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冒険者になろう 2

 食事と会計を終えた二人は一度冒険者ギルドのレストランを出た。


 オークの村の村長に口止めを頼むためにどこか人気のない場所を探す。しかし街中で使えばどこで誰に見られるか分からないので宿を取る事にする。


「私が街に来る時、使っている宿があります。そこで空き部屋が無いか聞いてみましょう」


 モモに案内され少し道を歩いてたどり着いた宿屋を見たムツヤの感想は「お世辞にも綺麗とは言えない」というものだった。


 しかし、それは経年劣化でサビや塗装が剥がれてそう感じるだけで、決して不衛生ではない。


 扉を開けて中に入ると掃除が行き届いたフロントがそれを物語る。


「誰かと思えばえーっと、あぁ、オークのモモちゃんかい」


 メガネを掛けた白髪の老婆が2人を出迎えた、客を出迎えるのに立っておじぎをするでも無く。ロッキングチェアにどんと座り、ゆらゆらと揺れていた。


 フロントで数人の亜人や貧乏な冒険者たちが座ってタバコを吸っている椅子よりもよっぽど豪華だ。


「後ろの兄ちゃんは連れかい?」


 いぶかしげに老婆はムツヤを見た。この宿は一見さんが歓迎されないことと、上からの目線の接客に目をつぶれば安くそこそこ綺麗な部屋に泊まれるのだが。


「は、はじめましで!! 俺はムツヤっでいいまず!」


「はっ、どこの田舎っぺだいその訛りは」


 老婆は歳をとった女独特のネチッこい、シャクにさわる声色で言う。このままではまたムツヤの心が折れて三角座りを始めると思い、モモはすかさずフォローに入る。


「グネばあさん、ムツヤ殿は異国より来たのだ。多少の言葉の違いもある、私は訳あってムツヤ殿の旅のお供を」


「訳って何だい? 惚れた腫れたかい?」


 モモは顔に血液が集まってくるのを感じた、左手を胸に当てて前のめりに否定をした。


「ち、ちがう、ムツヤ殿に少し世話になっただけだ!!」


「わかったわかった、そういう事なら一緒の部屋で良いね?」


 グネばあさんと言われた老婆はそう言ってニヤリと笑う。わざとか勘違いかは分からないがこの状況を楽しんでいることだけは確かだった。


「い、いや、流石に同じ部屋で寝るってのは……」


「別に俺は大丈夫ですよ、モモさんどは一緒に寝ましだし」


 ムツヤがそう言った後、少し騒がしかったフロントは静まり返る。


 少し考えてモモは理解した、きっとムツヤ殿は自分の家に泊めた時の事を言っているのだと。


 しかし、あまりにも言葉が足りなすぎる。沈黙を破ったのはグネばあさんの笑い声だった。


「ひゃっはっはっは、何だいそういう事かい。それならセミダブルベッドの部屋でいいね?」


「ち、ちが、ムツヤ殿とは」


「良いじゃないか、平等宣言されたんだから恋愛だって自由さ」


 グネばあさんはうんうんと一人で納得してそう言う。


 モモはどこから何を説明すれば良いのかパニックを起こして心臓の鼓動が高鳴りすぎて気絶しそうだ。


 ムツヤは何が起こっているのか全く分からない様でアホ面で取り残されている。


「良いかい、汚すんじゃないよ?」


 ニヤリと笑ってそう言うとグネばあさんはよっこらせと立つ、そしてシワシワの手で握った鍵を台の上にコトリと置いた。


「だ、だから、ムツヤ殿が言っているのはそういう変な意味ではなく私の家に招待した時の」


 しまったとモモは思う、まるで泥にハマった時の様にもがけばもがくほど勘違いは深くなっていくみたいだ。


「モモちゃん、他のお客もいるんだ。わたしゃそういう話は嫌いじゃないが後でゆっくり聞かせてもらうよ」


 気が動転し、一刻も早くあの場を離れたかったモモは結局セミダブルのベッドが1つだけの部屋に入ってしまった。モモは椅子に腰掛けると遠い目をしていた。


「あ、あの、俺なにがまだ変なごど言ったんじゃ」


「いいえ、ムツヤ殿は悪くない、悪くないのです……」


 気持ちを切り替えなくてはいけない、ムツヤの持つ不思議な道具で村長へ連絡を取らなくてはとモモは頭を振る。


「ムツヤ殿、それでは村長と話が出来る道具を貸して頂きたいのですが」


「あぁ、これですね」


 ムツヤが取り出したのは親指の先ぐらいのガラスのように透き通る小さな赤い玉だった。


「これをですね、話したい相手のことを思いながら壁にこう、叩きつけるんです」


 ムツヤはそう言って壁に玉を叩きつけた、破片は綺麗に4つに割れ、叩きつけた所を中心に四方へ壁を走り、赤い長方形が壁に浮かび上がる。


 そして次の瞬間、いきなり窓が現れたように村長を映し出していた。


 モモは驚いて村長を見る、村長も同じ様に驚きこちらを見ていた。


「村長、えーっと、聞こえますか?」


「あぁ、何だこれは」


 会話も出来る。こんなものを見せられたら、触れると光る玉で何とか意思疎通をしようと、苦労して信号の様に1文字ずつ文字を送っている冒険者達が不憫になってしまう。


「村長、ムツヤ殿の道具をお借りしています、それでお話があるのですが」


「それは良いのだが少し待ってくれないか……」


 あっとモモは気付いてしまった。村長の顔の後ろ、この背景はどう見てもおっトイレだった。


「失礼しました…… ムツヤ殿、その、村長は今お取り込み中というかおトイレ中というか」


「あーっ…… ごめんなさい」


「いや、良いのです」


 村長のトイレを覗いてしまい、便利すぎるのも考えものなのかもしれないと思うモモ。


 ムツヤは壁に張り付いた玉の破片の一つを取ると他の破片もパラパラと床に落ちていった。しばらく待ち、もう一度赤い玉を割って村長と話すための準備をする。


「先程は失礼しました。しかし驚きましたな、こんな術がこの世に存在するとは」


 村長は感心していた。離れていても、こうして会話が出来る道具など実際に目にしているモモでさえ現実感がわかない。


 モモは村長にムツヤの村での活躍と、持っている不思議な道具の事を村の皆に口外しないよう伝える。


「確かに、伏せていたほうがムツヤ殿も冒険がしやすくなるだろう。わかった、村の皆には私から伝えておく」


「お願いします、ムツヤ殿これで話は終わりましたが」


「あぁ、そうですか。それじゃ村長さんまた会いましょう」


 そう言って壁から破片を取り外す、この破片は溶けて消えてしまうので掃除も必要ない。その後モモはなにか言いたげにもじもじとしていた。


「ムツヤ殿! もしも、余りがあるのであれば私にこの玉を1つ分けては頂けないでしょうか? 父と…… 話がしたいのです」


 モモの父親は傭兵として各地を渡り歩いていた、3ヶ月に1回の仕送りと簡単な近況報告の手紙が来ていたのだが、もう数年も来ていない。


 久しぶりに父の声を聞きたい気持ちと、オークの村の件を伝えておきたかったのだ。


 しかし、もしかしたらこの玉は貴重なものなのかもしれないと遠慮してしまう気持ちもある。


「あぁ、良いですよ。1000個ぐらいありますし」


 やっぱりムツヤはアホほど持っていた。ムツヤがカバンから取り出したそれを受け取ると、モモは父の事を思いながら壁に叩きつけた。


 しかし、玉は割れず、床にコロコロと転がる。その後何度か試したが同じ結果に終わってしまった。残念そうな顔をしてモモは拾い上げた赤い玉をムツヤへと返す。


「モモさん?」


「父は遠い所で戦っているのでしょう。ありがとうございました、この玉はお返しします」


 そう言ってモモは寂しげに笑った、ムツヤの道具は便利なものばかりだが、流石に性能には限界がある。


「では、行きましょうか! 冒険者ギルドに」


 モモは笑顔を作ってムツヤにそう言った、共に旅をすればどこかで父に会えるかもしれないと思い自分を奮い立たせて。

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