「なんだか最近、一華のイメージが変わったように感じるんだけど何かあった?」
「ほえ?」
この施設について後、初めての部屋に辿り着いた美咲は、一華に対して突然そんなことを言い出す。
そんな予想だにしていない言葉に、当然ながら一華は目をきょとんとさせる。
「ど、どうしたの急に」
初めての場所に来たのなら、部屋の感想がまず先ではと誰しも思うはず。
しかし美咲は、部屋の中心ぐらいまで足を進め、一華へ振り替える。
「クラスメイトだったのに、話したことがなかったからそう思うかもなんだけど。初めて話した時と今じゃ印象がガラッと変わったような気がして」
「う、うん」
一華は拳を握って胸に当てた。
「今までの私は、自他共に認めるほどの引っ込み思案な性格だった。過去の話にするには、まだまだ変わってないんだけどね。えへへ」
握る手を解き、右手で頬をかく。
「でも、美咲ちゃんが言う通り、少しだけ変われたと思うんだ。少しだけ、ね」
「心境の変化が起きるような出来事が起きたってこと?」
「う……うん」
「良かったら聞かせてくれないかな。こっちに座りながら」
美咲は窓際に設置してある、低めの椅子と机のある場所へ向かい、一華も後を追う。
「急にこんな話をし始めちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫だよ」
「実はね、私が一華を指名した理由も関係することなんだよね」
「そうなの?」
「うん」
美咲は真剣な眼差しを向けるものだから、一華は視線を外してしまう。
「最後に話すから、まずは一華の話を聞かせて?」
「いいよ。実はね、私は小さい頃から好きな物語があって、そこに登場する主人公の女の子に憧れを抱いていた。いや、今でもすっごく憧れてるんだ」
美咲は、終始一華から視線を外さない。
「他人からすれば、笑っちゃうようなことだけどね。でも、私には凄く大切な想いなの」
「大丈夫、笑わないよ」
「……ありがとう。でね、ずっと私は何をするにもくよくよと迷って、足を止めて後ろ向きに考えて行動が遅れて、結局なにも自分で決められなかった。いっつも叶ちゃんがそれを見兼ねて私を引っ張ってくれるんだ。本当に助かるんだけど、そんな自分が本当に嫌いだった」
「……」
「そんなある日、このパーティのみんなと出会って、みんなのことを見てると嫌でもそんな自分と向き合わなきゃいけなかった。……でね、夢でその人に言われたの。『一華はもう自分で歩き出せるよ』って、『だから、後は頑張れっ』て」
一華は、やっと美咲と目線を合わせる。
「ずっと足を止めているつもりだったんだけど、気づいたら歩き出せていたみたい。そこからかな、自分でも変わったかなって思い始めたのは」
「全然恥ずかしくない。凄いと思うよ」
「えへへ、そうかな」
「うん。自信をもって良いよ」
少し強張っていた一華の表情が、やっと緩み始める。
「後は、凄い人に出会ったから、かな」
「ほほう?」
「その人の背中を見ていると、私の悩みなんて小さいものだなって思えてくるんだよね。もっと苦労して、もっと頑張ってて、誰よりもいつも真剣で。その人に迷惑を掛けたくない、その人の役に立ちたい、その人に追いつきたい。って、いつの間にかにそんなことを考えるようになってて」
「ほう、ほほう」
「力がみなぎってくるというか、なりふり構ってられないなって」
「うんうん」
「あれ? 美咲ちゃん?」
美咲は腕を組んで、全力で理解を示している。
ずっと「うんうん」と頷き、目を閉じ。
「やっぱりね、そういうことなんじゃないかって思ったんだ」
「え、なにが?」
「私もね、一華と同じだったんだ」
「ど、どういうこと?」
急に会話の主導権を奪われた一華は、そのリアクションに困惑する他ない。
腕組みを解いた美咲は、膝の上に手を乗せ、再び一華へ真っ直ぐな目線を送る。
「私さ、プリーストじゃない? だからさ、どのパーティからも必要とされるし、一緒に居る彩夏もメイジだから、私たちってどこにでも入れるしあんまり何も考えないで過ごしてた。ある程度は考えたけど、なんていうのかな、これぐらいでいいっかって感じで」
「だよね、その二クラスは必須クラスでもあるからね」
「うん。そんなある日、一華と同じように凄い人に出会ったんだ。一華と同じだったよ、今までの自分と嫌でも向き合わなきゃいけなくなって大変だった。私はこんなに悩んでいるのに、失敗しないように頑張ってるのに、その人は失敗なんて恐れず沢山のことをやり遂げてしまう。しかも、自分のことだけじゃなくて、みんなのことも考えてるんだよ? 今までの自分なんて、本当に何もしてこなかったんだって思い知らされたよね」
「……同じだね」
「でしょ。これは一華じゃないとわかってもらえないことだと思うんだ」
「だね」
「そこからは、一華と同じ。その人の役に立ちたいって思い始めたの」
真剣な話をしているのに、美咲と一華の表情は明るいものだった。
「本当に凄いよね。たぶん今だって、いろいろ考えていると思う。自分のことなんかより、みんなのことを」
「そ、そうだね。今頃、策戦会議とかしてそう」
「わかるわかる」
「絶対に、自分が一番大変でキツイのに誰よりも無茶をする。どうすれば良いと思う?」
「やっぱり、追いつくしかないんじゃないかな」
美咲と一華は声を合わせて「「だねっ」」とはにかむ。
「一華。もしもなんだけど、話の流れ的には対人戦になるって話だったじゃない?」
「志信くんの読みは、そんな感じだったね」
「そのもしもになった場合、たぶん志信くんは無茶をすると思うんだ」
「うんうん」
「その時は、私たちが支えてあげよ」
「うん」
「そして、たぶん私に何かを託してくれると思う。――だから、私は何があったとしても、それを完遂する」
「私も、頑張る」
美咲は一華に手を差し出す。
「頑張りましょう」
「うんっ」
一華は美咲の手に合わせ、握手を交わした。