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訳ありの子 1

 ゴラテに返答をはぐらかされたモモは若干不機嫌になるが、早歩きするゴラテに付いて行った。


 誰一人息を切らさずに荒れた道を早く歩いていく。ゴラテは2人の体力に少しだけ感心した。


 そして、草むらをかき分けて橋を渡ろうとした瞬間、巨大な蛇が木の上からこちら目掛けて落ちてくる。


 ゴラテが抜刀してそれを真っ二つにするよりも早く、ムツヤは飛び上がって蛇を蹴り飛ばした。


 またやってしまったとモモは右手で頭を抑えた。あれ程新米の冒険者を演じるよう言ったのにと。


「やるな兄ちゃん。丁度いい、ここからはこんな事が多くなるから気を付けてくれ」


 特に驚くでも無くゴラテが言ってモモは一瞬ホッとしたが。


「休憩でも入れるか、ここから先でユーカの実が取れたらしい」


 ムツヤの新米冒険者とは思えない動きについて追求してこない事が逆に不気味だった。


「あんたもワケありみたいだな。俺もそうなんだ、だから兄ちゃんには何も聞かねえがギルドで見かけた時に相当の手練だってことはわかった」


「質問だが、他の冒険者と手を組んで探したほうが効率的ではないのか?」


 モモにそう言われるとゴラテは下を向いて話し始めた。


「ユーカの実は金にならないんだ、1日持たないぐらいで傷んで食べられなくなる。だからわざわざそんな金にならない物のために依頼を受けるやつなんか居ない」


 ふぅとゴラテはため息をついて続けて言う。


「子供が病気でな、どんな薬でも良くならなかった。周りからも金を借りて医者や治癒術士に見せて、高い薬も飲ませたんだがどれも効果はなかった……」


 ふとゴラテは話し始める。


「ただ、1回だけ手に入ったユーカの実を食べさせた時だけは数日苦しくなさそうにしていたんだ」


 ゴラテのその表情と声を聞いた瞬間、モモは急にあの大男の背が疲れ切って頼りない物に見えてしまった。


 男は遠い目をしていた、その表情はどんな言葉よりもこの男を少しだけ信用しても良いかもしれないと思わせるものだった。


「それにみんなも最初は金を貸してくれたんだが、俺が子供の世話でつきっきりだと当然金は入らなくなる。金が返せないと気付かれたら頼れる宛は無くなっちまったって所さ」


 次の瞬間、大男はムツヤ達に頭を下げた。


「頼む、俺の女房も似たような病気で死んじまったんだ。せめて子供だけでも助けてやりてぇんだが、もう症状が悪くなって虫の息だ。多分もう長くはない」


 ムツヤもモモも黙ってゴラテの話を聞いていた。


「多分もうアイツは長くない、だからせめて1日だけでも良いから苦痛を感じさせないようにしてやりたいんだ!」


「探じましょう」


 暗い空気を打ち破るようにムツヤが唐突に言葉を出して立ち上がった。


「そのユーカの実ってのを探せばいいんでずよね?」


 そう言ってムツヤは目をつむり、スーッと息を吸い込んで横に両腕を伸ばした。するとムツヤの足元に魔法陣が浮かび上がる。


 ムツヤは病気に効く果実を想像した。


「ムツヤ殿! サズァン様からの言いつけが……」


 モモは小さく耳打ちをしたがムツヤは辞めようとしない。


「見えましだ、あっちです」


 ムツヤが使ったのは周辺に自分が欲しいと望む物が近くに無いか探す魔法だ、ゴラテは驚いて目を丸くしていた。


「お前、本当に何者なんだ……? いや、聞くのはやめておく。それよりも本当にそっちなんだな?」


 ムツヤはこくりと頷く。ムツヤの案内で2人は急いでその場所へと向かう。


 そこは葉っぱが生い茂る森のなかにポッカリと穴が空いたみたいな、見晴らしのいい場所だった。ゴラテは周辺を探してため息をする。


「ユーカの葉っぱはたくさんあるが、実だけは動物が食ったか冒険者が持っていったか知らないがこの1つだけだ」


 隠れるように実っていたユーカの実が1つ、他にもないかと3人は探し回ったが結局1つだけだった。


 日が暮れた後の山は危険なのと、ユーカの実が早速傷みだしているので3人は下山する事にする。


「推薦状は書いてやる」


 帰り道の途中でポツリとゴラテは言った。しかしどうしてだろうか、あれほど欲しかった推薦状なのにムツヤは素直に喜べなかった。


「探しましょう、明日も明後日も」


 ムツヤがそう言うと振り向かないまま疲れ切った背中を見せてゴラテは言う。


「悪いな、本当に感謝する」


 ゴラテが推薦状を書いてやるから家に来てくれと言い、2人はゴラテの家へ寄り道をすることにした。


「ユモト帰ったぞ」


 ゴラテは玄関を開けるとそう言ってランタンの火を掲げた。寝室で横たわっているのは華奢な体をした色白の人間だった。


 毛先がくるくるとした髪を肩に付くぐらいに伸ばしている。髪色は茶色に緑を少し混ぜた様な感じだ。年はムツヤと同じぐらいだが、ずいぶんとやつれていた。


「おかえりお父さん」


 そのやせ細った体は触れたら壊れてしまいそうな印象を与えてきた。寝間着は少しはだけて胸元が見えている。


「こ、こんばんは俺はムツヤっていいます」


 モモとは違った可愛らしさにムツヤは緊張して自己紹介するが顔はニヤけていた。それを見ていたモモは少しムッとする。


「私はムツヤ殿の従者のモモだ」


「ムツヤさん、モモさんはじめまして。ユモトです。横になったままですみません」


 そう言ってニッコリと笑うユモトの顔はまるで花が咲いたように明るいものだった。


「ゴホッゴホッすみません、咳が止まらなくて」


 ユモトは落ち込んだ顔をして申し訳なさそうに言う。


「ユモト悪い、ユーカの実は1つしか見つからなかった」


「ありがとう父さん、皆さんもありがとうございますね」


 笑顔を作りながらもユモトはだいぶ苦しそうだった、目の前で苦しむユモトを見てムツヤはある事を決める。


「あのー、もしがしたらこの薬が効くかもしれません」


「ムツヤ殿!?」


 ムツヤが塔の中で拾った薬を使おうとしていることをモモは察した。


 止めようかとも思ったが、自分の妹も薬で助けられた事もあって何も言えなくなった。


 後はムツヤの判断に任せるだけだ。


「これはえーっと、そうだ! 俺の親の形見でどんな病気も治る薬らしいです」


 サズァンからの入れ知恵をふと思い出してムツヤが言うと、ユモトもゴラテも目を丸くして驚く。


「ムツヤさん、お気持ちはありがたいのですがそんな大切なものは頂けません」


 ゆっくりと上半身を起こしユモトは言ったが、しかしゴラテは別の考えを持っていた。


「ムツヤ! お前それは本当なのか?」


「えぇ、まぁ」


 効果は自分で実験済みだった。どんな毒も病気も治る青い薬、それをカバンから取り出す。


「頼む、譲ってくれ! 金でも何でも用意する!」


 わらにもすがる思いでゴラテは頼み込む。もうどんな僅かな可能性にも賭けてみたかったのだ。

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