それから数時間が経つ。ユモトは淡々と鼻歌交じりに掃除をしていた。
モモとヨーリィはムツヤのカバンから引っ張り出されたメイド服を着て掃除をしている。
背が低いヨーリィが背伸びをして高い所を一生懸命に掃除をしている様は可愛らしい少女と言った感じだ。
雑用が嫌いなアシノは「外の警戒をしている」とサボる口実を見付けてビンのフタを飛ばして戦う訓練をしていた。
外からパンパンとビンのフタが飛び出す音がしている。
そしてムツヤは地下に居た。
メイド服を着たルーは笑顔でウキウキしながらムツヤのカバンの中の物をルーペで眺めたり、ガラスのビンの中に移したり火にかけたりと大忙しだ。
彼女は召喚術師だったが、若いながらも実力を持ち、今は冒険者ギルドの幹部兼ダンジョンで拾われた魔法道具の研究を生業としていた。
「いやー、まさか裏ダンジョンのアイテムを研究できるなんてね。感謝感謝」
ルーは隣に居るムツヤにそう言う。ムツヤは頭をかきながらハハハと苦笑いをし、青い薬と赤い薬を混ぜているルーを見ている。
「それと、まだちゃんと鑑定も実験もしてないから何とも言えないんだけど、このメイド服ってもしかしたら家事スキルが上昇する気がするんだよねー。私って片付け苦手だから、ここではずっと着てようかしら」
そう言ってルーは振り返ると小さくムツヤにウィンクをする。その小悪魔的な仕草にムツヤは一瞬ドキリとした。
「ムツヤさーん、ちょっと良いですかー?」
「あ、はーい」
上の階からユモトの呼ぶ声がしてムツヤは階段を上がる、地下室の出口ではユモトが笑顔で待っていた。
「ムツヤさん、街を出るときに気付いていればよかったんですが、数日分の食料と、皆さんが欲しい物を買いに行きませんか?」
「あー、そうでじたね」
ムツヤのカバンには魚やモンスターの肉等はたくさん入っているが、小麦粉や麺といった主食になるものや調味料は少ない。
「それじゃあ買い物に行きましょうか!」
「はい!」
笑顔で答えるユモトと外へ出る前に、モモとヨーリィに話しかけた。
「モモさん、ヨーリィ、買い物に行くけど何か必要なものはありまずか?」
モモはムツヤを見るなり腕を前で組み、ムツヤから視線を外して恥ずかしそうにしている。
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんの魔力がそろそろ必要です」
「あっ、そっがーそれじゃヨーリィも手を繋いで一緒に行ごうか」
ヨーリィが手をつないだ後、モモは上目遣いでムツヤに言う。
「村を出るときに身を整える品は持ってきたのですが、欲を言うなら髪に塗る油が欲しいです」
「わがりましだ」
何だかいつもより更にモモが可愛く見えるのはメイド服のせいか、恥じらっているからなのかムツヤにはわからない。
が、心の中で「今日のモモさん何だか良いなぁー」と考えて鼻の下を伸ばしていた。
街までは歩いて20分程、ムツヤとユモト、ヨーリィは家の玄関を出た。すると、まず目に入ったのはワインボトルの栓をスッポーンと飛ばしているアシノだ。
「アシノさーん! 買い物に行くんですけど一緒に行きますか?」
ユモトはアシノに声を掛け、気付いたアシノが振り返った。
「あぁ、そうだな。気晴らしに行くかぁ」
アシノは「んー」と言いながら背伸びをし、腰に付けていたホルスターに2本のワインボトルをしまい込んだ。
「このメンバーだと…… 家にはルーとモモか、まぁルーが居るなら大丈夫だろ」
4人は街に向かって歩いていた。ユモトは今晩の夕食のメニューを考えて、ムツヤはヨーリィと手を繋いで中の良い兄妹のように。
アシノは手を頭の後ろで組んで退屈そうだ。街までの道はあと半分ぐらいだろう。
「ムツヤさん、今日のお夕飯って何が良いですか?」
「あーそれなら前に食べたハンバーグが良いです」
「おっ、私もそれ賛成」
「わかりました、それじゃあ夕飯はハンバーグで!」
ユモトは右手の人差指をピンと立てて笑顔で言う、しかしその瞬間ムツヤの顔が険しいものになる。
「お兄ちゃん」
「あぁ」
横の林から人影が近付く。
それで察したユモトは杖を構え、アシノも腰のワインボトルに手をかけた。姿を表したそれはキエーウのメンバーの印である面を付けていた。
「貴様がムツヤ・バックカントリーか?」
「そうだ、何の用だ!」
「貴様のカバ」
『パァンパァン』
ワインボトルからスッポーンと勢いよく飛び出た2つのそれは直線上にある男の股間に
「ンンンンンン!!!!!!」
勢いよく命中した。
「あ、あんちゃーん!!!!」
もう一人仮面を被った人間が林から出てくる。
「先手必勝ってな」
ひと仕事やり終えた顔をしているアシノの横でムツヤとユモトは思わず股間を抑えてガタガタ震えていた。
「きぃーさぁーまぁー!!!」
林から出てきた1人の男がアシノに向かって叫んだ。股間を撃たれた可哀想な男は今だにうずくまったままだ。
そして林から飛び出た男がアシノに向かって突き出したのは剣でも槍でもなく……
「なんだそれ」
アシノは呆れ気味に言った。男が構えているのはフライパンだった。それを見て皆が困惑する中、冷や汗が吹き出たのはムツヤだけだった。
「みんな、絶対にあのフライパンに触れちゃダメだ!」
ただ事では無さそうなムツヤの声に一瞬緩みかけた気がまた張り詰める。
「とにかく撃ち落としちまえば良いんだろっと」
そう言ってスッポーンスッポーンとワインボトルのフタを飛ばすが、それらはフライパンによって小気味よいカコンカコンといった音と共に弾かれる。
次に動いたのはヨーリィだ。木の杭を生み出し、男に何本も投げつけた。しかしそれらもフライパンによって明後日の方向へと弾かれてしまう。
「ダメでず! あのフライパンは手に持っていると飛んできたものを勝手に弾き飛ばしてしまうんでず!」
「なっ、加護の付いた道具ってことか」
それならばとアシノはワインボトルのフタを飛ばしまくる。フタの再装填される時間は約0.3秒だ。それに合わせるようにヨーリィも木の杭を投げ続けた。
だが、男は人間の出せる反応速度を超えた速さでフライパンを振るい続け、こちらに近付いてきた。そして弾かれたものにも変化が出ている。
コルク製のワインボトルのフタとヨーリィの杭がフライパンに触れた瞬間に着火し、火の玉になってこちらに飛んでくる。
「危ない!」
とっさにユモトは、魔法の防御壁を張った。
そして、ムツヤ達は下がり男から距離を取り直す。
「あのフライパン、握ってるとめちゃくちゃ熱くなるんですよね。でも自分で持っていると熱くないし火傷もしないんです」
「ありゃ熱くなるってレベルじゃねーだろ……」
フライパンからは熱気で薄い陽炎が見えていた。男は一歩一歩こちらに近付いてくる。
「俺が行きます!」
ムツヤは魔剣ムゲンジゴクをカバンに収めて、代わりに水色の鞘の剣を取り出した。その剣を抜くとガラスのような透き通った刀身が現れるが、その薄っぺらい剣を見てアシノは不安を覚える。
「それで本当に大丈夫なのか?」
「えーっと、多分大丈夫です」
ムツヤは魔法壁を軽々と飛び越えて、仮面の男と対峙する。男は叫び声を上げながらフライパンを振り下ろしてきたが、それをムツヤは透明な刃で受け止めた。
瞬間、ジュワーッと白い煙がフライパンと刃の間で生まれる、男が気を取られたその一瞬の隙にムツヤは腹に蹴りを入れる。
男はフライパンを落として吹き飛ぶ。落ちたフライパンにムツヤは透明な刃を押し付けて温度を奪い取り、カバンに回収した。
「うっ、くそっ、フライパンがっ」
腹を蹴られた男は苦しそうに言った。その横では股間を打たれた可哀想な男がやっと立ち上がる。
「引くぞっ」
そう言って2人は林の中に消えていった。勿論それをやすやすと見逃すわけはなくアシノはワインボトルのフタをスッポーンと飛ばし牽制し、ヨーリィもそれに続きまた先程のように木の杭を投げつける。
「轟け、雷鳴よ!!」
ユモトもそう叫んで男たちに雷を撃ち込んだが手応えは無い。林の中にヨーリィが走って男たちを拘束しようとするが右足を矢で射抜かれ、バランスを崩し倒れてしまう。
「ヨーリィ!」
思わずムツヤは立ち止まってヨーリィのそばでしゃがみこんだ。血は出ないが、代わりに射抜かれた所を中心に体が落ち葉に変わっていく。急いでムツヤはヨーリィに魔力を送った。
「申し訳ありませんお兄ちゃん」
「他にも仲間が居るかもしれない、深追いは危険だ」
アシノはそう言って追撃をやめる。ムツヤが探知スキルを使うと、確かに人が何人か居た。
「何人か居ますね…… わかりました」
ムツヤもそれに従い剣を収めた。林の中では先程の戦いが嘘のように静けさに包まれる。