムツヤ殿、お慕い申し上げます」


 興奮して瞳孔が開いたモモはムツヤを押し倒し、顔を近付けている。


「ムツヤ殿、こんな醜い私の事はお嫌いかもしれません。ですがこの気持ちはもう抑えきれません」


 ムツヤはモモの突然の行動に唖然としていたが、胸はドクドクと早く脈を打っていた。







 それは夕食が終わり、辺りもすっかり暗くなって。空は月と星々が支配している、そんな夜だった。


 ムツヤ達は風呂に入ったり、ソファーでのんびりとくつろいだりと思い思いに時間を過ごしている。


 しかし、そのゆっくりとした時間は突然終わりを告げた。


「みんな大変、大変なのよ!!」


 大声を出しながらルーは地下室から大慌てで出てくる。


「騒がしいやつだな」


 頬杖をしながらソファーで寝転んでいたアシノは気だるそうに言う。


「ちょっと、ちょっとこれ見て!! この赤い点って裏の道具なんじゃない!?」


 地図の北側から赤い点が現れた。ルーは探知盤を指でつついてその場所を拡大する。


「おいおい、これってこっちに向かってきてるんじゃないか?」


 ルーは慌てて頭の中で計算をした。相手の移動速度は馬を使っているか、瞬足の魔法を使っているかのどちらかだ。


「えーっとこのままだと多分1時間もしない内に来ちゃうわね」


「えぇー!?」


 ユモトは驚いて立ち上がる。それに比べてモモやアシノはだいぶ落ち着いていた。


「そうか、それじゃあ準備をしなくちゃな」


 アシノは立ち上がりソファーで未だに寝ているムツヤの額へと弱めにビンのフタをスッポーンと飛ばす。


「うん? んー……」


「起きろムツヤ、敵が来るぞ」


 敵という言葉を聞いてムツヤはゆっくりと目を開けた。


「ムツヤっち!! この探知盤を強化するのにいじっていたら裏の道具がこっちに向かってきてるのを見つけたの」


 ルーはムツヤの眼の前に探知盤を突きつける、それでムツヤの目は完全に覚めたようだ。


「これは…… 戦わないどいげないでずね」


 ムツヤはアホだが、戦いの経験だけはこの場にいる誰よりも、それこそ勇者アシノよりも長い。たとえ寝ていても一瞬で身も心も戦いに備えることができる。


「ヨーリィ起きて、敵が来ているみたい」


 ヨーリィは相変わらずマイペースに目を覚ましてスッと立ち上がった。


「まず作戦を考えるか」


 そう言ってアシノは座ったまま腕を組む、うーんと目をつぶって10秒ほど考えた後に口を開く。


「そうだな、とりあえず前衛は私とムツヤで相手の様子見をしながら戦う。援護はルーとヨーリィに任せる」


「わがりまじだ」


「オッケー任せて」


「かしこまりました」


 名前を呼ばれた3人は返事をするが、呼ばれなかったモモとユモトは気まずそうに目を伏せる。


「今回は裏の道具持ちと戦う、お前達はその年にしては強い部類だが、まだ危険だ。家で待機していてくれ」


 分かってはいたが、役に立てない悔しさをモモは感じていた。ユモトもそれに近い感情だった。


「大丈夫よー、これから戦えるように毎日みっちりしごいてあげるから」


 気まずい空気を壊すようにルーがおちゃらけて言うと「ははは、よろしくお願いします」とユモトが言う。


 4人はそれぞれ配置に付いた。ムツヤはもう一枚探知盤を取り出してそれをアシノと眺めている。


「もう少しで来そうね」


 声を送ることができる石からルーの声が聞こえた。ムツヤは抜き身の剣を握り締めて、アシノはワインボトルを両手に構える。


 探知盤の赤い点が近付き、ムツヤ達の前で止まる。アシノはかすかに人の気配を感じ取った。


 次の瞬間、赤い点が猛スピードで近付いてきた。2人は辺りを見渡すが草木の揺れも人影も見つけることは出来ない。


 ハッとしてアシノは上を見上げる、暗がりの中なのでよくは見えなかったが、何かが空を飛んでいくのが見えた。


 しまったとアシノは何かが飛んでいった方向へと走る、ムツヤも追いかけて走り出す。


「そっちに何かが飛んでいったぞ!」


 石に向かってアシノは話しかけた、すぐさまルーから返事がくる。


「了解、任せて」


 ルーは飛んでくる何かに備えて魔法の防御壁を張った。


 ヨーリィは撃墜させる為に空を見上げている。しかしその飛んできた何かは2人の真上を飛び、2階のガラスを割って家の中へと侵入してしまった。


「まずい! 何かが家に入った!」


 アシノは声を上げた、ムツヤはその割れた窓まで跳び上がり窓から家に入る。


 家の中は煙で満たされていた、ドアを開けてモモとユモトの安否を確認する。


「モモさーん!! ユモトさーん!!」


 返事がない、ムツヤは近くのドアを片っ端から開けて2人を探す、そんな時だ。


 ドアが開くと同時に腕が伸びてきた。左腕を掴まれムツヤは部屋の中に引っ張られる。


 ムツヤはバランスを崩すが右腕で持っていた剣を相手に向けた。だが、その相手は敵ではなく、よく見知った顔だ。


「モモさん!?」


 ムツヤは慌てて構えていた剣を下ろすと、モモは話を始める。


「ムツヤ殿、驚かせてしまい申し訳ございません」


 モモはムツヤの手をギュッと両手で握った。そしてそれを胸へと近付けて押し当てた。


「も、モモさんなにをして」


「やっと2人きりになれましたね」


 モモは頬を紅潮させ、目は大きく開けて潤んでいた。心なしか息遣いも荒い気がする。


「ムツヤ殿、お慕いしております」


 次の瞬間モモはムツヤを前から抱きしめていた。突然の行動に唖然とし身動きが取れないムツヤ、そのままモモはベッドに倒れ込む。


「ムツヤ殿、覚えていらっしゃいますか? 私が死のうとした時に身を挺して止めてくれたこと、村を救ってくださった事」


 ムツヤはモモに覆いかぶさるような姿勢になっていた、それを気にすることもなくモモは続けて言う。


「私はムツヤ殿に恩返しがしたいと言っていました、しかしそれはただの口実だと気付いたのです。本当は大好きなムツヤ殿のお側に居たかっただけなのです」


 呼吸を更に荒げながらモモは首を横に向けてムツヤから視線をそらした。


「こんな醜い私でよければどうかお慈悲を下さい、ムツヤ殿の命令であればどんな事でもします。ですからどうか……」


 言い切った後にまたムツヤの目を見つめるモモ、そしてムツヤを抱き寄せてムツヤのくちびるに自分の口を重ねようとする。

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