そのヒレーの上体を見てムツヤはゾッとした。
ぐるぐるに巻かれた包帯からは血が滲んでいる。
確かにムツヤも初めて実物を見た印象では、オークは豚みたいな怪物に見えた。
しかし、相手は言葉も通じ合うし、斬られれば赤い血が流れて弱々しく、苦しそうにする。
そう考えると犯人に対して怒りを覚えた。
手渡された薬をヒレーはゆっくりと飲んだ、ゆっくりゆっくりと、そして飲み干した瞬間。
「ピイイイエエエエエエ!!!!! ポッポポイポッポポイ!!!!」
奇声を上げてベッドの上でダンスをし始めた。
望んだはずの妹の元気な姿だったのにモモは完全に固まってしまう。
「あー、ごの薬っでー飲むとテンション上がっちゃうんでずよねー。俺も最近は慣れたんですけんども、初めて飲んだ時はこんな感じですた」
その後我に帰ったヒレーはベッドの上で自分の胸から始まり足の先までゆっくりと視線を移す。
次に自分の傷口があった部分をペタペタと触る、痛みはない。
そして、信じられないといった顔をして姉の顔を見た。
「ヒレー? 治ったのか? どこも痛くないのか?」
「お姉ちゃんこれは?」
「ヒレー!」
そう叫んでモモはヒレーを引き寄せて抱きしめる。
傷は全て塞がったようだった。
ムツヤはなんだか胸にじんわりとした感情を覚える。
目の前の姉妹愛と人の役に立てた嬉しさを噛みしめた。
この感覚ってじいちゃんに褒められた時に似ているなと思いながら感動のシーンを眺めていたムツヤだったが、家のドアが荒々しくバタンと開いて振り返る。
「どうした、大丈夫か!? やっぱりあの人間は……」
オークの男であるバラはモモの家の前に隠れていた。
あの人間が凶行に及んでも、後ろからその頭をカチ割れるように棍棒を握りしめて。
叫び声が上がり、それ見たことかとドアを蹴破り、狭い家を走り、目にしたのはベッドの上で力強く抱き合うオークの姉妹だった。
「ムツヤ殿の薬が効いた、一瞬で傷が治った。ムツヤ殿…… ムツヤ殿……」
そう言ってモモは安堵からか泣き崩れる。
ムツヤはどうして良いのかオロオロしていたが、あっとカバンに手を突っ込んでバラに赤い液体の入った小瓶を束で渡した。
「オークのえーっと、バラさんでしたか? コレを皆に飲ませて下さい、きっと効くはずですよ」
バラは警戒しながらもそれを受け取り、ちらりと姉妹を見た後、礼も言わずに家から去っていく。
その後そこらじゅうからポッポポイポッポポイという奇声が聞こえてきた。
モモは更に声を荒げてベッドにしがみ付くように泣き崩れて言葉になっていない感謝の言葉をムツヤに告げる。
「わりがどうごじゃいまずムツヤどのぉ~」
「い、いや、わかりました。良いでずがらモモさんってば!」
しばらく経った後、村のオークがモモ達の家へと入り、深々とムツヤに頭を下げた。
「先程の非礼をお詫びします。村長が話をしたいそうですので、どうかお越し下さい。モモも来てくれ」
ムツヤは頷いて「はい」と言うと「行くよモモさん」と泣きじゃくるモモの手を取って立たせ、そのオークの後に付いて行く。
案内されたのはオークの村の集会場だ。
ドアを開けると、人間が3人は座れるであろう椅子にオークの村長がどっしりと座っている。
「私はこのオークの村の村長でロースと言います。ムツヤ様と言ったか、この度は何とお礼を申し上げていいか」
そう言って椅子から立ち上がり深々と礼をした。
先程の荒々しさは消え、知的で落ち着いた老人の態度だ。
「いえいえそんな……」
ムツヤは照れくささと、塔で拾っただけの薬でここまで感謝されることに申し訳無さを覚える。
「我々が勘違いをし、ムツヤ様に非礼の限りを尽くしたにも関わらず、皆を救ってくれたと聞いております。何度お礼を申し上げても足りません」
どうぞお掛け下さいと促され、椅子に座ろうとする。
そんな時に集会場のドアを荒々しくバタンと開けて、一人のオークが飛び込んできた。
例の如くムツヤを疑い続けるオークのバラだ。
「村長、その人間はきっと自作自演をしている! 今度は油断させて殺そうって考えだ!」
「よせバラ!!」
「なんて事を言うんだお前は! ムツヤ殿はそんな方ではない、貴様もムツヤ殿の強さは知っているだろう? 仮にムツヤ殿がオークを憎んでいるのであれば我々は今頃全滅している!」
モモは怒りの目をしてバラを睨み、怒鳴りつける。
「黙れブス! 俺は信じない、人間なんかみんな死ねば良いんだ!」
そう言ってバラは背負っている斧に手をかけようとしたが、モモは剣を抜いて飛びかかり喉元の前で止めた。
「いい加減にしろ、バラ…… タンおばさんの事は本当に残念だし気の毒だと思う。だが、憎むべき相手は選べ」
「っぐ、強えぇからって調子に乗んなよブスが!」
そう捨て台詞を吐いてバラと呼ばれたオークは去っていく。
「どうかお許しくださいムツヤ様、あの者は襲撃によって母を失ったのです」
さっき
しかしその話を聞いて不快感は同情に変わる。
自分だってじいちゃんを殺されたら多分…… 相手を一生許さないだろうし、仇討ちをしに行くだろう。
「いえ、気にしでいません。同じ立場だっだら俺もあんな感じになるでしょうし……」
そこで気になっていた事をロースはムツヤに質問する。
「しかし、何故ムツヤ様はこの村の近くに居たのだろうか? 疑うわけではありませんが。それにあの薬は一体」
「あっ、そうですね。簡単に言うと俺…… じゃなくて私の家はものすごーぐ、それはもう本当に田舎でして、人間は俺じゃなくて私と」
「あのームツヤ様、話を遮って申し訳ないが無理に私と言わなくても結構なのだが……」
背伸びをするムツヤを見かねてロースは断りを入れておいた。