かいつまんで、今までのムツヤの生い立ちを話し始めるとユモトは真剣に聞いてくれていた。
「そうだったんですか、とても信じられないような話ですが」
しかし、ムツヤとモモの話を真剣に聞いたがユモトは話がいまいち頭に入っていないようだ。だが、無理もない。
「ユモトさんに飲ませた薬も本当はたくさんあるんですよ、嘘ついてごめんなさい」
そう言ってムツヤはペコリと頭を下げて謝った。
「い、いえいえ! あのお薬のおかげで僕が助かったのは事実ですし、感謝していることに変わりはないですよ!」
ユモトはあたふたしながら命の恩人に言う。
「そうでずか、それならよがっだですが」
「ムツヤ殿、説明も終わりましたし何か食料を取り出しては頂けませんか?」
気まずい雰囲気を変えるためにもモモは話に割って入った。ムツヤは「そうでじたね」と言いカバンから何かを取り出そうとする。
「あ、そうだ。野宿するならこれがありました」
そう言ってムツヤが取り出したものは……。
森の奥にその魔物は居た。
迷い木の怪物と呼ばれるそれは上半身が人間の女の形をしている。
緑色の髪をし、服のように樹木の葉っぱを身にまとっているが、露出している部分のほうが多い。
下半身は大きな木と融合している。
「マヨイギ様、彼等の偵察が終わりました」
「ご苦労さま、いい子ねヨーリィ」
ヨーリィと呼ばれた女が膝を地につけて報告をした。
年は12か13歳ぐらいで、ゴシック調の黒いドレスを着ている。
そのドレスと同じぐらいに黒い髪。濁った紫の瞳はまっすぐに眼の前の主人を見つめていた。
「それで、奴等は何をしていたの?」
「はい、家を作ってそこで寝ています」
迷い木の怪物はその報告を聞いて固まる。今なんと言ったのだ、家だと? だがヨーリィが冗談を言うことは決して無い。状況が全く理解できなかった。
「家とは何だヨーリィ、ただの寝床じゃないのか?」
「はい、家ですマヨイギ様」
迷い木の怪物はいまいち状況が飲み込めないでいた。この森で人間1人ぐらいの養分を吸収しようと思い、下調べをした時には小屋の1つも無かったはずだ。
「わかったわヨーリィ、私をその場所に案内しなさい」
「かしこまりました、マヨイギ様」
迷い木の怪物はメキメキと音を立てて木から体を剥がす。
木から離れると疲れる上に魔力も弱まってしまうので、なるべくなら歩きたくなかったが仕方がない。
静寂が支配している深い森の中を2人は歩き続けた。
家とは何だろうかと迷い木の怪物は考えている。ヨーリィに与えた魔力はまだ尽きていないので見間違えをすることはないはずだ。
「この先ですマヨイギ様」
「どれどれって」
ヨーリィが手で指し示す先にあったのは……。
「お家がおったてられてるぅぅぅ!?」
迷い木の怪物は取り乱して変な声が出た、そこにあったのは立派な一軒家だった。
「え、なんで、意味分かんないんだけど」
「私もわかりません」
一方その頃ムツヤ達は家の中ですっかりくつろいでいた。
ムツヤはソファで横になり、モモは外をたまに警戒しながらも、椅子に座って疲れを休めている。
ユモトはムツヤのカバンから取り出した食材で鼻歌交じりに料理を作っていた。
時間は少し前の事、ムツヤはカバンから大きな魔導書を取り出して地面においた。すると光とともに2階建ての立派な家が地面から生えてくる。
「こ、こんな召喚ができる魔導書なんて初めてみました!」
ユモトは興奮気味に言う。小さなテントを召喚する魔導書なら見たことがあるがここまで立派な家が出来るものは初めてだ。
3人が家の中に入るとモモがふと思い出して進言する。
「そうだ、ムツヤ殿! あの離れた人とも会話ができる宝石で応援を呼んでみませんか?」
「そんなものまであるんですか!?」
また驚くユモトと、なるほどと思うムツヤ。
話し合いの結果ゴラテに助けを求めようとして壁に宝石をぶつけるが、割れずに床にコロコロと転がるだけだった。
「おそらくなんですけど、迷い木の怪物の魔力で邪魔をされているのだと思います」
ユモトの言葉にモモは不安を覚える。A級クラスの魔物なのだから強いのは当たり前だが、ムツヤの道具を無効化することまで出来るとは思わなかった。
「迷い木の怪物の魔力が尽きるまでここで耐えるのが良いと思います。道に迷わせるための魔力が尽きるにしろ、戦いになるにしろこちらから攻めるのは危険なので」
真面目な顔をしてユモトが言う、そこには頼りなさげな印象は無く、さすがに先輩冒険者だなと2人に思わせる。
「分かりました、ユモトさん頼りにしてまずよ」
「あ、いや、そんな、頼りだなんて……」
真面目な顔は長く持たなかった。ムツヤに頼りにしていると言われたユモトは右手を口元に当てて身を小さくしてしまった。
そんなやり取りがあり、今は家の中でユモトの料理が完成するのを待っている。火はコンロの下に魔導書が置いてありそこから出る。
水はカバンの中にいくらでもある。ムツヤは外の冒険の準備として井戸水を直接カバンの中に入れておいたのだ。
「出来ましたー」
ユモトが台所から嬉しそうな顔をして言った。サラダにパンにシチューとステーキまで付いている。とても森の奥での食事とは思えない。
「美味しそうですね~、いただきます」
料理には性格が出るのだろうか、繊細な味付けはありあわせで作ったとは思えないぐらい美味しかった。
ムツヤはガツガツと食べ、モモも料理の腕でユモトに負けている事が悔しいと思いつつ手が止まらない。
食事が終わると眠気が襲い、ムツヤはうつらうつらとしていた。
「ムツヤ殿、私が外を警戒しておくのでどうぞお休みになって下さい。ユモトも疲れただろう? 寝ると良い」
モモはそう言って鎧を着ようとする。しかし、それはムツヤの言葉によって止められる。
「あぁ、大丈夫ですよ。この家って頑丈だしモンスターが近付くと物凄く大きな音がなっで起きられますがら」
それならばと鎧を置いて寝ることにした。モモも1日中森を歩いたせいで疲労が溜まっていたのだ。
「寝る場所は二階です」
そう言って案内をするムツヤ。2階には部屋が2つある、なんだかモモは嫌な予感がした。
「左が小さい部屋で右が大きな部屋です。どっちもベッドは1つだけですが、右の部屋のほうが大きなベッドがあるんで俺とユモトさんはそっちで寝ましょう」
「ま、待って下さいムツヤ殿!!」
男同士がベッドを共有する事にモモは待ったをかける。
「そ、そうですよ!! 同じベッドで寝るって! あ、あの、僕は今日1日歩いて汗臭いですし…… 僕は下のソファーで寝ますよ!」
「そうですか? 全然汗臭いとは思わないですけど」
ムツヤはユモトに近づいてクンクンと匂いをかいだ、顔が火照っていたユモトだが、追撃で匂いをかがれ恥ずかしさで両手で顔を隠す。
「じゃあモモさんまた一緒に寝ますか?」
「待って下さい、またって…… やっぱりお二人はそういう」
「違ああああう!!! いや確かに寝たことはあるがアレは違う!!」
モモはあの宿屋の事を思い出して叫んでしまった。
「うーん、やっぱり嫌だったら俺がソファーで寝るんで2人は2階で寝て下さい」
「ムツヤ殿! 私は従者です、私が1階で寝れば済む話で」
「あ、あのー」
モモの話を遮ってユモトはおずおずと手を上げて話し始める。
「ムツヤさんさえ嫌じゃなければ僕は平気ですよ。男同士ですし」
「らしいですよモモさん。よがっだーこれでみんなちゃんと休めますね」
確かに男同士なら何も起こらないはずだ。起こらないはずなのだがモモは自分に何度言い聞かせても何かが起こりそうな気がしてならなかった。
「わかりましたムツヤ殿……」
「それじゃもう寝ましょうか、眠くてしょうがないんで」
おやすみなさいと言い3人はそれぞれ部屋のドアを開ける。
モモの部屋は小さいながらも鏡や机などが置いてある十分に立派な部屋だ。ムツヤとユモトの部屋はモモの部屋をそのまま大きくしたような作りだった。
部屋の中心にやたらファンシーな天幕付きの大きなベッドがあること以外は……。
「うわぁー、すっごい」
今まで見たこともない立派なベッドを見てユモトは思わず声を上げた。
ベッドの端にムツヤはよっこいしょと座って靴を脱ぐ、ユモトもちょこんとベッドに座り靴を脱いだ。
先程ムツヤは着替えとして塔の中で拾ったローブをみんなに手渡していた。
ムツヤはさっさと服を脱いでローブに着替えるが、ユモトはもじもじとして着替える様子は無い。
「あ、あの、恥ずかしいので後ろを向いてもらってもいいですか?」
「……? はい」
ムツヤにはユモトが恥ずかしがる理由がわからなかったが、ベッドの上をもぞもぞと動いてユモトとは反対側で着替えた。しばらくするとお待たせしましたと声が聞こえたので振り返る。
「あの…… それじゃ寝ましょうか」
白いローブを来て視線を左下に移しているユモトは誰が見ても美少女のようだった。しかし、彼は男である。
「あ、は、はい、おやすみなさい」
何故かムツヤはドキドキしてしまい、後ろを振り返りそのまま掛け布団をかぶる。
少しの静寂が続いた後にユモトがぽつりと話し始めた。
「ムツヤさん、あの…… 僕を助けてくれて本当にありがとうございました」
「いえいえ、それは気にしないでぐださい」
暗い静寂の中、背中合わせで2人は会話を始める。
「僕は…… 段々体が弱っていって、冒険者として外の世界を見ることもできなくなって。お父さんには迷惑も掛けて、いっそ苦しいなら自分で死んでしまおうかとも思っていたんです」
ユモトはギュッと掛け布団を握った。
「でもやっぱり、死んじゃうんだって思ったら怖くて、色々な世界を見ることも出来ないんだって、魔法の修行も出来ないまま死んじゃうんだって、凄く無念で」
もう病気の心配は無いはずなのにユモトの目からは涙が溢れる。
「だからムツヤさんに助けてもらったこと、物凄く感謝しています。なのにこんな事になってしまって」
「迷ったのはユモトさんのせいじゃないですよ」
ムツヤはそう言ったが、どうやらユモトはまだ自分を責めていた。
「僕が魔力に気付けば防げたかもしれません」
「大丈夫です、何があっても俺が守りまずがら」
ムツヤの言葉に思わずユモトは振り返った、そして横になったままムツヤとの距離を詰める。
「僕は、僕は…… 最低なんです、こんな状況だってのに自分が死んでしまうことが怖いんです。そればかり考えてしまうんです」
「まぁ何とかなるでしょう、平気ですよ。自分を責めないで下さい」
気付けばユモトはムツヤの背中にくっついて泣いていた。死ぬことへの恐怖と、それしか考えられない自分の未熟さ、情けなさに泣いた。