「後はその装備も人前ではダメよ、もちろん塔で拾った他の物も人前ではダメ。駆け出し冒険者がそんな剣と防具を持っているなんて目立っちゃうでしょ? 人前で使っていいのはその指輪だけ、じゃないとあなた文字読めないだろうし……」
「えー、駄目なんでずか?」
カッコイイ燃える剣と快適な鎧を着てはいけないと言われ不満の声を漏らすが、サズァンの言うことなので大人しく従うことに決めた。
「でもお金がないと当分の間大変でしょうし、塔の1階で拾えるモンスターを切っても何も起こらない剣あるでしょ? アレなら1本だけ売っていいわよ」
塔の1階で拾える剣と首を傾げながらムツヤはカバンから1本剣を取り出す。
それはモモが見ても業物だと分かるぐらいに立派な剣だった。
「そうそう、それそれ! でねー…… 親がいないムツヤに言わせるのもひどい話だけど、親の形見って言えば大概はどうにかなるからそう言って売ってきなさい」
「親の形見かー」と小声で呟いた後わかりましたとムツヤは返事をした。
隣で事情を聞いていたモモも少し酷なのではないかと思ったが、代案を思いつかなかったので黙っている。
「ごめんねームツヤ、寂しかったら私をお姉ちゃんかお母さんだと思って甘えて良いのよ? もう魔力が切れちゃうからまたね!」
そう言ってサズァンはムツヤを抱きしめた、抱きしめると言っても幻影なので感触は無い。
最後の邪神とは思えないような行動にモモは驚くが、そのままサズァンはスーッと消えていった。
ムツヤが「じいちゃん以外と話した事が無い」と言っていたので察しは付いていたが、こういう時になんと言えば良いのかモモは言葉に詰まってしまう。
ムツヤの顔からは笑顔が消えてしまって気まずい、何か間を持たせなくては。
「ムツヤ殿、実は私も5年前に母を病気で亡くしたのです」
言ってしまってハッと後悔した。元から居ない事と、小さい頃には親が居たことはまるで別の話だろう。
ムツヤは遠い目をしたままだ、やはり余計な一言を言ってしまったのだろうか。
「モモさん……」
「はい……」
モモは次のムツヤの言葉が怖くて、目を逸らして返事をしてしまう。
「サズァンさまにこう、こう抱きづがれるっで奴ですか!? されちゃいましだよ! 感触が無いのが残念ですけんども!」
興奮して鼻息荒くムツヤは言った。空元気で道化を演じている…… 訳ではないみたいだとモモは思う。
元気なのは何よりだが、何かこう納得がいかない。
純粋さはムツヤの長所でもあり短所でもあった。
「よーっし、それじゃ街まで頑張りましょう!!」
剣と鎧をカバンにしまい込んで、茶色のTシャツとカーキ色のズボンを履いたムツヤは、それはそれはもうどこから見ても一般人だった。
「危ないムツヤ殿!」
「え?」
歩きながら小石でも蹴飛ばすように巨大なヘビを足で弾くこと以外はだが。
塔の中で読んだ魔導書の能力で、武器を持たず攻撃をする場合は体が鋼のように硬くなり、その運動エネルギーも数十倍にすることが出来る能力をムツヤは身に付けていた。
この能力は攻撃をする意志を持ってパンチだのキックだのを出した時にしか発動しないので、素手で剣を叩き折ることは出来ても、攻撃をする時以外はモモを助けようとした時の様にあっさりと刃物が手を貫いてしまう。
本人は感覚と経験で発動する条件を理解しているが、魔導書のおかげだという事は気付いていない。
ある日突然出来るようになったと今も思っている。
ちなみにその魔導書はとある高名な魔術師が10年の歳月を掛けて書き上げて、恩恵も最初に読んだ者のみが受けられるという貴重な一品だった。
もしあの世があるならば、そこでムツヤは魔術師に泣いて詫びるまで殴られることだろう。
「ムツヤ殿…… そういった事も人目がある所では避けては頂けませぬか、スナヤマヘビを蹴り飛ばす人間なんて聞いたことが無い」
「そうなんでずか!?」
この先が心配になりながらも、モモはベルトの留め金をカチャリと外して自分の短剣をムツヤに手渡す。
「これをお貸しします、良いですか? 自分の身に危険が及ばない範囲で素人の様にモンスターを倒して下さい」
「わ、わがりました……」
次に飛び出してきたイノシシのお化けみたいなモンスター相手にムツヤは緊張した顔をする。
それだけならばまるで駆け出しの冒険者なのだが……。
次の瞬間、モンスターは右脇腹から鮮血を吹き出し、臓物を流して倒れる。
ムツヤは「今のはいい感じでしょう」と言いたげにモモの方を振り向くが、モモは頭を抑えて下を向いていた。
ムツヤもしょんぼりと下を向いた。
――
――――
――――――――
「あっ、あれ人じゃないですか人!?」
オークの村は街道から
「私にはハッキリ見えませぬが、街道に出ましたからね」
しかし、大きな街道に出れば話は別だ。人の往来も巡回する兵士も居る。
ムツヤがこの世界で初めて見かけた自分と同じ種族は男の狩人だ。
それなりに五感の働くモモにもゴマ粒ぐらいの点にしか見えなかったが、当たり前のように千里眼が使えるムツヤは、集中して見つめると男の瞳の色までハッキリと認識できた。
こちらに向かってくるのですれ違うだろう。
ムツヤはドキドキとしながら挨拶をする練習を頭の中で繰り返す。
こんにちは始めまして私はムツヤと言います。こんにちは始めまして私はムツヤと言います。
緑色の帽子を被った男とすれ違う距離まで来た時、ムツヤは男に早足で近づいた。
男は身構えて腰の剣に手を乗せる。掴みはしないが正体不明のオーク連れの人間を警戒していた。
「はっつ始めましてこんにじは!! お、私はムヅヤど言いまず、よろじぐお願いしまず!!」
ツギハギだらけのボロボロの挨拶をムツヤは繰り出した。
帽子の男は5秒ほどの時間を置いてゆっくりと、頭の中を整理して自分が挨拶をされた事に気付く。
「あ、あぁ、こんにちは……」
「も、申し訳無い、私はムツヤの従者でモモと申します。主は異国より参ったので文化の違いで驚かせてしまいました」
「あー、あーあーそういう事……」
モモがすかさずフォローに入ったが三人の間には気まずい空気が流れ、モモを振り返ったムツヤは泣きそうだ。
「悪いけど、急ぎの用事があるんで。あっ、街はあっちの方ね、良い旅を」
それだけ言い残してそそくさと帽子の男はどこかへ行ってしまった。
ムツヤは怒られた子供のようにしょんぼりとしている。
「ムツヤ殿、挨拶は悪いことでは無いのですが…… すれ違う相手だったら『こんにちは』ぐらいで大丈夫ですよ」
木の根元で三角座りをして分かりやすく落ち込んでいるムツヤにモモは屈んで優しくそう言った。
「でもぉ……」
「大丈夫、慣れです慣れ! 慣れれば加減もわかるでしょう」
そう言ってモモが手を差し出すとムツヤはそれを握り立ち上がる。
清潔な石鹸の香りがふわりと漂う。
その後は街に着くまでの間『こんにじは!』とムツヤが言うと人々は好意的に挨拶を返してくれた。
幸いな事にゴロツキのような輩ともすれ違わなかったので、ムツヤはどんどん自信を取り戻していく。
「うわー、モモさんあれスゲー!!」
ムツヤが指差す先、石で積まれた砦に囲まれたあの街こそが『スーナ』というこの国では3番目に栄えている街だ。
そこでモモはハッとしてムツヤに言う。
「ムツヤ殿、街に着いたらすれ違う人全員に挨拶は不要ですので」
「えぇ、どうしてでずか!? この道ではしていたのに?」
やっぱりやる気だったのかと、モモはムツヤの行動が大体読めるようになってきた。
しかし、ムツヤの質問の答えに行き詰まる。知り合いとならともかく、街で他人に挨拶をしてはいけない理由を改めて問われると返答に困る。
「えーっと、そうですね、街には人が多いので全員に挨拶をすると疲れてしまいますし、日が暮れてしまいます。なので省略…… という感じです。もちろん知り合いであれば別ですが」
「そうなんですかー」
言葉ではそう言ったが、どうにもムツヤはいまいち腑に落ちていなかった。
だが、モモが困っているみたいなのでそれ以上疑問をぶつけることは辞める。
それに早く街の中へ行きたい気持ちもあった。
眼前まで街が迫る、立派な石で積まれた砦と、大きな木の門。
両隣には兵士が立っていて、その間を通ると色とりどりの町並みが広がり、ムツヤは心が踊った。
人間にも色々な見た目がいる。子供に老人に、背の低い高い、太ってる痩せてる、女の子も髪の短い子長い子。