「おい、俺は人間を傷付けることはしない。さっさとどけ!」
「何を言っているんだお前は!! 何故こんな事をするんだ!!」
声から察するにその仮面の人間は男。
そして、仮面に描かれた逆三角形に見えるように打たれた3つの点とその下に横に長く引かれた一本の線。そのシンボルをモモは知っていた。
「見ればわかるだろう、俺はキエーウの一員だ」
「キエーウ?」
初めて聞く名前にムツヤは首を傾げ、モモだけが「なるほどな」と納得をした。
「ムツヤ殿、奴らは人間至上主義を唱え、他種族を弾圧している組織です」
「マジですか」
何だ知らないのかと仮面の男は思った。
確かに、このキエーウという組織の結成は20年前で人間よりも滅ぼしたい亜人共に名前が売れているのが現状だった。
だが名前も知らないというのはおかしい。異国の人間だろうか。
「いいか、人間以外の亜人は頭が悪く、醜く、それでいて人に害なす危険な奴らだ。劣等種だ」
男は左手を胸元まで上げて続ける。
「そんな奴らを奴隷として生かしておいてやったのに、浅ましくもそいつらは反乱を起こして人間様と同じ権利を主張しやがった」
気持ちよく仮面の男は語りだすと、お前だってそう思うだろうとムツヤを見た。
「それはお前の偏見だ、オーグだっで人と何も変わらないど思う、まぁ俺は人を良ぐ知らないけども!」
こいつも平等宣言後のお花畑教育の弊害かと仮面の男は辟易した。
この豚の化物が人間様と同じ権利を持つ? 人と変わらない? 反吐が出る。
「俺たちの殺しは救いでもあるんだよ!! 惨めに人間に憧れてもクソをするしか能がない亜人どもの命をさっさと終わらせてやってんだ、親切な救済なんだよ」
「もういい、お前どは話しでも無駄みたいだ」
ムツヤは人生で初めてここまでの怒りを覚えた。
何故、オークのことをそこまで酷く言えるのか。相手の考えはわからない。
わかりたくもなかった。
ふと、よく考えたら、祖父以外に初めて会話した同じ種族がコイツだと思うとムツヤは外の世界への憧れと幻想を打ち砕かれた様な気持ちになる。
「邪魔するってんなら、てめぇもやってやる!」
剣を構えてこちらに突進してくる男。
あまり時間を掛けると外をうろついて警備もどきをしている豚共が村に戻ってくる。
一匹ずつであれば負けない自信はあったが、まとめて来られるとこの間のように撤退をせざるを得なくなる。
男の斬撃を2回3回とかわしてムツヤは思う、何ていうか物凄く遅い。
さっきは相手が後ろを向いていたので勢いで殴りつけてしまった。
だが、その後に不意打ちでなければ歯が立たないぐらいに強いのではないのかと不安があったのだが。
「ウォッブ!!」
4回目の剣撃を難なくかわすとムツヤは手刀で男の腹を思い切り叩いた。
瞬間、男は横に吹き飛んで、木にぶつかり動かなくなる。
「あれ、あれ? も、モモさんあれって死んじゃったりしてないかな?」
ムツヤの戦いに加勢するタイミングを伺っていたモモは、あっさりと決着が付いて呆気にとられたが、我に返って返事をする。
「えっとー…… 触ってみないとわかりませんが、全然動きませんね」
「やっべー!! 人殺しはダメだっでじいちゃん言ってた!!」
昔、祖父から言い聞かされていた外の世界で絶対に破ってはいけない決まりごと。
それは人を殺すことだった、人を殺そうと思ったことがないムツヤはその決まりごとを不思議に思って話半分に聞いていたのだが、さっきの怒りで理解が出来た。
人は怒りが頭のてっぺんまで来てしまうとうっかり相手を殺してしまうのかもしれないと。
カバンに手を伸ばしているムツヤを見てモモはハッとする。
「ムツヤ殿何を考えている! その男は我々の仲間を殺してムツヤ殿まで殺そうとしたのだぞ!?」
「うーんと、それはわかっているんだけど…… 何が俺のせいで人が死んじゃうって思うど、ドキドキして…… 震えが止まらなくなっで」
ムツヤは自分の手で人を殺めてしまうかもしれないという事実にパニックを起こしていた。
胸の鼓動は止まらず、まるで耳の隣で太鼓を鳴らされているかのようにうるさい。
手はガタガタと震えだして小瓶の中で薬が激しく波をうっていた。
「ムツヤ殿……」
モモは目を閉じて軽く一呼吸して言う。
「薬を飲ませる前に動けないように拘束をしてください、それからじゃないとまた戦うことになります」
そうかとムツヤは『貼り付けると自分では剥がせなくなる札』を男の腕と足に貼り付け、薬を飲ませた。
「ピイイイエエエエエエ!!!!! ポッポポイポッポポイ!!!!」
ヒレーに呼ばれて駆けつけたオークの戦士達が聞いたのは別種族の男から放たれた奇声だ。
斬られ、倒れていたバラも本来であれば致死量の出血だったが薬が間に合い命を取り留める。
その後、キエーウという組織の男は昼頃にやってきた治安維持部隊のオークと人間に引き渡された。
モモはオークの村の出来事だからと軽視されることを心配していたが、それは半分正解で半分間違いだったのだ。
治安維持部隊内部の上の判断では辺境の村まで割ける人員が居ないので、この件は本部から応援を呼び、もう少し調査をしてからという、やる気の無いものだった。
だが、調査とは名ばかりでどうせ結局の所は放置して後回し、ということを見抜いた治安維持部隊に所属するオークが、同胞の危険を見過ごせないと半ば強引にこの村まで来てくれたらしい。
仮面の男は目撃証言と、何より開き直った男が亜人を殺すことの素晴らしさ、正当性を語り始めた為に証拠は充分だった。
「多分あの男はこの村から二人死人を出して、他の者にも深手を負わせました。余罪もあるでしょうし、死刑になるでしょう。私達の同胞の敵を討てました」
ムツヤはその言葉を聞いて何と言って良いのかわからなかった。それより自分の感情に整理が付かない。
「ムツヤ殿?」
「あ、いえ、何でいうが俺……」
きっと自分は変な考えをしているかもしれない。
モモさんにも失礼なことを言ってしまうかもしれないと一度はその言葉を飲み込もうとしたが、堪えきれずに吐き出す。