「それってオークが女騎士に言わせるやつだしょ? 何で、何でオークが? それぐらい俺だって知ってるよ? 田舎者だからってなめんじゃねー!」
そう言われた女オークは目をギュッとつぶり、悔しさと怒りの声を絞り出す。
「貴様もそうやってオークを偏見の目で見るのだな、誰でも襲う醜い豚と! 性欲の化物と! 貴様の悪趣味に付き合ってなぶり殺しにされるつもりはない、もうこれ以上生きて屈辱は受けぬ!」
ムツヤに背を向けるとオークの女は短剣を自分の喉元に充てがい、一筋の涙を流した。
「ヒレー、済まない。私は先に行って待っている。先立つ私を許してくれ」
「お、おいちょ、ちょっど待でー!」
オークの女はそのまま覚悟を決めて目をつぶり短剣を自分の元に引き寄せる。
痛みが走らない。
興奮で感覚が麻痺しているのか、それとも痛みなく死ねたのか、肉を切る感触はあったのだが。
「ううううういっでええええええええ!!!!!」
大声を聞いて目を開けると短剣は先程の人間の右手を貫いていた。
「な、何をしている!?」
「それはこっちのセリフだ馬鹿! お前それ死んじゃうべよ! え、なに、それやったら死ぬどかわがらんの!?」
オークの女はうろたえた、目の前の人間が何をしているのか全くわからない。
可能性があるとすれば、なぶり殺す趣味の為ならば、自分の体さえ犠牲にできる狂人なのだろうかと。
「間に合わねえから掴んじゃっだけどクソ痛てえええええ! ってか刺さってんじゃん、こんな怪我久しぶりだ、くそー!」
人間は手から短剣を抜き取り、左手で出した光を血が吹き出している右手に当てた。
すると一瞬で男の傷口が塞がっていった、治癒魔法は今まで何度も見たことがあるがここまで見事な物は初めて見る。
「傷が一瞬で……!? 何故助けた? 本当にお前は何者なのだ!?」
「だーがーらー、俺はもう本当にさっぎごの世界に来だの! あ、俺は『ムツヤ・バックカントリー』って言います」
女オークは男の言う『この世界』が何を意味するかは分からないが、男の名前は知ることが出来た。
この男、ムツヤに対する質問は山のようにある。
「何がなんだか分からないが、本当に貴様は何故助けたのだ!?」
「いや、当たり前でしょ、死んだらもう何も出来なくなるんだよ!? 知らないのそれ!? 俺でも知ってるよそれぐらい」
オークの女は困惑した、デタラメな強さと倫理観。
やはり、この男が本当に何者なのか、何を考えているのかがわからない。
「っていうか何で俺、襲われたの?」
「事情は分からぬが、本当に何も知らぬようだな…… 私達はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない」
オークの女はフラフラと立ち上がる。
だいぶ苦しそうにしていたが治療が必要な程ではない。
「話しと謝罪をする前に仲間が無事かどうか確認を取りたい」
「あぁ、そうですねすみません。俺も服着て良いですか?」
そうだ、今までムツヤはパンツ一丁スタイルだった。
女オークは茂みの中で伸びている仲間たちの状態を確認する。
どちらも気を失い、口の中が切れているのか血を吐き出しているが、死にはしないだろうと横向きに回復体位を取らせムツヤの前に戻った。
目を閉じて何から話せばいいか考え、ゆっくりと口を開く。
「まずは勘違いをしてしまった上に怪我まで負わせて本当に申し訳なかった。旅の人、私の名は『モモ』と言う、もう一度名前を聞いても良いだろうか?」
「あ、俺は『ムツヤ』です。俺の方こそ、オークに偏見? ってやつを持っていてすみませんでした」
それは私達の対応に非があったとモモは寂しそうに軽く笑って言った。
そして、そのまま言葉を続ける。
「私の妹が…… 村の住人たちが、二日前に人間に斬られたのです」
「え、どうして!?」
ムツヤはこの世界のオークと人間たちは争いをしているのだろうかと考える。
「百年前に人間と他の種族は平等だと宣言されはしましたが、人間の中には他の種族を毛嫌いし、殺すことを正義とする集団も居ます」
「そんな奴らが……」