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 国家警察の本部にある宿舎の一室、オルフェはベッドの上で仰向けに寝転んでいた。部屋には必要最低限のものしか置いていなくて、きれいに整頓されている。娯楽品などは一切なく、生活感が全く感じられない場所だ。

 天井を見つめる目はとても虚ろで、何かに喜びや希望を抱くなど到底考えられないようなほどに、その瞳は青く霞んでいる。部屋全体がモノクロになり、まるでこの部屋だけ時が止まっているかのようだ。

 本部に戻ってから半日近くこの状態が続いていたが、突如呼び出しの着信音が鳴った。ベッドから起き上がると、部屋の壁に設置されたタッチスクリーンの画面をタップした。

「オルフェ、仕事だ。急いで長官室まで来てくれ。大事な用件だ」

「わかりました」

 通話を切ると、白のTシャツと黒のパンツの格好から黒の戦闘服へと着替えて、そのまま部屋の外へと出た。

 十分ほどで長官室の前に着くと、生身の警官のようにためらうことはなく、すぐさま部屋の中へと入っていった。

 中に入ると、机の上に肘を置き、手を組んでいる長官の姿が目に入る。年齢はぱっと見たところ四十代ぐらいで、髪は黒のオールバックで痩せ型の体型。肌は白く青い瞳をしている。黒のスーツと黒とシルバーの混じったレジメンタルのネクタイを締めている姿は、いかにも地位の高い人間だと言ってるかのようだ。

「お待たせしました、ウェズルニック長官」

「まあまずは、そこに腰を掛けてくれ」

 ウェズルニックの机の前には、彼が座っているものと同じ椅子が置かれている。オルフェは腰掛けると、ウェズルニックの顔に目を向けた。

「オルフェくん、きみがこの部屋に来たのは初めてだったね。どうだね、感想は?」

 室内には高級そうな家具が置かれている。どれもアストロメリアでは珍しい、天然の木で作られたものばかり。ソファーや紙の本などを保管している大きな本棚を見ると、国家警察のトップの部屋というよりも大学教授の書斎のような外観だ。

「きれいなお部屋ですね。で、大事な用件とは?」

「ああ、そうだった。では、これを見てくれ」

 ウェズルニックがそう言うと、大きな液晶ディスプレイで表示されているかのように、壁に若い女性の姿が写し出された。長くきれいな黒髪に、唇は薄く格好の良い形をしており、少し切れ長な目の持ち主。そしてオルフェと同じくブルーグレーの瞳。きれいだがどこか鋭い印象を与える容貌だ。

「きれいな女性だろ?」

「ええ、とても。それで、この女性に何か問題でもあるのですか?」

「実はな、火星のアンドロイド居住区から逃げ出したガイノイドなんだ。輸送船に紛れ込んでアストロメリアに向かったという情報が、火星の捜査当局から送られてきた。今回は生け捕りにする必要はない。このアンドロイドの射殺、いや破壊だな」

「生かす必要はないと?」

「きみも知ってのとおり、きみたちアンドロイドは外部からアクセス出来ないように、スタンドアローンで動いている。それは火星のアンドロイドについても同じだ。悪意のある第三者に遠隔操作されないようにね。恐らくなんらかの不具合が原因なのだろう。しかし、犯罪の可能性が低いとはいえ、人に被害が及ぶ可能性もある。それに、ここ最近暗躍してるとおぼしきなんらかの秘密結社らしい存在も気になる」

「昨日捕まえたあの男の件ですね」

「あの男が秘密結社と関わりがあるのかどうかは、まだわかってない。そもそも、その秘密結社が存在するのか自体、よくわかってないのが現状だ。送り込んでみたものの、なんの情報も持ち帰らないまま殺されてしまった。これはまだ憶測にすぎないが、我々が危惧する秘密結社が存在していたとする。捕まえた男、そして今回逃げ出したガイノイドがその秘密結社となんらかの関わりがあるとしたら、これはかなり危ない状況ではないだろうか」

「はい、そのように思います」

「危険人物を捕獲または抹殺するだけでも大変であるというのに、あのガイノイドまでが人に危害を及ぼす存在であるとしたら、破壊することも簡単ではないだろうし、して捕えることなんて、とてもじゃないが出来ないよ。まあ、アンドロイドは基本、正当防衛などを除き、人に危害を加えないようにプログラムされ作られている。だが、なんらかの形で悪意のある者により捕らえられ、プログラムなどを変えられている可能性を考えると、すぐにでも破壊に動いたほうがいい。これもまた知ってると思うが、外部からアクセス出来ないのと同様、悪用されないためにアンドロイドの体内には爆弾を設置しないことになっている。遠隔で爆発する恐れがあるからね。でも今回、それが裏目となってしまった。もしかしたら、何者かに爆弾を装備されていて、いつ爆発してもおかしくない状態かもしれない。その可能性を考えてこそ、きみに頼んでいる。だからこその抹殺、いや破壊だ」

 今まですらすら言葉を返していたオルフェだったが、ウェズルニックの言葉に理解が追いついていないのか、それとも判断に迷ったのか、会話がここで少し途切れてしまう。

「どうした? 人間でないアンドロイドのきみでも、同胞を殺すことは心が痛くなるのかな?」

「いえ、わかりました。では、早速任務に入ります」

「わかった。それと、その左手、修理か交換、取り敢えず先に済ませておけ」

「わかりました」

 オルフェは立ち上がると敬礼をした。そして、きびすを返すと部屋を出た。

 長官室を出て、科学技術部の実験室で左手の交換と充電を済ませると、今回のガイノイド破壊のための銃など、装備品を渡される。受け取ると、その足でそのまま建物の外へと出た。

 本部を抜けると、高層ビルの姿が目に入った。国家警察の本部は、アストロメリアの中心のアストリアスにある。アストリアスは宙に浮いた天空都市のような存在で、巨大なエレベーターを使って下と行き来出来るようになっている。

 アストリアス内部を歩いていると、本部の警官の多くが見回りをしている。また監視カメラも多く、不審者がいれば、直ぐ様取り押さえられてしまうだろう。その安心もあってなのか、ここにいる人々は大人から子供まで、安心そうに街を歩いている。オルフェはエレベーターを使い下に降りると、駐在所で軍用車を借りて工場地帯へと向かった。

 車を走らせている間、オルフェは過去の記憶を頭に浮かべていた。いや、正確には記録というのが正しい。任務内容の再確認が主な目的だが、任務にあたってどういう行動に移せば良いのか、過去の記録から分析して最適解を導き出そうとしていた。

 過去の記録の中には、この前犯人を捕らえた後悪態をついてきた二人の警官のように、悪口を言われたり、その他嫌がらせを受けるなどの記録が多数見られる。普通の人間なら感情的になるものばかりだが、オルフェはいたって冷静なまま、安全な運転を続ける。

 オルフェは過去の記録をいろいろと見ていくなか、最後、あのガイノイドの画像が頭の中に浮かんでくる。今回の任務の破壊対象の存在である彼女だが、オルフェは今回の任務を言い渡される前、彼女を初めて見た瞬間から、なぜか特別強い印象を受けていた。その理由まで分析してみるのだが、答えはわからずにいた。

 車を走らせてから二十分ほど経つと、アストリアスで見かけたような高層ビルの姿はすっかりと見当たらなくなり、煤で汚れた建物が並ぶ工場地帯が見えてきた。工場地帯のほうに目を向けると、工場から出る煙によって暗い煙霧えんむに包まれている光景が目に入る。この景色を濁ったその瞳に焼き付けながら、工場地帯へと入っていった。


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