それは3ヶ月前の事だ。アシノは冒険者の中でも絶大な実力と才があった。
アシノはこの世界で調子に乗っていた魔人を倒すための勇者認定試験に合格をする。悲劇はその後に起きた。
「これで次が最上階か」
巨大な龍に剣を突き刺した後に言った。アシノは既にボロボロで、いたるところから血を流している。
ここは神の試練が受けられると言い伝えられている塔だ。この塔を1人で最上階まで登りきれば世の中に1つしか無い自分だけの強力な能力が手に入るらしい。
痛みを
「ようこそたどり着きました、選ばれし勇者よ」
何と驚いたことに最上階には木々が生い茂る泉があった。その泉の上で美しい金髪の女が宙に浮いている。
「あなたが女神様ですか?」
アシノはそう尋ねた。女は返事の代わりにニッコリと微笑んだ。アシノは膝をついてかしずくと女神は言葉を授けた。
「よくぞ塔の最上階まで登ってきました、勇者アシノよ」
当たり前のように女神はアシノの名前を知っている。
「よく聞きなさいアシノ、あなたが望むのであればあなたにしか使えない魔神を倒せるほどの魔法や魔道具、武器を授けます」
「はい、身に余る光栄でございます」
「ですがそのためにはあなたの全てを捧げて頂く必要があります」
全てを捧げるとは何だろうかとアシノは考えた。女神様に忠誠を尽くすことだろうかと。
「あなたは今まで覚えた剣技、魔法、力、全てを手放さなければなりません。更に授かる能力は選べない上に、半分の確率でクソみたいな能力になってしまいます」
女神らしからぬ言葉が途中混ざっていたが、アシノは塔を登り始めた時から覚悟が決まっていた。
「全て覚悟の上です、お願いします」
「分かりました、勇者アシノよ」
女神が手を組み合わせると金色の光が溢れ出した。
その光に吸い込まれるように走馬灯が見えた。厳しい剣の鍛錬に、魔法の訓練、その記憶一つ一つが剥がれ落ちていくような感覚。
アシノ自身は「あぁ、もう戻れないな」とどこか冷静にその光景を見つめていた。
「アシノよ、決まりました。あなたの能力は……」
アシノは固唾をのんで目をつむる。
「『ビンのフタをスッポーンと飛ばす能力』です」
「は?」
アシノの頭には疑問符が浮かんだ、この女神様は何を言っているのだろうと。
「ですからあなたの能力は『ビンのフタをスッポーンと飛ばす能力』です」
心臓の鼓動が早まり、アシノはくらくらとした。女神様が何を言っているのか理解ができない。理解したくない。
「授かる能力は選べない上に半分の確率でクソみたいな能力になると説明したではないですか」
「い、いえ、ですが、これはあんまりにも…… そうだ! もう一回、もう一回新たな能力を……」
アシノは女神にすがりついて言うも、目を伏せて首を横に振られてしまう。
「私から能力を授けられるのは一度きりです」
「い、いや、流石にこのシチュエーションで半分の確率のクソみたいな能力って、それはないじゃないですか!」
「さぁ、行きなさい勇者よ!! 魔人を倒し、平和を取り戻すのです!」
「行きなさいじゃなくて、ってちょっとまっ」
アシノは白い光りに包まれて何も見えなくなる。気が付くと塔の外に放り出されていた。
「アシノ!! 戻ったのか!?」
「アシノさん、大丈夫ですか!?」
仲間の皆がアシノの元に集まる。アシノは放心したままに言った。
「大丈夫じゃない、全ての能力と引き換えにとんでもない能力になっちゃった」
アシノは脱力したまま立つこともできなかった。そしてここから悲劇の勇者と呼ばれる勘違いが始まる。
「とんでもない能力って言うと?」
仲間の女剣士はアシノに聞いてみた。はははとアシノは虚ろな表情のまま笑う。
「使えない能力……」
魔法使いの男が頭を捻らせて、ハッと気付いてアシノに声をかける。
「心中お察しします。アシノさん」
心が折れてしまったアシノは泣きそうになる、魔法使いはしゃがみこんでアシノと目を合わせて話した。
「使えなくてとんでもない能力というのは、世界の理を変えてしまうほど強力な能力って事ですね」
「え、いや……」
「そうだったのか、強力すぎて使えない力を……」
この勘違いをニヤニヤと眺めている男がいた。ムツヤのカバンを奪った男、ウートゴだ。彼は東洋のアサシンで相手の持つ能力を見破る力を持っている。
「その通りだ、アシノの力は無駄に使えば世界を滅ぼしかねない」