「さーてと、早速裏の道具を1個回収って所か」
静けさを破ったのはアシノだった。わざとらしく、やれやれといった感じに言う。
「じゃあ買い物にいくぞ」
「えっ、えーっと…… 大丈夫なんですか?」
アシノの切り替えの早さにユモトは若干戸惑う。ついさっきあんな戦いがあったというのにだ。
「大丈夫って何が?」
「いえ、僕たちが襲われたってことはあの家も危ないんじゃ……」
そう言うとアシノはニッと笑ってユモトの頭に手を置いて言った。
「あっちにはルーが居るし、ムツヤが裏の道具で建物を強化したり警報付けたりやったんだろう? それと連絡石で一応襲われたことは伝えておいた。心配することはない」
そこまで言って一呼吸入れてから少し真剣な表情でアシノはまた話す。
「それ以前にキエーウの連中はだが、今回は様子見に一番使えなさそうな道具を持って来たんだと私は思う」
「そうなんでずか?」
ムツヤは何故そんな事をアシノが分かるのか不思議だった。
「多分こちらの手の内を見に来たんだろうな、さっきの戦いも…… そして今もどこかでアイツ等の仲間が監視してるはずだ」
「そんなっ」
そう言われて思わずユモトは辺りを見回す。しかし聞こえるのは風の音、見えるのは木と草だけだ。
「もっと広く周りの生き物の場所が分かる魔法でも使いますか?」
「頼んだ」
ムツヤは目をつむり緑色の魔法陣を足元に出す、そのままじっと5秒待ち。
「俺達以外に人の気配は5人でずけど、多分さっき逃げたやつらですね」
「そうか、千里眼持ちが遠くから見ているのかもな。1人心当たりがある」
「昨日の奴ですか」
ムツヤにしては勘が鋭かった、昨日の襲撃者。ウートゴの事を思い浮かべる。
「そうだな、とりあえずムツヤ。これから戦う時は裏の道具をなるべく温存して戦え。手の内をあまり見せたくないし、切り札は取っておいた方が良い」
「わがりました」
「さてと、さっさと買い出ししてあのボロ家にでも帰るとするか」
アシノはそう言って歩き始めた。ムツヤ達もその後を追うように街へと向かう。
スーナの街は夕日を受けて赤く美しく輝いていた。城門を抜けると今だ活気ある市場が出迎えてくれる。
「さてっと、それじゃあ必要な物でも買ってくるか」
アシノは背伸びをしながら言った。ユモトも街に無事ついた安堵からか、ため息を1つついた。
「はい、わかりました。それじゃ僕は食材や調味料を買ってきますね」
「おー、頼んだぞー、私はちょっとギルドに寄って話しをしてから買い物してくる。夕日が沈む前には帰りたいから手早く用事を済ませちまおう」
「わがりまじだ」
ムツヤはヨーリィと手を繋いだまま話すと、一旦解散になる。
「お兄ちゃん、買うものは覚えてる?」
お兄ちゃんと呼ばれ、自分が呼ばれているんだと気付くまでムツヤは少し間があった。
「あ、そうだったな、モモさんの髪の油を買うんだった」
握っている手は小さく柔らかくて温かい。ヨーリィは下からムツヤを見つめている。
「それと、お兄ちゃんが石鹸を持っていなかったら買って欲しい。あの家にはお風呂があったから」
「そうだなー、買っていこうか」
ヨーリィは1度も笑顔を見せてくれた事が無いなと、こちらを真っ直ぐ見つめる濁った紫色の瞳を見てムツヤは思う。
まぁ数日前に知り合ったばかりでは無理もないかと、そう思っておく事にした。
2人は生活雑貨を売っている店を探す。2人の間に会話は無い。何だかそれが気まずく思えてムツヤはうーんと考える。
「ヨーリィは必要なものとか欲しいものは無いの?」
「お兄ちゃん、さっきも言ったけど石鹸が欲しい」
会話が終わった。
ムツヤはまた何か考える。そんな所に甘い香りがふわっとした。
そちらの方向を向くと、薄く焼いた小麦の生地で生クリームやフルーツを包んだ菓子『クレープ』が売られている。
「ヨーリィ、あれ何だろう」
「私にもわからないわ、お兄ちゃん」
ヨーリィは無愛想に言うが、気のせいかムツヤの目にはほんの少しだけ興味がありそうに見えた。
「あれ、買って食べてみようか?」
「お夕飯食べられなくなるよ、お兄ちゃん」
「大丈夫だっで」
ニコッとムツヤは笑ってヨーリィの手を引っ張ってクレープ屋に近付く。
「すいません! 2つ下さい!」
「はい、まいどー!」
恰幅のいい店主が元気よく返事をする。眼の前で薄く生地が焼かれた後、大理石の上に置かれた。
その上に保冷庫から取り出したホイップクリームと南国の食べ物『バナナ』砕いたアーモンド、メープルシロップを乗せて包めば完成だ。
「うわーすげーいい匂い」
クレープを受け取るとムツヤがはしゃいでいた。そして広場の空いているベンチに座り、ヨーリィはその隣にピッタリとくっついて座る。
「それじゃいただきまーす」
「いただきます」
ひと口かじった。ホイップクリームが口の中に広がって、その中からバナナの柔らかさと砕いたアーモンドのカリッとした食感が絶妙に相まって最後にはメープルシロップの風味が鼻を抜けていく。
「うっめええええ!!! 何ごれめっちゃ美味いぞ!」
ムツヤはそう言いながら2口3口と食べていった。ヨーリィは主人を横目で見ながら両手でクレープを持ってもしゃもしゃと小さな口で食べている。
味の感想もリアクションも無いヨーリィを見て少しムツヤは不安を覚えた。
「あ、あのーヨーリィ? 美味しい?」
心配そうな顔をしてムツヤは思わずそんな事を聞いてしまった。するとヨーリィはゆっくりと頷いて話し始める。
「うん、甘い物ってあまり食べたこと無かったけど、美味しい」
「そっか、良がっだ!」
ムツヤは笑顔になってまたクレープを食べ始め、ヨーリィよりも早く食べ終えてしまった。
「あっ、モモさん達にもお土産に買っていこう!! ちょっと行ってくるねヨーリィ」
「わかった、お兄ちゃん」
クレープ屋に走るムツヤを見てヨーリィは思う。ムツヤは何でいつもあんなに楽しそうなのだろうと。
楽しそうなムツヤと同じ行動をして同じ景色を見て、同じ物を食べた自分はもしかして楽しいという状態なのだろうか。
答えはわからない。大昔にはそんな感情もあった気がしたが、楽しさや悲しさを思い出そうとしても頭がぼんやりとしてしまっている。
「ただいまー、それじゃ髪の油と石鹸を買いに行こうか!」
ただ、ムツヤとは一緒に居たいと思う気持ちはあった。それは前の主人であるマヨイギを人質に取られているからだろうか、それもわからない。
「うん」
一言だけそう言ってヨーリィはムツヤの手をギュッと握った。