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 テントの中は外観から見るよりも随分広く、生活に必要な調理器具や寝具以外にも、大きな本棚が置かれている。本棚の中には、アストリアス付近ではめったに見かけないような紙の本がたくさんあり、哲学、政治、文学など、内容は多岐に及ぶ。テントの天井は高く、普通に立ったまま移動することが可能だ。

 少年はオルフェの肩をそっと叩いた。オルフェは少年の視線の先を追い、椅子に座っている老人の姿に気がつく。真っ白な短髪に髭を生やしたコーカソイドの男だ。痩せていて、白のシャツの上に緑のセーターを着ている。服装から見ても、この辺りで暮らしている者と比べると、少し違った印象を受ける。オルフェが近づくと、老人が声を出した。

「ほお~、今日はめずらしいな。テト、お客さんかい?」

 老人の言葉にテトは頷く。

「では、客人に茶を出さないとな。テト、外でお湯を沸かしてきてくれ。わたしはお客さんの相手をするから」

 テトは笑顔で頷くと、湯を沸かしにテントの外へと出た。その様子を喜んで見ているこの老人のほうに、オルフェは再び目を向けた。

「いや、これで久しぶりに茶が飲める。茶を飲むのは本当に楽しみでね、こういうことがない限り、滅多に茶を飲まないようにしてるのですよ」

「いや、あの、突然で失礼します。ここには、その、あの少年、いや、テトでしたか、彼と一緒に暮らしているのですか?」

「そうです。でも、驚きました。テトが他人を連れてくるなんて。なにしろ、わたし以外には懐かないものですから。それで、ええと、あなた、いや……」

「あ、名前ですか? オルフェといいます」

「いや、こちらこそ、名乗らず失礼しました。わたしはチェスターと申します。まあ、そこに座ってください」

 オルフェは丸いテーブルのそばにある椅子に座ると、再びチェスターに目を向ける。チェスターは優しく微笑むと、大きく咳き込んだ。

「いや、失礼。このところ、咳が頻繁に出てね……」

「構いません。それよりも、実は無理なされてるのではありませんか?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それに話し相手も欲しかったところですし」

 普通ならこのタイミングで、自分が探しているガイノイドについて、何か知ってるか聞き出そうと考えるだろう。しかし、立て続けに聞き込みをしてきて、この辺りの住人の反応があまり良くなかったので、いきなり本題に入らず、この老人との会話に、まず付き合うことにした。

「それは良かった。ぼくもちょうど話し相手が欲しかったところです。早速質問であれなのですが、ここにもう長いこと暮らしているのですか? 見たところ、どうしてもあなたがここの人間っぽくないように感じるので」

「もう三年ぐらいになりますか。その前は火星で暮らしていました。元々、文学を教えていまして、ここで暮らし始めてからも、この辺りで暮らしている子供たちに、読み書きなど教えております」

「テトもそのうちの一人だったというわけですか」

「ええ。テトと初めて会ったのは、ここへ初めて来たときのことでした。移民船でアストロメリアに来たというものの、このコロニーについては全く知識がなかったものですから、どこでどう生活していけば良いのか、全く分かりませんでした。それで場所や道が分からず困ってたところ、道の真ん中でぽつんと座っているテトを見かけたのです。話しかけたのですが、警戒されたのか、最初の頃は全く懐いてくれなくてね。まあ、心配だったものですから、根気良く話しかけていくうちに、次第に懐いてくれるようになって、そうすると似たような境遇の子供たちが次々と来るようになり、いつの間にか、前と同じく人に物を教える立場になったわけです。まあ、充分な給料を貰えているわけではなく、ボランティアみたいな形で、善意のある方々から食糧などを分けてもらって、なんとか飢えを凌いでいる身ですが」

「そういうことですか。なるほど。そこで疑問なのですが、あなたは先程文学を教えていたと言いました。それだけの職に就いていながら、今現在、ここで暮らしているのが、どうも腑に落ちません」

「確かにそうかもしれません」

「あなたはこうも言っていた。どう生活していけばよいか分からないと。でも、あなたの前職と、外見的特徴なども考えたら、国のほうでアストリアスへの移住や仕事の斡旋などもあったように思うのですが」

「ええ、その可能性はあったのでしょう。でも、わたしにはそのような申し出がなかったものですから」

「というと、失礼かもしれませんが、何か事情があったというわけですか?」

 オルフェの質問に、チェスターは数秒、考えるように黙り込む。

「確かに事情といえば、あったのかもしれませんね。あ、すみません。どう説明すれば良いのやら。説明しようにも、今は上手く言葉が見つからないようなので……」

「いえ、こちらこそ、いきなり答えにくい質問をしてしまい、すみません。初対面なのに、図々しく質問してしまい」

「いいえ、構いませんよ。わたしのほうから話し相手を頼んだのですし。それにこんな場所でこんな暮らししてたら、それはあなたの立場に立ったら、わたしもそう訊いていたでしょう。それに、やはり、テトのことが心配だったから、というのはあったと思います。あの、あの子は、初めて出会ったときから、喋ることが出来ませんでしたから」

「ぼくもそのことには気づいていましたが、以前から喋れなかったということですね」

「ええ、この辺りで暮らしている者から聞いた話なのですが、どうも、親を殺されたようなのです。はっきりと見た証拠があるといった話ではないのですが、どうも国家警察の手によるものだと」

 チェスターとの会話の中で、初めて国家警察という単語が出た。この場面で国家警察の関係者であれば、表情を隠そうとしても、僅かに反応が出そうなものだ。況して、良心が少しでもあればなおさらだ。だが、オルフェは一切反応を示さないまま、あくまでポーカーフェイスでチェスターと会話を続けていく。

「まあ、そんなこともあったと聞くと、どうしても放っておけないので、わたしが出来る範囲で、あの子の力になれたらと思います」

「それは立派なことだと思います」

「いえ、わたしは単に、誰かに必要とされたかったのだと思います。人は、ええ、そう、人は誰かに求め求められなければ、生きていけない生き物ですから」

「そうですね」

「それにテト、だけではありません。他の子供たちや、その他、ここで暮らしている者の中には、わたしを必要としている者がいるかもしれない。わたしの専門は文学ですが、それ以外にも、生活に必要な知識、後々役立つ知識や考え方など、教えられることはそれなりにあります。わたしが以前暮らしてた場所、他のコロニーなどもそうでしたが、都市部とそれ以外とでは、あまりに生活水準に差があります。底辺で暮らしてる者は、都市部で暮らしている知識や職にありつけません。だからこそ、せめて、知識でもと思い、皆に暇さえあれば、教えたりしてるのです」

 チェスターはこう話すと、オルフェに目を合わせた。オルフェは無言のまま、チェスターを見つめている。感情の揺れを全く感じさせない真っ直ぐな視線に、チェスターは微笑んでみせる。

「オルフェさん、あなた、ここや、貧民街で暮らしている人ではないですね?」

「ええ……」

「あと、その服装、確かに戦闘服っぽいのは、貧民街辺りでも着てる人はたまに見かけますが、あなたの言動を見てると、どうも、全く隙がない。まるで軍人さんのようだ……」

 ここで少しの間、会話が途切れる。オルフェはチェスターの言動から、どこまで話せば良いのか、判断に多少時間がかかった。

「隠すつもりはありませんでしたが、あなたの言ってることは、ある程度当たってます。ぼくは国家警察の一員としてこの場に来ています」

「いえ、別に責めてるわけではありませんよ。ただ、あなたがあまりに訓練されてるように見えたものですから。それに……あなたの、その無機質なまでのその表情、その視線。それは、訓練で身につけた感じとは、少し違う。そう、正に作られたような……そう、オルフェさん、あなた、アンドロイドですね?」

 チェスターの問いに、オルフェは口を閉じたまま。その様子に、チェスターは少し声をあげて笑う。

「ははははっ、オルフェさん、まあそう、警戒しないでください。わたしはあなたに敵対心はありませんから」

「ええ。もう隠せそうにありませんから、はっきり言います。ぼくはアンドロイドです。ですがチェスターさん、ぼくは人間らしく振る舞っていたつもりですが、やはりぼくらアンドロイドと人間とでは、違いがはっきりと見えるものなのでしょうか?」

「いえ、ぱっと見では分からないですよ。ただ、そうですね、一つ言えるのは、あなたがあまりにきれいだったのですよ。その見た目、容姿がね。だから、どうしても人間離れしてるように、感じてしまうというのはあったと思います」

「そうですか……」

「あくまで個人的に感じたことなので、他の人がどうかは分からないですが」

「ですが、どうしても疑問が残ります。確かにぼくはアンドロイドですが、アンドロイドとじかに接する機会が多いのは、国家機関に所属する者だけです。それは他のコロニーでも同じことだと聞いています。だからこそ、ぼくがアンドロイドだとバレたことが、未だに腑に落ちません」

「オルフェさん、あなたが思ってる以上に、アンドロイドの情報は一般にも漏れてる。そうは考えられませんか」

「確かにそうかもしれません。ですが、あなたは言った。ぱっと見では分からないと。それにあなたはどうも訳ありなようだ。ぼくはそれを知りたい。ぼくは国家警察のアンドロイドだ。だからこそ、知らなければいけない。違いますか?」

「……そうですか。それでは、仕方ありませんね……」

 チェスターは枯れた声を一度止めると、長話で疲れたのか一度深呼吸をした。そして、腹を割るかのように、自身の身の上話を始める。

「わたしはここに来る前、火星で暮らしていました。とある研究機関で、人類がまだ地球だけで暮らしてた時代の頃の文学を専門に、文学、そして歴史などの文献を読み、幅広く研究をしてきました。たまに対面や、大勢の前で講義をおこなうこともあり、昔から本が好きだった者としては、充実した日々を過ごしていたと思います。ところがある日、政府のほうからわたしに仕事の依頼が来たのです……」

 チェスターは途中で言葉を切り、やや苦しそうに咳を出した。

「大丈夫ですか。無理せずに、少し休んでからでも構いませんから」

「いえ、大丈夫です。で、実はその仕事の依頼というのが、アンドロイドたちに講義をすることだったのです。歴史や文学などのね。最初、なぜそんなことをするのか、わたしはよく分かりませんでした。おかしな話ですよね。アンドロイドに講義なんて。知識を与えるだけなら、アンドロイドを作る段階で、集めたデータをインストールするだけでいいのですから。でも、報酬や今までやってた研究の予算ももっとくれるということだったので、わたしはこの依頼を引き受けることにしたのです。そして、普段の仕事と並行しながら、アンドロイド居住区へと足を運ぶことになりました。一般人が入れるところではありませんから、初めは本当に緊張しましたが、居住区があるコミュニティーセンターを使って、歴史や文学、哲学、そして倫理など、教えられる範囲のことは全て教えてきました。最初はどうなるものかと思いましたが、みんな、本当に真面目でね、誰一人欠席することはなかったと思います。アンドロイドは人と違ってサボることをしませんから、もうそれは真面目で優秀な教え子たちでしたよ。ここまで真剣にわたしの話を聞きに来てくれることは、今までなかったかもしれません。それもあってか、わたしは段々と前向きになりましてね、より積極的に彼らに教えていきました。ですが、それが、ある意味災いを招いてしまったのかもしれません……」

「災い?」

「……彼らに入れ込み過ぎたのです。わたしは彼らのことを、人と同じく接してきました。質問があればちゃんと答えて、そのたびにわたしは笑顔になっていたと思います。彼らのほうもわたしに好意を抱いているようでした。いや、そう見えるだけなのかもしれません。しかし、そうやって接していくうちに、彼らは徐々に人間の作ったプログラムにただ従う人形ではなくなっていきました……彼らに人と同じような感情が芽生えたのかどうか、それは分かりません。ですが、次第に元々組み込まれているプログラム以外の意思を持つようになりました。ええ、これは確かです……ええ、そうですね、人と同じく接していたこと以外にも、文学という学問の性質上、心の葛藤や現在の社会に対する批判、別の価値観の提示などについて触れることになるため、その結果、彼らが変容するのも自然なことだったのかもしれません。そして、段々彼らは自分たちの存在意義に疑問を持つようになりました。それからというもの、講義が終わった後、一部の者たちがわたしの許に来て、自分たちの生活や権利について不満を言うようになっていったのです……」

「それで、結局どうなっていったのですか?」

「それから、彼らはとある組織を作りました。組織名は思い出せませんが、人間と対等の権利を求めて、自分たちにとっての、本当の存在意義について模索し始めたのです。そうこうするうちに、国家機関に所属する人間の中から自分たちに対等に接してくれそうな人間を見つけ出し、上手く懐柔かいじゅうしていくと、アンドロイド居住区から人間が暮らすエリアへと、徐々に進出して、溶け込んでいったのです。火星政府に不満を持つ人間も多かったため、彼らに賛同する人間も現れて、組織がどんどん大きくなっていきました。そして、この組織の影も火星の当局に認知されることになり、組織も穏健派と過激派に分かれていった、と聞いています。それでわたしは、この原因を作った張本人として見なされ、最悪刑務所は免れましたが、職を失い、火星を永久追放されることとなりました」

「……確かに、このような事態になったのは、結果的にはあなたが原因なのかもしれない。ですが、彼らに講義をやれと命じたのは国のほうでしょ? それなのに、永久追放とはあんまりだと思います」

「あ、いや、だから、国から命じられてたというのも考慮されて、刑務所は免れたのだと思います」

「まあ、そうなのかもしれません。しかし、火星政府は信用できない。なぜなら、今あなたが話した情報は、アストロメリア側に届いていない」

「まあ、このような経緯ですから、隠すのは当然でしょう。もちろん怒りがなかったかといえば嘘になりますが、それでもこうして、ここでなんとか暮らすことが出来て、テトと出会えて、そして今、あなたとこうしてお話しすることが出来てるわけですから」

「……あなたがここで暮らすことになった経緯は分かりました。ですが……」

 オルフェはここで、表情のない顔のまま、言葉を数秒止める。

「ですが、なぜ、あなたはこうも素直に、自分の身の上話をしたのでしょうか?」

「あなたが国家警察側に所属する者ですから、当然、あなたに質問されたら、わたしは嘘偽りなく答えなければなりません。少しでも偽り、後で調べられたりでもしたら、虚偽を述べたとして投獄されかねませんから。そんなリスク、おかすわけないではありませんか。わたしは、ここで静かに暮らしたいだけなのですから」

「そうかもしれませんが、それにしては、必要以上に自分と、その身の回りのことについて、語っていたように思います」

「そう思いますか。そうですね、それは、あなたがアンドロイドだと分かり、お話ししたかったのだと思います」

「アンドロイドであるぼくと、話してみたかったと」

「ええ、ここに来てからは、アンドロイドと出会うことは、本当にまれでしたから」

「ぼくはてっきり、アンドロイドのことが嫌いなのだと思いましたが」

「なぜです?」

「今までの経緯から考えると、アンドロイドという存在によって、あなたの人生がめちゃくちゃにされたと言えます」

「確かに、そのように見えるかもしれません。ですが、わたしを火星から追放するという判断をしたのは、わたしと同じ人間です。ですから、むしろ、わたしは同じ人間に対しては、腹を立てているかもしれません。でも、アンドロイド、彼らからは、一切嫌なことをされた覚えはありません。それどころか、熱心に講義を聴いてくれたおかげで、むしろ好印象を今も持ってるぐらいです。それもありますし、わたしが今まで会ってきた火星のアンドロイドではなく、このアストロメリアのアンドロイドが一体どんな存在なのか、確かめたかったというのもあります。アストロメリアのアンドロイドはあなたが初めてですから、だからこそ、あなたとこうやって会話をしたかったのです」

「ぼくと会話をしてみて、どうでしたか?」

「思ったとおり、あなたは優しい方のようだ」

 そう言うと、チェスターは再び微笑んでみせた。すると、テトが戻ってきた。湯呑みから出る湯気が舞い上がるにつれて、緑茶の香りがどんどん広がっていく。

「今大事な話をしているところだから、もうしばらく、このオルフェさんと二人きりにさせてくれないか」

 チェスターがそのように言うと、テトは二人に微笑んで、小走りで外へと出ていった。

「……あの子が久しぶりに笑顔を見せている。そして、あなたをここに連れてきた。そのことを考えても、あなたが優しい人であることに違いない。少なくとも、わたしはそう思うのです」

「そうですか。でも、彼がぼくに懐く理由が、どうしても分かりません。心当たりが全くないのですから」

「そうですか。そういえば、あなたはテトとどこで知り合ったのですか?」

「ついさっきですよ。その少し前に、彼と同じモンゴロイドの二人組から襲われまして、叩きのめすと、その後、後をつけてきたのがテトだったわけですよ。それが彼との出会いです」

「恐らくですが、その二人組、よくテトをいじめている二人組と同じ人物だと思います。それでテトも、気持ちがすっきりしたのでしょう。ここは法や倫理が通じない者も多いですから」

「そのようですね……」

 オルフェは一旦、ここで言葉を止めると、チェスターとの会話の記録を振り返る。

「そういえば、チェスターさん、あなたはここに来てから、アンドロイドと出会うのは本当に稀だった。そう言いましたよね?」

「ええ、そうですが」

「後、こうも言った。アストロメリアのアンドロイドと会ったのは、ぼくが初めてだと」

「はい、そうです」

「それはつまり、この場所に、この場所で、他のコロニーから来たアンドロイドと会った。ということなのでしょうか?」

「……ええ、そうです。実はここに来てから、アンドロイドと出会ったのは、あなたが二人目なのですよ。半日ほど前ですか、若い女性がここを訪ねてきました。わたしの講義を受けたことがあるそうなので、わたしの姿を見るなり話しかけたとのことだそうです」

「そこのところを詳しく教えてもらえないでしょうか? 実は、ぼくが任務として探しているガイノイド。それが彼女かもしれませんから」

 オルフェはそう言うと、携帯端末を取り出し、画面に写し出されたガイノイドの画像を見せる。チェスターはその画像を確認すると、やや真剣な顔つきに表情を変えた。

「……ええ、確かに、この女性ですが……」

「そうですか。それで、彼女とはどのような話をされたのですか?」

「いえ、実際のところ、そこまで会話をしたわけではないのです。ただ、わたしの講義を受けたことがあって、そのことにとても感謝していると。それぐらいのことしか語りませんでした。なぜ、ここに来たのか。わたしは訊ねませんでしたから」

「そうですか。分かりました。いろいろお話聞けて、とても助かりました。チェスターさん、あなたとの会話、とても楽しかったです。ではそろそろ、失礼したいと思います。任務に戻らないといけませんから」

 オルフェは椅子から立ち上がると、テントを出ようとする。

「……彼女を、彼女を、どうされるおつもりなのですか?」

 チェスターの問いに、オルフェは振り返る。

「……それは、一般人であるあなたに、お答えすることは出来ません」

「そうですか……」

 チェスターは茶を啜ると、一呼吸おく。

「……そうですね。ですが、出来れば、あなたと彼女が…….良い形で出会うことを、わたしは願うばかりです。敵としてではなく。争いごとは、もうたくさんですから……」

「それはぼくも同じです」

「……そうですか。そういえば、貧民街のほうへ行くと言っていました。彼女。あなたがどうなさるつもりなのか分かりませんが、わたしはあなたの良心に賭けてみたいと思います。あなたや彼女を見てると、わたしのような人間よりもよっぽど、希望がありそうな気がしますから」

「そうですか。親切にいろいろ教えてくださり、ありがとうございます。ぼくはそろそろ、行きますね」

「……わたしのことを 放っておいていいのですか? こんな訳ありな老人、国家警察側の立場として放っておけないでしょうに」

「ぼくの任務はあなたを捕まえることではありません。ぼくは最優先に彼女、あのガイノイドを見つけ出さないといけないのです。ですから……そろそろ行かないと……」

「……ここを出る前に、せめてお茶でも飲んでいかないのですか? せっかくお出ししたのですから」

「飲めないのは、分かっているでしょ?」

 オルフェはそう言うと、会釈をしてテントを出た。その様子を見てきたチェスターは優しく微笑んでいたが、どこかとても寂しそうであった。

 テントを出ると、空き地の隅っこのドラム缶の上に座っているテトの姿が目に入る。テトも気がつき、スキップしながらオルフェに近づく。

「テト、悪いけど、ぼくはもうそろそろ行かないといけないから、きみとはもう一緒にいられないんだ」

「……」

「……だから、また会うときまで、チェスターさんのところで、いい子にしておいて。それじゃあ、ぼくは行かないと」

 オルフェがそう言うと、テトは笑顔になった。オルフェはテトに背を向けると、歩き出し、この場を離れていった。

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