「ムツヤ殿!!」
メイド服を着たモモが玄関の扉を開けると開口一番に言う。
「本当にご無事で良かった……」
日は少し前に暮れてしまい、モモの潤んだ瞳は魔法の照明の光を反射してキラキラと輝いて見える。
街からの帰り道は特に何も起こらず、ユモトが無駄に怯えただけで終わってしまった。
「ただいま、モモさん」
「おかえりなさい、ムツヤ殿」
「あー、イチャつくのは良いが家の中に入れてくれ」
二人を見てアシノは頭をぽりぽりと掻きながら言った、するとモモの目線はムツヤから慌ててアシノに移る。
「そ、そんな、い、イチャついてなどおりまちぇ、おりません!!」
「はいはい、わかったわかった」
そんなモモを押しのけてアシノは家に入った。「うぅ……」と言いながら顔を隠すように下を向いてモモは道を譲りムツヤ達も家の中へと入った。
「それじゃあ急いでお夕飯を作りますね!」
割烹着に着替えて台所に入るとユモトは袖をまくり上げて「お任せあれ」といった自信満々の顔をする。
「はい、お願いじまず。あ、あと皆にお土産にクレープ買っできだがら後で食べましょう」
「うわぁー、僕クレープ大好きなんですよ、ありがとうございますムツヤさん!」
その華のある笑顔は、一瞬ユモトが男であることを忘れてしまいそうになった。
台所から少し離れた居間で鎧を脱いでソファに座ってくつろいでいるアシノは対面に座るムツヤに尋ねる。
「なぁ、本当にユモトって男なんだよな?」
「そうでずよ」
そう、決して忘れてはいけない。ユモトは男だ。
「それで、隣のヨーリィは迷い木の怪物の眷属で、今はお前が主人なんだよな?」
ムツヤにもたれかかって眠そうにしているヨーリィをあごで指してアシノは言う。
「えぇ、そうでずよ」
ふーんと目を閉じてアシノは考える。
「なぁ、お前の夢って何だっけ?」
「はい、この世界でハーレムを作るごどでず!」
純粋な笑顔を作って最高にゲスな考えをムツヤは口にする。こいつは多分本気なんだろうなとアシノは理解した。
「えーっと、お前さ。色々なことに目をつむれば今の状態ってハーレムなんじゃないのか?」
3秒ぐらいムツヤはぽかんとしていたが、騒がしい声を上げて言う。
「うっそ!? 本当でずか!?」
アシノはため息をついてアホのムツヤに説明をしてやるかと話す。
「まずモモはお前の従者なんだろ?」
うーんとムツヤは腕を組んで考える。
「はい、モモさんは従者だって言っでまずが、俺はどっちが偉いとか抜きにして仲間だと思っでいまず」
「まぁ良い、それでハーレム要員が1人だろ?」
「待っでぐださい」
そういうアシノにムツヤは真面目な顔をして待ったをかけた。
「俺もごの世界で、モモさん達オーグに合うまでオーグは人間の女の子を襲うものだと思っでましだ」
ムツヤは胸に手を当て、身を乗り出してアシノに言う。
「でもそれは違っだんです。オーグは女の子を襲わないし、オークと人間が異性として相手を意識するのは物語の中だけらしいんでず」
すぅっと息を吸ってムツヤは高らかに宣言をする。
「ですから俺はモモさんの事をハーレム要員だとか、異性だとか、そういう目では見ていません!」
廊下で何かがコトンと落ちる音がした、何が起きたかアシノは大体察しがついた。
「お前それ、モモの前で言ったら、多分あの子泣くぞ……」
「えっ、どうじてですか?」
ムツヤは悪意の一欠片も無かったのだが、心からの言葉は時に相手を傷付けるものだ。
「じゃあ次、ユモトだ」
次は台所から何かが落ちる音がした。それと同時にムツヤは声を出して笑い始めた。
「ははは、アシノさん。ハーレムって沢山女の子に囲まれる事ですよ、ユモトさんは男ですって!」
アシノは遠い目をして思った、今日の夕飯のハンバーグ丸コゲにならないと良いなと。
「それじゃその隣に座っているヨーリィはどうなんだ?」
言われてムツヤは隣を見る。下からはヨーリィが首をかしげて真っ直ぐ見上げていた。
「ヨーリィは流石にまだ子供でずし」
「でも実年齢は100歳越えてんだろ?」
言われてムツヤは確かにと気付いた顔をする。
「アシノ様、それは私が生きていたらの話。私は1度死んでいますから年齢はありません」
そう言えばそうだったなとアシノは思った。
「私はお兄ちゃんの命令であればどんな事も応えるつもりですが、死体がハーレムに居るのは周りから気持ち悪がられると思いますよ」
ヨーリィがそこまで話し終えるとムツヤはヨーリィの頭に手を置く。
「俺はヨーリィの事を死体だとか気持ち悪いって思っだごとは無いよ」
「ムツヤさん、ムツヤさーん?」
いつの間にかムツヤはソファの上で寝てしまっていたみたいだ。ユモトに肩をポンポンと叩かれ目を覚ました。
「あ、あぁ、ユモトさん」
顔を手で抑えて目をこすり、ゆっくりと開ける。魔法の照明のおかげで夜なのに部屋は昼間みたいに明るい。
「おはようございます」
ユモトはその部屋の照明よりも眩しい笑顔を作っていた。いつものローブがよく似合っている。
「ご飯が出来たので食堂に来て下さい」
「わがりましだ」
頭が冴えてくると、自分は空腹だったことをムツヤは思い出し、ユモトの後をついていく。
元々ギルドで使っていただけの事はあり、食堂は10人ぐらいは入れる広さがあった。
「あぁ、ムツヤ殿お待ちしていました」
入り口の横で生気を失っているモモがムツヤに声を掛けた。メイド服から着替えて黒のTシャツと青色のキュロットを身に着けている。
「モモさん、どうかしたんですか? 調子でも悪いんですか?」
「いえ、大丈夫、大丈夫です。ははは」
モモはムツヤと目を合わせず、遠くを見て言った。
「あのー、何かあったんですか?」
「お前は自分の胸に手を当てて考えてみろ」
そうアシノがムツヤに言うと不思議そうな顔をしながらムツヤは言われた通り胸に手を当ててみる。
そうか、こいつは『慣用句』を知らないのかとアシノは額に手をあてた。
「もしかして、俺はまたモモさんに失礼な事でもしまじだか?」
「いえ、全然そんな事はありませんよ!」
見ているとじれったいこの2人と、夕食のおあずけを食らっているアシノは面倒くさそうに助け舟を出す。
「ムツヤ、いいからモモに謝っておけ」
「ごめんなさいモモさん」
モモはムツヤが謝る時の、まるで捨て犬のような感じに物凄く弱い。
「ずるいですよ」
ムツヤに聞こえない程度の小声でぼそっとモモは言う。
「私は何も怒っていませんから、ユモト私も運ぶのを手伝うぞ」
優しい笑顔を作ってモモは言うと、台所から料理を運ぶユモトの手伝いを始めた。
ヨーリィもその小さな体で大きな皿を持って運んでいる。
テーブルにはユモトが腕をふるった料理の品々が並んだ。
サラダと根菜のスープに、メインディッシュのハンバーグ。付け合せは蒸した芋と色鮮やかなとうもろこし。
「皆さんおまたせしました」
ユモトはそう言って自分も着席する。そしてそれぞれが食事の前の祈りをして食べ始めた。
「やっぱりユモトさんの作っだご飯はおいじいですね」
ムツヤは夢中でハンバーグを食べながら言う。するとユモトは右手を口元に当ててモジモジとした。
「いえ、そんな大したことは……」
「いやー、ユモトちゃんのご飯初めて食べたけど本当美味しいわー、私の嫁にならない?」
ルーがちゃかして言うとユモトは顔を赤くしながら身を乗り出す。
「よ、嫁って! ぼ、僕は男です!」
「かーわいいー」
ルーはクスクスと笑いながら言った。
時間が経ち、全員が食事をし終えた頃、ルーは咳払いを1つしてみんなに向けて話し始める。
「さてっと、それじゃ皆に裏の道具について分かったことを話そうかな。と、言ってもまだ全然分からないことだらけだけどね」
メイド服を着たルーは「着いてきて」と言い、全員地下の突貫で作られた研究室に集まった。
「えーっとね、この机に置いてあるやつは何も触らないでね、下手したら死んじゃうかもだから」
サラリと怖いことを言うルーのせいで全員に緊張が走る。
「ムツヤっちが置いていってくれた裏の道具のサンプルなんだけど、これ半分以上は相当上級の冒険者レベルじゃないと扱えないみたい」
おもむろにルーは1つの杖を握って構えた。
「例えばこの杖なんだけども、一般人や初心者冒険者が使ったら魔力の伝導率が良すぎて、一気に魔力を吸い取られて、最悪は魔力の枯渇で気を失うわ」
「そんなに危険な物が……」
ユモトはごくりと生唾を飲み込んだ。
「裏ダンジョンに落ちている道具なんだから当たり前と言ったら当たり前だけど、相当経験を詰んだ人間にしか裏の道具は扱えないみたいね」
全員が黙り込んでしまったため、次は明るい感じにルーは話し始める。
「悪いことばかりじゃないわ、条件はキエーウの奴等も同じ。彼奴等も末端のメンバー全員に強力な裏の道具をもたせて奇襲なんて事はできないわ」
「だが、その分、手練が裏の道具を使って襲ってくるんじゃないのか?」
アシノが意見を述べると「そうなのよねー」とルーは困った顔をする。