二人は石造りの立派な建物の前に再びやってきた。1時間前には食事を摂るために来たが今度は違う。
ムツヤは愛刀であり魔剣『ムゲンジゴク』のレプリカを腰に付け、裏ダンジョンで拾った鎧からしたら見劣りはするが、充分に立派な皮の鎧を着ている。
まず、この世界で冒険者になる為にはこの冒険者ギルドで登録を済ますことがほぼ必須条件だ。
何故ならば冒険者としての登録がないと各地から集まる依頼を受けることが出来ず、つまりは生計を立てることが出来ないのだ。
ムツヤは興奮を抑えられずに居た、ここから自分の冒険者としての旅が始まるという事と。
そして、念願のハーレムを作る第一歩を踏みしめることが出来る喜び。
受付に並び、そしてムツヤは自分を落ち着かせて言った。
「あのっ、冒険者になりだいんですが!」
すると受付の女性はにこやかに言葉を返す。
「はい、それではこちらの用紙へ記入と身分証をご提示頂けますでしょうか?」
「みぶん?」
しまったとモモは思う。自分の中でもまだムツヤが隔離された別世界から来たという事を甘く見ていたことを痛感した。
正直に話したらサズァンの言う通り良からぬ輩に目を付けられるだろう。ここは言葉を濁しながら話すことにする。
「こちらのムツヤ殿は異国の地から来たのです」
「それでしたら外国人登録証をお持ちですか?」
決して嘘は言ってないが下手なことは言うものじゃなかったと頭を抱える。
このままでは冒険者としての登録どころか不審人物としてムツヤ殿が目を付けられてしまう。どうしようかと考えていると後ろから声が掛かる。
「なんだ、お前冒険者になりたいのか?」
大柄で立派なヒゲを蓄えた男がそこには居た。種族は人だがその見た目は背の高いドワーフと言われてもおかしくはない。
「ゴラテさん……」
受付嬢があまりいい顔をせずにその男の名前を呼んだのをモモは見落とさなかった。理由はわからないが、いい話にはならない気がする。
「まぁ、困ったことがあったら俺に言いな。悪いようにはしないからよ」
モモは返事をしなかった、いくらなんでも胡散臭いというか、なるべく関わり合いになりたくないタイプの人間だ。しかしムツヤは違う。
「本当で」
モモはまた後ろから抑え込むようにムツヤの口を抑え、そして男に言った。
「いや、結構だ」
「そうかい、まー気が変わったら来てくれや」
男はそれだけ言うとノシノシと歩いて二人の元を去っていく。
そして、ムツヤを抱き寄せて口をふさいだ事にモモは赤面して頭の中に色んな考えがグルグルと浮かんでいた。
「あのー、ところでオークのお嬢さんはどうなさいますか? 身分証と簡単な戦闘のテストを受けていただければ冒険者として登録ができますが」
受付嬢はおずおずとそう言ってきた。モモは冒険者になるつもりは無かったので断ろうとするが、続けられた言葉で少し考えが変わる。
「オークのお嬢さんが冒険者になれば、そちらの方も従者としてなら一緒に依頼やモンスターの討伐を受けることができますが」
「そうなのか!?」
「はい」
モモが驚いて言うと受付嬢はにこやかにそう返事をした。だがモモは冷静に考えてみる。
自分が冒険者になればムツヤ殿と一緒に色々と冒険ができるのだろうが、それはムツヤ殿が冒険者になるという目標の達成にはならない。
そしてふとムツヤの顔を見る。ムツヤは酸っぱいものでも食べた様に顔をクシャクシャにして悔しがっていた、そしてそのまま言う。
「モモさんが良ければ冒険者になってください、俺は従者でもいいです」
モモは「はい」と小さく言って手続きを進めた、その間もムツヤはクシャクシャムツヤのまま悔しがっている。物凄く気まずい空気が冒険者ギルドの受付を支配していた。
「はい、ありがとうございます。書類上は何も問題がありませんので、準備さえ整っていればすぐにでも戦闘のテストを始めますが」
「よろしく頼む」
「ではこの書類を持ってギルドの闘技場、ここからずーっと歩いて左側ですね。そちらに向かって下さい」
モモは椅子に座っているクシャクシャムツヤに声を掛ける。
「ムツヤ殿、この後私のテストがあるらしいので一緒に行きませんか?」
ムツヤはまだ落ち込んでいたが、モモの後を付いて行き、ギルドの闘技場へ来た。
おそらく戦うであろう場所は四角い大きな石畳が正方形に敷き詰められており、そこをぐるりと囲んで観客席がある。
観客席にはぽつりぽつりと人がいるが、みんな暇つぶしや足休めに座っているだけのようだ。
「あーはいはい、連絡石で一人来るって聞いてたよん。私は試験官の『ルー』召喚術師よ! よろしく」
ルーと名乗る試験官は背丈がモモよりも頭2つ分小さく、まるで子供のようだった。その大きな胸以外はだが。
少し不健康そうな白い肌と銀髪。それと対照的な紺色の魔術師が着るようなローブを身にまとっていた。
「モモと申します、よろしくお願いします」
ルーは片手を差し出して握手を求めてきた。その小さい手を軽く握るとバサリと大げさにローブをはためかせて話し始める。
「モモちゃんには私が今から出す精霊とあの上で戦ってもらうよ、それで勝ったら終わり。簡単でしょ? でも油断すると怪我じゃ済まないかもね」
ルーは闘技場中央の石畳を指さして言った。ギルドの試験での怪我や死亡事故は全て自己責任と、さきほど念書を書かされたのはその為かとモモは納得する。
「なるほど、わかりやすくて良さそうだ」
モモが闘技場の中心に立つとルーは杖を掲げ光らせる。そんな光景を観客席にポツリと座ったムツヤは見ていた。
ルーが何かを唱えると青白い鎧をまとった精霊が3体モモの周りに現れる。
モモはまず左端の1体に飛びかかった、相手の剣をするりとかわすと懐から切り上げて一撃を食らわせ、押し倒されないよう蹴り飛ばした。
次の攻撃を仕掛けてきたのは右端の精霊だ。剣を振り下ろしきる前にモモは盾でそれを受け止めて鎧の隙間から剣を突き刺してそのまま乱暴に抜く。
束ねた後ろ髪をたなびかせ、くるりと半回転し最後の敵に対峙する。横薙ぎに来た斬撃は後ろに飛び跳ねてかわし、そのまましゃがみ込んで大きく前へ踏み出し精霊を切り捨てる。
「はーい、終了終了。モモちゃん中々やるねー」
試験はあっさりと終わってしまい、ルーは手をパンパンと叩いて喜んでいた、モモは少し恥ずかしそうに笑うと石畳を降りて合格のサインがされた用紙を受け取る。
こうしてモモは晴れて冒険者になった。そしてムツヤはというと。
「おめでとうございますモモさん……」
「そう落ち込まないで下さいムツヤ殿……」
ムツヤは落ち込む時、それはもう分かりやすいぐらいに落ち込む。靴を脱いでギルドのソファの上で三角座りをしてコンパクトムツヤになっていた。
「おい、にいちゃん訳ありだろ?」
ムツヤに声を掛けたのは先程の大男、確かゴラテと呼ばれていた男だ。モモはあからさまにその男に対して警戒心をあらわにする。