朝が来た。どうやら無事に一晩を過ごすことができたようだ。
モモは髪を梳かしてその長い茶色の髪を後ろに束ねる。
部屋から出るとムツヤとユモトはまだ寝ているようだった。それならばと3人分の朝食を作ることにする。
緑色の殻という見たことがない卵で少し不安になるが、目玉焼きを作ることにした。
コンロの使い方は、レバーをひねると魔導書が開いて火が出てくる仕組みだ。これはこの世界にもある。
油をしいたフライパンに卵を落とし、それと同時に街で買ってムツヤのカバンに入れておいた見慣れた食材を料理していく。
朝食はウィンナーと目玉焼き、昨日仕込んでおいた野菜のスープ、川魚の塩焼きと山盛りのサラダ。食べればどんなに朝が弱い人間でも機嫌が良くなるだろう。
モモは未だ寝ているご主人を起こしに行く、ノックをして部屋に入る。
「失礼しま……」
半分ほどめくれ上がった掛け布団、その下ではユモトがムツヤの背中に抱きついて眠っていた。
「な、なな」
誰かの気配を察したのかユモトは目を開ける。
「うーん? あっ、あぁ!!」
目の前にあるのはムツヤの後頭部、そして自分の腕はムツヤに抱きつくように置かれていた。
「す、すみませんすみません!!」
ユモトは急いで手をどけて距離を取る。
その声を聞いてムツヤも目を覚ます。まだ回ってない頭のまま目でモモを捉えると「あぁ、モモさんおはようございます」と間抜けた声を出した。
硬直しているモモとユモトを見て頭に疑問符が浮かぶ。
「何かあったんですか?」
「そ、そうだ、ユモト何かあったのか!?」
「何にもな、ないですよ!」
慌ててユモトは答えた、ムツヤは単純なので何もないならいいかと考えていた。
「そ、そうか、何も無ければ良いのだ。そうだ、ムツヤ殿、ユモト、朝食は私が作っておいたので食べませんか?」
「あ、すみません寝過ぎちゃいました。ありがとうございます」
モモとユモトの2人はなんだかぎこちない会話をしていた。モモが部屋から出た後2人は着替えて1階に降りる。美味しそうな匂いが漂っていた。
3人は食事を終えて気力も充分に回復していた。ムツヤは皮の鎧とレプリカの剣を仕舞い、裏ダンジョン仕様の装備に着替える。
支度を終えてさぁ歩き出そうと玄関のドアを開けた。3人が出終わると家は小さくなり魔導書に変わる。
その魔導書を仕舞おうとした瞬間だった。森の中から木の杭が1本飛んでくる。
反応できたのはムツヤだけだった。当たり前のようにそれを掴んで受け止め、モモとユモトが異変に気づくのはそれを見てからだった。
「何者だ!」
モモは剣を抜いて周りを見る。すると3時の方向に人影があった。ゴシック調の黒いドレスを着た黒髪の少女だ。
濁って虚ろな紫色の瞳には殺意を感じられなかったが杭を投げた犯人を見つけるならこの少女しか居ない。
更に杭を2本3本と止むことなく投げてくる。モモは盾で杭を弾き、ユモトは魔法の防御壁を目の前に展開し、それに触れた杭は弾かれる。
ムツヤは何というか、全部素手で掴み取って投げ捨てていた。そして投げ捨てながら少女に近付くと、少女は距離を取る。
「あれが迷い木の怪物ですか?」
ムツヤは警戒しながら2人に聞いた。
「いえ、迷い木の怪物は木と同化しています。木から歩いて離れることも出来るらしいですが、その場合力が極端に下がるのであんな攻撃はできない…… はずです」
ユモトが攻撃を弾きながら答える。
「多分だが、迷い木の怪物の手下だろう。怪物は死体を操って戦わせることも出来ると聞いたことがある」
少女は一定の距離を取りながらムツヤ達に杭を投げ続けた。
「おそらく誘っているんでしょう。あの少女が逃げる先に迷い木の怪物は居ます」
「マジっすか!?」
「追えばきっと迷い木の怪物に会うことができますが……」
モモには自信がなかった、A級クラスの魔物と戦って自分やユモトが勝つ可能性は限りなく低い。ムツヤの実力は未知数でどうなるかは分からない。
「追いかけましょう、不安ならこごに残っていて貰っでもいいですよ」
そんな事を言われたら勝つ可能性が低くても、モモは引き下がるわけにはいかないと剣を強く握り直す。
「私も行きます」
「ぼ、僕も追いかけます!」
3人は1列になって少女を追いかける。
ムツヤは先頭を走り、時おり投げられる杭を全て手でつかみ、はたき落とし、足で蹴り飛ばしたりとやりたい放題やっていた。
しかし、1つ誤算がある。黒髪の少女を追いかけることに夢中になりすぎて、隣の木と同化している怪物に気づくのが遅れてしまった。
かかったなと怪物はニヤリとする。
ムツヤの足元から生えてきたのは木の根だ。それは素早くムツヤの足に絡みついてムツヤの動きを止める……
ことは出来なかった。ムツヤは太い木の根をブチブチと脚力でちぎり走り続けた。
「嘘でしょ!?」
それには流石の怪物も驚きを隠せなかった。ムツヤはくるりと振り返り剣で怪物に斬りかかる。
「調子に乗るんじゃないよ!」
そう言って怪物は口から毒を空気中に散布する。それは通称『死の息』と呼ばれ、吸い込めば良くて全身が麻痺し、最悪の場合はそのまま死んでしまう。
しかし、病気の治る秘薬を飲み続けているムツヤにはそれもあまり効かない。
一応は目くらましになったようでムツヤの剣は怪物の上に逸れてしまった。自分の頭上の木を真っ二つに切られ、炎が燃え上がるのを見てたまらず怪物は別の木へと移動した。
「あなた何者!? どこで雇われたの?」
「あ、俺はムツヤ・バックカントリーと言います」
下半身が木になっている以外は人間の女に非常に似た外見をしているため、ムツヤは思わず普通に挨拶をしてしまう。
そんな事をしている内にお互いの応援がやってきた。
長い黒髪の少女は怪物の前に立ちはだかり、モモとユモトもそれぞれ盾と防御壁を構えてムツヤの前に立つ。
「追手は撒いたと思っていたけどやっぱり人間はしつこいのね」
「あ、そうだ、どうしてこんなごとするんだ!」
にらみ合いながらムツヤは自分の中で疑問に思っていたことを聞く、すると怪物はケラケラと大笑いして答えた。
「どうしてって、人間は私の良い養分になるのよ。それで逆に聞きたいんだけど、どうしてあなたは私を襲うの?」
「え? えーっと、死にたくないから……?」
ムツヤは思ったままのことを言った、それを聞いて怪物は恐ろしい顔を作る。
「私も一緒よ、死にたくないから動物も人間も食べる。死にたくないから私を襲う者は全て排除する」
それを聞いたムツヤは黙ってしまった、あまり賢くない頭で何かを考えている。
「私の体からは人間の薬が取れるらしくてね、人間は私を襲うわ。だから私も人間を殺す」
「ムツヤ殿!! 相手は魔物です、耳を傾けてはいけません!」
モモは盾を構えたまま後ろをチラリと見てムツヤに言う。その一瞬のスキを黒髪の少女、ヨーリィは見逃さなかった。ムツヤはそれに気付いて走り、モモを突き飛ばした。
起き上がったモモが見たものは鎧の隙間、左脇腹に木の杭が刺さったムツヤだった。