「えーっと、いやその何というべきか」
目の前でハーレムを作るなどと言っている男が居たらとしたら、そいつはほぼ間違いなくクズだろうし軽蔑の対象になる。
しかしながらモモは純真な目でそんな野望を語る男に何と言葉を掛ければ良いのか戸惑った。
「そこでモモさん。さっき何でもしてくれるって言ってましたよね?」
「あっ、うっ、それはその」
このタイミングで先程の口約束を持ち出されたモモは身構えた。
ムツヤの考え、次の行動、発言の何ひとつが分からない。ロースも流石に顔をしかめる。
「本当はお礼とか別に良かったんですけど、少しだけ頼み事をお願いしたいので聞いてもらえませんか?」
まさかとモモは思う。
いくらなんでもオークの中でも一番ぐらいに醜い自分を、と思いながら高鳴る鼓動と真っ白になった頭ではパッと浮かんだ言葉を口から吐き出すことしか出来ない。
「えっえっと、ムツヤ殿は素敵な方で、でもムツヤ殿は人間で私はオークで、し、しかも私は醜いですし……
それに知り合って時間が急すぎると思いますし、確かに何でもと約束はしましたが、お互いをもっと良く知り合ってからというか、で、でもムツヤ殿がどうしてもと仰るのなら……
それでハーレムじゃなくて本当に真剣に私だけなら…… って私は何を言っておるのだ!」
「どうしたんですかー? モモさーん?」
ムツヤは今までとは明らかに違う、慌てふためくモモのことが若干心配になる。
モモは今まで男から甘い言葉を言われた事がない。
オークの美的感覚では鼻が低く、下顎から立派な牙が生え、体は太い者が美男美女とされている。
その価値観から言うとモモはオークにとっては醜く見えてしまう。
それ故に、せめて私は強くあろうと、逞しい戦士になれるようにと、この様な態度と話し方になったのだが、今やそれはみじんも感じられない。
「でもやはり勘違いで斬りかかった私を身を挺して助け、更には妹や村のみんなの命を救っていただいた恩は忘れる事が出来ませぬ。戦士に二言は無い! 私はムツヤ殿に一生忠誠を誓い」
「いや、別に一生じゃなくても良いんですけど…… 近くの大きな街まで案内してくれるだけで良いんだけどなーって」
首を傾げながらムツヤがそう言うとアレほど赤かったモモの顔が段々と真顔になって、静かに椅子に座った。
「あっはい、そうですよね、そうですよねー……」
村長は目を閉じ腕を組んでうーんと唸る。
伊達に70年も生きてはいない。
ある程度の嘘は見破れるし、人を見る目もそこそこにあるはずだ。
荒唐無稽な話だが、ムツヤが嘘を言っているようには見えなかった。
気まずい沈黙が流れ、それを打ち破る為にモモは提案をした。
「ムツヤ殿、今日はひとまず夜も遅いので私の家でおもてなしをさせてくれないか? 大したもてなしは出来ないでしょうが、私がいれば村のバラのような考えのオークも馬鹿な真似はしないでしょう。村長よろしいですか?」
モモが確認を取ると村長はゆっくりと頷いた。
「ムツヤ様の話、私は信じましょう。今は村がこんな状態でお礼もおもてなしも出来ませんが、戦士も命がある者は全員傷が癒えた。見回りは他のものに任せる、モモ出来る限りのもてなしを頼むぞ」
「かしこまりました」とモモは元気良く答え、それでは失礼しますと村長に一礼した。
それに見習いムツヤも一礼すると、村長は立ち上がり礼を返す。
「いやー、今日は外で寝るようかと思いましだが、助かりました」
ムツヤが嬉しそうにそう言うとモモは首を振った。
「恩人を野宿なんてさせたら一族の恥です。宿屋でもあれば良いのですが、私達の村は何も無いへんぴな場所にあり、旅人も来ないのでそういった施設が無いのです。私の家で本当に申し訳ないのですが……」
「わかりました、俺もお家で色々、もっとモモさんの事を知りたいので」
「い、色々とはなななんでしょうかムツヤ殿!?」
突然モモの堅苦しい調子が崩れてムツヤは首を傾げる。
またおかしな事でも言ってしまっただろうか。
「いえ、俺のことはもう大体は話しだので、ごの世界の事やオーグさん達の事まだ知らねんので……」
「そ、そうですよね、お任せ下さい!」
ムツヤは連れられてモモの家の中に入ると、すっかり元気になったモモの妹ヒレーが出迎えてくれた。
「人間の方、先程はありがとうございました」
着ている服だけを見ればとても可愛らしい、と思ってしまった自分をムツヤはまた戒める。
「ヒレーこの方はムツヤ殿だ」
「ムツヤ様ですか…… 改めまして私はヒレーと申します」
「あ、どうもどうも」
ヒレーは可愛らしく両手でスカートを持ち上げてペコリとお辞儀をする。
それに対してムツヤは頭を掻きながら愛想笑いをしていた。
「ヒレーも元気になりましたし、遅い時間ですが夕飯をごちそうしたいのですが、いかがでしょうかムツヤ殿」
「良いんですか!? ありがとうございます、もうすっかりお腹が減っていたのでありがたいですよ」
人間にとってはだいぶ大きめの木製椅子だ。モモは別室で鎧を脱ぎ、エプロンに着替えて台所に立つ。
「お姉ちゃん、私も手伝うから」
「ヒレーは病み上がりなんだ、大人しくしていて大丈夫だ」
「もー、ムツヤ様のお薬で本当にもう何ともないってば!!」
「わかったわかった、それじゃ皮むきをしていてくれ」
ヒレーに押され、観念したモモだったがその顔は嬉しそうだった。
ムツヤは椅子に座りボーッと台所を眺める。
人に料理を作って貰うなんていつぶりだろう。
じいちゃんが腰悪くなってからは殆ど自分が作ってたし、そういや勢いで外の世界へ来ちゃったけども、じいちゃんはちゃんと生活できてるのかなと心配にもなる。
まぁ、飲むと元気になるっていうか、あのじいちゃんの腰が真っ直ぐになって走り回れる緑の薬をたくさん置いて来たし大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。
「ムツヤ殿? ムツヤ殿、起きて下さい」
ムツヤはモモに体を揺さぶられて目が冷めた。
いつの間にか寝ていてしまったらしい。
あまりに気持ちよさそうに寝ていたからそのままにしておいてくれたのだという。
頭が段々と冴えてくるとムツヤの目の前にはいい香りのする料理が運ばれてきた。
似たようなものは作ったことがあるがそれよりもずっと美味しそうだ。
「お客人が来るとは思わず、普段どおりの食事で申し訳ないのですが……」
モモは少しバツの悪そうに下を向いて言った。
妹を村を救ってくれた客相手にこの様なもてなしが精一杯の自分が恥ずかしい。
「いえいえ、美味しそうでずよ。モモさんありがとう、いだだぎます」
皮肉を言われたのではないかと不安になったが、ムツヤ殿はそのような事は言わないだろうとそのまま感謝の意味としてモモは受け取る事にし、笑顔を作る。
「どうぞ、お召し上がり下され」
ムツヤの目の前に出されたものは多分シチューと、焼き魚にソースが掛かった物。
それと、見知ったものとは形は違うが、細長い物はパンだろう。どれも一応は食べたことがある。
祖父には申し訳なかったが全てが今まで食べた物の数倍美味しそうだ。
シチューを一口食べる。何の乳だろうか。
元の世界では死体の残る怪物を捌いて取り出した薄い味の物しか飲んだことがない。
初めて味わう深いコクとまろやかさ、それと、とても良く合う野菜たちの優しい甘みと食べごたえのある柔らかい肉にムツヤは感動した。
「こんなに美味しいものは生まれて初めて食べました」
「そんな、またまたご冗談を……」
そう言ってモモは笑うが、ムツヤの顔を見ると、あながち冗談でもお世辞でも無いような気もした。
モモは気付いたのだがムツヤは感情の全てがそのまま顔に出る。
「こっちの世界に来て本当に良かっだです、ごんなに美味じいものがあるなら毎日食べたいぐらいですよ」
その言葉を聞いてモモはうっと小さく言うと顔を赤くして下を向いた。
「そ、そんなたいしたものではありません。ただ、その、身に余る光栄ですし、恩人のムツヤ殿がお望みとあればその、毎日でもお作りし…… いや、何を言っているのだ私は!」
「いえいえ、そんな毎日食べに来るなんてそんな悪いごど出来ねっすよ、出来ればそうしたい所ですげども」
ムツヤの言葉には裏表がない。モモもそれはわかっていた。
きっとムツヤ殿はただ純粋に毎日この料理が食べたいと言っているのだろう。
「あ、あーうーえーっとご、ご冗談も程々にお願いしますムツヤ殿!」
「ご、ごめんなさい、何が怒らせるような事をしてしまったのでしたら謝ります。そうですよね、やっぱ毎日ご飯を食べに来るなんで言うのはダメでずよね。その、今までじいちゃ…… 祖父以外と話したごと無かったもので……」
冗談ではないとわかっていた上でそう言ってしまった事をモモは後悔した。
分かりやすいぐらいに落ち込んで下を向いてしまったムツヤ。何か二人の間でとてつもない勘違いが始まってしまったらしい。
「あ、いえ、怒ってはいないのですし、ムツヤ殿に何も非は無いのですが……」
「あっははははは」
そんな二人のやり取りを見てヒレーは大きな笑い声を上げた。
「ごめんなさいムツヤ様。もう本当こんなお姉ちゃん見たことなくて、おかしくって、おかしくって、ははは」
涙を浮かべるぐらいに笑いだしたヒレーを見て、うーっと唸りながら口を尖らせてモモは悔しそうにする。
「ヒレーそこまで笑わなくたって……」
「ごめんごめん、お姉ちゃん、ムツヤ様もお姉ちゃんはちょっと照れちゃっただけなので許してあげてくださいね」
「てれっ、照れてなどいない!!」
今の話のどこに照れる要素があったのかムツヤは少し考えた。
そして、あぁ料理の腕の事かと思い、適当に返事をすると冷めてしまう前に他の料理も食べ始める。
これまた美味しいものばかりだった。魚はその味を引き立てるソースなんて洒落たものが掛かっていた。
今までは魚なんて塩を掛けて丸焼きで食べるぐらいだ。
調味料や食材は塔の中にあまり落ちていないので貴重だが手に入れられない事はない。
しかし、塩だの砂糖だのは手に入るが、複雑な味を生み出すものは手に入らなかった。
ムツヤは甘味と酸味と深みがあるソースなどという物は生まれてこの方味わったことがない。
ちなみにだが、塩は確かに外の世界でも地域によって貴重な部類だが、裏ダンジョンでは宝箱の中に入っている「ハズレ」ぐらいの扱いなのだ。
この事をムツヤはまだ知らない。
パンもじいちゃんがたまに焼いてくれる物より良い香りがしてふわふわだった。
ごめんよじいちゃんと、比較対象にしてしまった事をムツヤは心の中で謝る。
食事を食べ終えるとまたムツヤは眠気に襲われた。
うつらうつらとしているムツヤに気付いたヒレーは姉に耳打ちする。
「お姉ちゃん、ムツヤ様眠たそうだけど?」
「あ、これは気が利かず申し訳ない。ムツヤ殿、こちらにベッドがある、普段私が使っているもので申し訳ないのだが……」
「あーそれじゃ悪いでずよぉー、大丈夫です、俺は床で寝られるんで」
そう言って椅子から立ち上がるムツヤを慌ててモモは制する。
「客人にそんな事をさせたら一族の恥です。こちらのベッドをお使い下さい、私はヒレーと一緒に寝ますので」
しばらく考えたが、お言葉に甘えてとモモのベッドを借りて寝ることにした。
モモの部屋に入ると甘くていい匂いが鼻の中にフワッと広がる。
サズァンの近くで嗅いだ匂いとはまた別の安心するような心地の良い香りだ。
寝心地の良いベッドの中に入ると、眠る前にムツヤは今日一日の事を振り返る。
今まで何度も登った塔の上にはサズァン様っていう美人だけど邪神が居て、外の世界へ出たらオークに会って。
小説の中のオークはもっと汚くて油っぽくて臭いモンスターで、頭も悪い豚みたいな奴らだと思っていた。
だけどそれは間違いだ。
まぁ、確かにみんな豚に似てるけど、怒ったり泣いたり喜んだり、それは自分と一緒だった。
あのロースって村長は頭も自分よりずっとずっと良いだろう。
そんな事を考えていたが、疲れからか、ムツヤはぐっすりと熟睡していた。