旅の疲れからか、ムツヤがウトウトし始めた頃に大きなひと仕事を終えたとばかりにギルスは二人に声を掛けた。
「お待たせーお二人さん、いやー時間掛かっちゃったよ、流石にこれは。回りくどいことは嫌いだからハッキリ言わせてもらうけど、今の俺の持ち合わせじゃ買い取りが出来ないな」
一瞬モモは驚いて目を丸くしたが、ムツヤの持ち物だと思えば納得もいく。
「なるほど、素人目にも業物だとは思ったが」
「本当ですかギルスさん!?」
ムツヤも驚いていた、あれって塔の1階に毎回2本3本は落ちてるから最近は見向きもしなかった剣だったのにと。
「あぁ、これは武器としての価値はもちろんあるが、どちらかと言うと骨董品としての価値があるね~」
続けてギルスは言う。
「今から200年前のパン・トーテ戦争時にこの国の部隊長が持っていた剣だね。ってことは君のご先祖さんはパン・トーテ戦争に参加してたのかもね」
剣の由来までギルスは解説を入れてくれた、あの剣にそんな歴史があった事をムツヤはもちろん知らなかった。
「まーそれほど珍しい剣じゃないけどこれは保存状態も良いからウチで買うなら80000バレシかなぁ。前もって言ってくれれば金は用意しておくんだけど平日じゃそこまで現ナマ置いとかないからなーウチは」
「8万バレシ!?」
安物の剣でも売値が3000バレシ程度だとするとかなりの高値だ。予想以上の値段にモモは驚きの声を上げる。
「どうしてもって言うなら今の俺の手持ちで買ってもいいけど3万バレシが限界かなー。鑑定料は初回サービスでまけておくから古物商に持って行ったほうが良いよー」
そう言ってギルスはコーヒをすすり、タバコのパイプに草を詰め終えていた。
「それでも良いです、買って下さい」
オイルライターを持つギルスの手がピタリと止まり、そして顔を動かさないで目線だけをパイプの先からムツヤへ向ける。
「それ、親の形見なんだろう? そんなに安売りして良いのかい? まるでその辺で拾ったみたいにさ」
ムツヤはドキリとし、流石にモモも冷や汗をかいた。
モモは今の情報を元に、適当な作り話をして古物商にでも売り渡そうかと考えていたので、突然のことに思考が停止する。
ムツヤは別に後ろめたい事は無かったが、拾ったという事を当てられて言葉が出てこなくなった。
「お、俺はその剣を売っで鎧とが剣とが、冒険者の必要なものを買っで! 冒険者になりたいんです!」
ムツヤは本心を話してみる、するとふーんとギルスは言った後に続ける。
「まー家庭の事情ってそれぞれだから深くは言わないけどさ、俺は金にさえなれば何でも良いからね。君にはだいぶ不利だけどこの剣3万バレシ……」
そこまで言って一旦ギルスは言葉を止めた。
「だけじゃ流石に俺も『大通りの肥溜め以下の悪徳商人』みたいになっちまうから、金とは別にこの店の好きな剣と防具をどれでも一つずつプレゼントでどうだい?」
「あ、ありがとうございます!」
ムツヤはパァーッと笑顔になって感謝の言葉を口にし、やっとギルスはタバコを味わうことが出来た。
「いやいや、むしろお礼を言うのはこっちの方なんだけどね…… お金の準備をしておくから適当に選んでてよ」
厳重に鎖で繋がれている剣、壁に立てかけられている剣、色々な形の剣があったが、ムツヤは木箱の中に適当に入れられた何本かの剣に注目する。
見つけた途端大声を上げそうになるが、自制し小声でモモに話しかけた。
「モモさんモモさん、これ塔の中にあるやづですよ! 斬ると炎が出てくるやつ!」
確かに先程までムツヤが腰に下げていた剣にそっくりだ、使っている所は見たことがなかったが。
だがそんな貴重なそんな物が1本3000バレシで投げ売りされているはずが無いことだけはわかった。
「多分それはよく似た別物でしょう、それよりどうせでしたら値の張る良い武器を」
モモの言葉を完全に無視してムツヤは見覚えのある武器を手に取っているのを見てあぁ、絶対に「これが良い」って言うんだろうなと察しが付く。
仕方がないから鎧だけでも何か良い物を見繕うことにする。
「ムツヤ殿、鎧はこちらと……、こちらではいかがでしょうか?」
モモは2つの鎧を指差す、片方は重厚な銀色の鎧だ。値段は20000バレシ、この店では一番良い鎧だろう、手入れもしっかりとされている。
もう一つは革を何層にも重ねて急所にだけ鉄板を仕込んだ軽い鎧だ。こちらの値段は10000バレシと少し安めだ。
留め金の赤サビが気になるが、動きやすさを好むムツヤには気に入りそうな一品だ。
「うーんと、そっちの革の方がいいですかねー」
やはりムツヤは動きやすい鎧を選んだ。すると丁度店の奥から金を用意したギルスがやってきた。
「はいはい、お決まりのようで。って、鎧はまぁ分かるけど剣は本当にそれで良いのか?」
ムツヤが手にとってカウンターまで来た剣を見てギルスはそう言った。安物で済むのであれば売上的には喜ばしいことだが……
「はい、気に入っだので!」
まぁ客がそう言うなら良いかと、ギルスはせめてその剣の説明だけはしてやることにする。
「その剣は魔剣『ムゲンジゴク』って奴のレプリカだ。レプリカつっても本物は誰も見たことが無いから形が正しいのかは誰も知らないけどね~、何でも本物は斬りつけたら相手が火だるまになるらしい」
「へぇ~」
剣が伝説の魔剣のレプリカである事と、本物の魔剣はまるで子供が自由に考えた空想のような効果を持つことに対しての生返事だとギルスは思っていた。
しかし、実際はムツヤの間抜けな返事は最近愛用していた剣の名前を知ったことに対するものだ。
『何当たり前のように伝説の魔剣を持っているんですかムツヤ殿!』とモモは心の中でツッコミを入れていた。
「鎧は特に由来も何も無い、ただの上質な革鎧だ。それじゃ取り引き成立って事でいいかな?」
さっと右手を出してきたギルスの手にハッと気付いて今度はしっかり握った。
「はい、ありがとうございます!」
ニッとギルスは笑って手を離した後に、少し真面目な表情をしてムツヤに語りかける。
「それとムツヤくん。これは友人としての忠告だけど、好きなものを持っていっていいと言われたら高価なもんを持っていくか、使わなくてもゴネて盾も貰っちまえば良いんだ、そしてどっか別の場所で売ればいい」
そこまで言ってギルスは少し間をおく。
「人は金を使って生きている、金の話を汚いって嫌う馬鹿もいるが、社会で生きる以上金は大切なんだ。金が全てとは言わないが、金が無いとみじめな思いをする機会が増える」
「友人? お、俺とギルスさんは友達なんですか!?」
「あ、あぁ、そうだな。これからもよろしく頼むよ」
食いついてくる所そこかよとギルスは苦笑いをする。
説教なんてキャラじゃないのに年下の冒険者に忠告を入れてやったのだが、お説教の内容はムツヤの少々残念な頭には入っていなかったらしい。
「モモさん、やりましだ! 俺生まれて初めで友達が出来ましだ!」
ギルスはポカンとしていた、コイツ友達が居なかったのか? よっぽどの訳ありなのだろうかとモモに目配せをするが、彼女は魂が抜けた顔をしていた。
自分は友人だと思われていなかったのかと、ハッキリ分かりモモはショックを受けていた。従者になると言ったのは自分自身なので仕方が無いのだが……
「ギールースー…… お前がムツヤ殿の初めてだと?」
「ちょっ、ちょっと変な言い方はやめてモモちゃん? おーい、ムツヤくん? モモちゃんは先にもう君のお友達だったようだよ?」
緑肌の美人が顔を寄せてくるのは結構なことだが、とばっちりで怒りの矛先を向けられるのはたまらないとギルスはムツヤに助けを求めた。
「そうだっだんでずか!?」
「え、あ、いやぁ…… わ、私はムツヤ殿の従者であり、友人になるなんてそんなおこがましい望みを持つことは…… しかし私はムツヤ殿が望むのであれば何者にでもなる覚悟は……」
さっきまでの威勢はどこにやら、モモは口元に手を当ててモジモジと左下に目線を移して話し始めた。
「難しい言葉はわがんないけどモモさん嫌がってるみたいです」
あ、こいつバカだ。
ギルスはわかってしまった、ムツヤは馬鹿でモモはモモで回りくどすぎる。パーティを組むには酷い組み合わせだ。
今度はムツヤがあからさまに落ち込む。
「モモさん俺のこと嫌いだったんですか?」
「いえ、違う! 違いますムツヤ殿!!」
「大丈夫だよームツヤくん。モモちゃん君のこと大好きだって」
髪を指先でくるくるいじりながら面倒臭そうにギルスは言った。するとまたモモは慌てふためく。
「い、いや、ちがう、いや、違わないが、き、貴様何を言うかだ、だだだ、大好きって貴様」
「やっぱりモモさん俺のこと嫌いなんですね……」
噛み合わない、徹底的に2人の会話は噛み合わなかった。
「あーもー痴話喧嘩は外でやってくれ!!」