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勇者と裏の住人 1

 森を抜けアシノの後を着いて行くと、街の外れの小さな建物にたどり着いた。


 中ではろうそくの火が寂しげに揺らめいているが、外見は小綺麗にしてある。


「マスター、いるか?」


「あぁ、アシノさんか。いらっしゃい」


 広くはないが、狭苦しくもない。そんな感じのバーだった。客はまだ他に居ない。好都合だとアシノは慣れたように言う。


「マスター、今日は貸し切りで頼む。それと会話はもちろん他言無用でな」


 アシノが金貨を3枚テーブルに置くと「かしこまりました」と言いマスターは表の看板を『閉店』に変えた。


 バーにしては珍しく、靴を脱いでゆったりと座れる座席があった。アシノはそこにどかっと座る。


「金は払ってある、好きなもんいくらでも頼みな」


 そうは言われてもと、気まずい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは意外にもヨーリィだった。


「私はオレンジジュースで」


「あ、えっと、僕も酔っ払うとお話できなくなるのでそれで」


 ユモトが続けていった、ムツヤも「俺もそれで」と続ける。従者が1人酒を頼むわけにもいかず、モモもこの流れに合わせる。


「なんだい、ここは酒を呑むところだよ? 揃いも揃って…… マスター私はオンセブルーで、あとお子ちゃま達にはオレンジジュースをくれ」


 しばらくすると青色のカクテルとオレンジジュースが運ばれてきた。アシノはそれをマドラーでカラカラと回してぐいっと半分ほど飲み干すと口を開く。


「腹を割って話そうじゃないか、ここのマスターはこの街の誰よりも口が堅いし信用できる。何話したって大丈夫さ」


「え、えーっと何から話せばいいのか……」


 ムツヤはポリポリと頭を掻いて、ヨーリィはちびちびとオレンジジュースを飲む。


「私から話すか、さっきウートゴが言っていた通り私の能力は『ビンのフタをスッポーンと飛ばす能力』これだけだ」


 ユモトとモモは驚きの声を上げる。


「何故そんな事になったんですか?」


 ユモトは質問を投げかけた。するとアシノは視線を右に移動させ苦々しく言った。


「自分の覚えた剣技や魔法全てを忘れる代わりに、魔人を倒せる力を手に入れようとしたんだ。そうしたらあのクソ女神様はハズレ能力を授けてくれたってわけさ」


 沈黙がまた流れる。その話が本当ならば流石に気の毒すぎてなんて言葉をかければ良いのか分からない。


「ギルドでは『世界を滅ぼしかねない能力』を手に入れたから…… それを使えなくて悲劇の勇者って事になってたはずですが…… そういう事だったんですね」


 ユモトは怒らせないかと恐る恐る言ってみたが、アシノはコップを手で持ったまま下を向いていた。


「私のことは話し終えた、ムツヤだっけか? お前が裏の住人と言われていたことと、あの急に現れた裏ダンジョンの主とやらについて話せ」


「……わがりましだ」


 ムツヤはポツポツと自分の生い立ちを語り始めた、ところどころモモやユモトも注釈を入れ、大体のことはアシノに伝わったらしい。


「なるほどな、つまりお前は別の世界、裏ダンジョンの近くから来たというわけだな」


「はい、そういう事だと思います」


 アシノは持っていたグラスを置いてそれを見つめながら言う。


「私も冒険者として結構やってきた、だから裏ダンジョンやそれに近い存在の噂は聞いたことがある」


「そうなんでずか?」


 ムツヤはアシノを見て言う、それに対してアシノは「あぁ」と素っ気なく返した。


「それで、お前はこれからどうするんだ? アイツから裏の道具を取り返しに行くのか?」


「はい、あいつ達、えーっとキエーウは人間以外の…… オークや…… 後はわかりませんがとりあえず誰かを殺そうとしているんです」


 ムツヤは身を乗り出して続けて言う。


「しかも、それが俺の道具を使ってなんてどうしても止めなきゃダメだと思うんです!」


 フフッとアシノは正義感に燃えるムツヤを笑った。バーの薄暗い明かりに照らされたアシノの横顔はどこか遠くの、別の記憶を思い出している様だ。


「まぁせいぜい頑張ってくれよ、ムツヤ」


「あの、アシノさん! そ、その、ムツヤさんのお手伝いを…… していただくわけには……」


 思い切って言ってみたユモトだが言葉尻は小さくすぼんでいた。そんなユモトを横目で見てアシノは一言。


「ダメだね」


 そう言った。次にモモがアシノに食い下がる。


「しかし、ムツヤ殿の秘密を知っていて、なおかつベテランの冒険者でもあるアシノ殿にご助力頂ければ非常に心強いのです、どうか」


「面倒事に巻き込まないでくれ。断る理由は2つある。私の能力は戦いどころか家でワインでも飲みたくなった時ぐらいにしか役に立たない。そして、もう1つはお前達にそこまで親切にしてやる義理がない」


 正論を突き付けられてモモも押し黙ってしまう。ヨーリィはちびちびとオレンジジュースを飲み続けるだけだ。


「アシノ殿はもう一度剣の鍛錬や魔法を学び直すつもりは無いのですか?」


 モモがそう言った瞬間、アシノは歯を食いしばり恐ろしい表情を作った。


「私が何もしなかったと思うかい? あの日から手が血まみれになるほど剣の鍛錬も、頭がおかしくなるほど魔法の勉強もしたさ」


 グラスを強くテーブルに置いて続けて言う。


「しかし、剣は素人以下、魔法は使おうとすると頭にモヤがかかったみたいになってどうする事もできない! お前にこの気持ちが分かるか!?」


 言われてモモは自分の思慮の浅さを後悔した。


「申し訳ありません! 今の私の発言は軽率でした」


 モモは立ち上がり、深々と頭を下げる。


「いや、私もちょっと気が立ってたよ、悪かった。座りなよ」


 そう促されてモモはまた一礼して椅子に座った。アシノは酒のおかわりを頼んだ。


「あ、もしかしていい手があるかもしれません」


 ムツヤは急に声を出した、皆の視線がムツヤに集中する。


「ビンのフタをスッポーンと飛ばす能力でも戦えるかもしれません!」


「なーに馬鹿なこと言ってんだよ」


 酒で赤い顔をしたアシノがグラスをつまんで持ち上げながら全く興味が無さそうに言った。


「これ、じいちゃんは子供のいたずらに使うものだろうって言ってたんですけど」


 そう言ってムツヤはカバンから1本のワインボトルを取り出す。


「このビンのフタって何度抜いても次々生えてくるんですよ」


 それを聞いたアシノはピクリと反応しムツヤを見た。


「それは本当か?」


「えぇ、本当でずよ」


 半信半疑に机の上に置かれたワインボトルを見る。じーっと眺めること数秒、その後にアシノはワインボトルを手にした。


「物は試しだ、店の外で飛ばしてみよう」


 アシノは立ち上がると店の外に出る。皆もそれに付いて出ていく。


「とりあえず真上に飛ばしてみるぞ」


 そう言ってアシノは能力を使った、瞬間音が響く。通常ビンのフタを抜いた時のスッポーンという音ではなくパァンと何かが弾けるような音とともにビンのフタは夜空に消えていく。


 肝心のワインボトルはと言うとまたフタが付いていた。アシノは2発3発とビンのフタを打ち上げた。


 次に、木に向かって飛ばす。コルクがぶつかった瞬間。粉々に散ってその威力の高さが分かった。


「どうですか?」

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