初めアシノは放心状態だった、こんな不思議なものがこの世にある事と、もしかしたら…… もしかしたら、これさえあれば自分はまた冒険者に戻れるのではないかという淡い期待があった。
「わかった。ムツヤこのビンを譲ってくれ。そうしたらお前達の今後について相談も手助けもしてやる」
「ありがとうございます! あ、あともう1本あるんで良かったらどうぞ。それと、そのビンは叩きつけても壊れないんでモンスターを殴るのにも使えるんですよ!」
アシノは両手にワインボトルを持つ、はたから見れば何をしているのか分からない光景だろうが、それは勇者アシノが復活を遂げた瞬間だ。
「感謝しておく」
バーに戻るとアシノは小さくそう言ってバーに戻った。
「それで、早速なのだが、この件は冒険者ギルドの幹部だけにでも伝えておいたほうが良いだろう。ムツヤが強いことは分かったが、個人では組織に勝つことはできない」
「あの、アシノ殿。それではムツヤ殿のカバンや道具がギルドや国に没収されてしまうのではないですか?」
しばらく黙り込んだアシノだが、重々しく口を開く。
「確かに、その可能性は無いとは言い切れない。だがこのまま私達だけで問題を解決するのは不可能だろう」
「元はと言えば油断をしていた俺の責任です。それに俺の道具で皆が助かるんだったらこのカバンもあげまずよ」
「ムツヤ殿…… 私が飲みになんて誘わなければこんな事は……」
モモは申し訳なさそうにうなだれた。しかし、それに対して意外にもアシノがフォローを入れる。
「最初から目を付けられていたんだろうな。遅かれ早かれカバンが盗まれるのは時間の問題だったと私は思うね」
そう言ってアシノは手をパンパンと叩いた。
「辛気臭く悩んでたってしょうがないよー、今日は私が奢るから飲み直そう。どうせ明日にならなきゃどうなるかはわからないってね」
町外れですっかり酔いつぶれた赤髪の勇者の肩をムツヤとモモは支えていた。
酔い冷ましにムツヤの薬を飲ませようとしたが「もうやらぁのめにゃあいい」と首を振ってアシノはそれを拒んだので仕方なしにこうして運んでいる。
ユモトは家に帰るようなのでムツヤとヨーリィ、モモ、そして赤髪の勇者アシノといった奇妙なパーティで街を歩く。
「ムツヤ殿、ひとまずアシノ殿は我々の泊まっている宿に連れていきましょうか」
「そうですね」
完全に眠ってしまったアシノを引きずるわけにもいかないのでモモが「私が背負います」と言ったが「大丈夫でずよ」とムツヤは言ってヒョイと背負った。
その時、若干鼻の下が伸びていたようにモモは感じたがそれは見間違いだということにしておく。
ムツヤ達はいつもの宿屋まで戻ってきた、フロントではあのグネばあさんがロッキングチェアに乗ってゆらゆらと揺れている。
モモはふと老婆はいつ寝ているのだろうと疑問に思った。
「おーおー、遅いお帰りだこと」
そう言ってムツヤ達に目線を移した後、グネばあさんは大きく目を見開く。
「なんだい、今度は赤髪の勇者にまで手を出したのかい、ケッケッケ」
「グネ婆さん、いろいろと事情があっただけだ」
モモは軽く話を流すと預けておいた部屋の鍵を受け取ろうとする。今日一日だけで色々な事があった。
迷い木の怪物と戦い、疲れを取るために飲みに行ったら面倒事が起き、モモは疲れ切っていて一刻も早く休みたい気持ちだ。
「ちょっとお待ち、モモちゃん達が泊まるのは1人部屋と2人部屋だろう? もう1人増えたならその分部屋は借りてもらわないとネェ」
「あ、あぁ、そうだった。アシノ殿が泊まる1人部屋を追加で頼む」
「はいよ」
そう言ってグネばあさんは3つ部屋の鍵を渡した。それを受け取るとムツヤ達はそれぞれの部屋へ向かう。
「それじゃヨーリィは先に部屋に行ってで、俺はアシノさんを部屋に連れて行ったら戻るから」
「わかった、お兄ちゃん」
「申し訳ありませんが頼みましたムツヤ殿、先に休ませていただきます」
3人はそれぞれの部屋へ向かう、モモは部屋に着くなりベッドに倒れ込んで数分もしない内に眠ってしまった。
ヨーリィはベッドにちょこんと座り自分の主が戻るのを待っている。
ムツヤは部屋の鍵を開けると、アシノをベッドに寝かせて布団を被せた。そしてそのまま部屋を出ようとしたが服の裾を掴まれる。
「まーてームツヤー」
酔いが回って顔を真っ赤にしたアシノはそう言ってムツヤを呼び止めた。
「ムツヤーそこん座れぇー」
ムクリと起き上がり、ベッドの上であぐらをかいたアシノは自分の目の前をポンポンと叩き、ムツヤに座るように促す。
「お前にぃー冒険者とはなんたるかを教えてやるぅー」
「は、はいわがりました」
素直にムツヤは従った。2人はベッドの上で向かい合って座っている。アシノは体をゆらゆらと揺らしながらムツヤに質問をした。
「ムツヤー、お前はなんで冒険者になったんだぁ?」
「えーっとでずね、俺はハーレムをじゃなくて、冒険を」
ムツヤがハーレムという言葉を言ったのをアシノは聞き逃さない。後ろに倒れかけていた首をぐいっと前に持ち上げてムツヤを指さす。
「そう、ギルドでも言ってたなハーレムだなんだって! そんな不純な動機で冒険者が務まりゅと思うろか!?」
ろれつが回らないままアシノは説教をする。ムツヤは苦笑いをしたままそれを聞いていた。
「あのー、アシノさんはどうして冒険者になろうとしたのですか?」
今度はムツヤが質問をしてみる、アシノはゆらりゆらりと半分寝そうになりながら答える。
「わたしはぁーつよおくなりたくて、冒険者になったんだ、なのに、なのに……」
ムツヤを見つめるアシノの瞳から涙がつたった。怒っていたのかと思いきや今度は泣き始めてしまう。
「らんだよ! ビンのフタをスッポーンと飛ばす能力って!! あのクソ女神め!!」
えぐえぐと泣き始めたかと思うとアシノは自分がどれ程修行を頑張ったかを語り始めた。
最初はちゃんと聞いていたムツヤだったが、疲れには勝てずにいつの間にかアシノが何を言っているのか頭で理解できなくなり、そのまま眠りに落ちてしまう。